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魔導の残骸  作者: 清澄 武
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第27話 破滅の光


 怪物の口から吐き出された巨大な光の筋が街の中心へ突き進む。

 大地を削り取るその一撃は、世界を破壊し尽くさんと、遥か地平の彼方までを焼き尽くした。


 世界が光り輝く。

 あまりの眩さに無意識に両腕で目を隠す。私は怪物の攻撃が終わるのをただじっと待った。

 無限にも思える時が流れ、光が治まると、目の前に広がっていたのは、ただの一撃で無残にも形を変えた街の姿。光の射線上にそびえ建っていた高層ビルはすべて消え去り、大地はえぐれ、巨大な亀裂が谷を作る。街の地形は一変していた。あちこちから火の手が上がっている。


 ここは黄昏の世界ではない。私たちの住む世界。現実だ。

 なにが起こってるの……。

 なんだこのあまりに現実離れした光景は……。街が……。

 私は今頃になって自分が置かれている状況が極めて危機的なものであることを自覚する。途端に全身が震え出す。


 な……なんなの……。なんなの……。なんなのあれ……。

 なんで街を壊すの……。……敵? 戦う? ……無理だ!

 敵うわけがない……。に、逃げなきゃ……。


 ……なにをしてるんだ私は。さっき教室で奴の魔力を見たじゃないか。あの異常な魔力を……! あれを見た瞬間、一目散に逃げだすべきだったんだ。一秒でも早く、なりふりなんて構わず、すぐにこの場から離れて、どこか遠い場所へ逃げ出すべきだった……! そう、どこでもいい。ここでさえなければどこだって!

 ああ、もう……なんでこんな……。


 あいつがなんなのかはわからない。

 でもあの常軌を逸した魔力。一目見て敵わないとわかっていたはずなのに……! 私はもちろん、つぐでさえも。いや、誰であってもあんな異常な強さの怪物に敵うわけない。

 全力で飛ぶんだ……! ……どこへ?

 あの怪物は街へ向かって攻撃した。だったら街から離れたほうがいい?

 いや、気まぐれで適当に攻撃しただけかもしれない。だったら街にいたほうが安全かも……。いや、でも街はもうめちゃくちゃで……。

 思考がまとまらない。私は完全に混乱していた。


「ど、どうしようネロア。どうすれば……」

「落ち着くんだ律火! さっき言った通りだ。まずは蜜姫と合流する! 行こう!」

「わ、わかった」

「待って!」


 飛び立とうとする私たちをつぐがなぜか制止する。


「どうしたんだつぐ。ここは危険だ。話なら後で――」

「見て! あの怪物……」


 上空に浮かぶ直径五十メートルはあろうかという黒い楕円型の怪物が、おもむろに向きを変える。

 先ほど地獄のような光を放ったあの口先が、徐々に下を向いていく。

 その口先は、校舎の前に浮かぶ私たちに向けられた。いや……それにしては少し角度が浅い気が……。……校舎を狙っている?

 校舎に狙いを定めた怪物が、再び口に光を集め出す。


「ま、まずいよ! あの怪物、校舎を狙ってる!」

「な、なんてことだ……」

「……くっ!」


 上空の様子を奥歯を噛み締めながら愕然と見つめていたつぐが、怪物へ向かって飛び出そうとする。

 私はその腕をとっさにつかんだ。


「離して律火!」

「無理でしょ! 自殺する気!?」

「校舎にはまだ大勢の人が残ってるのよ! 放っておけない!」

「こ、攻撃が始まる前に、なんとか逃がせば……」

「そんなの間に合うわけないでしょ!?」


 ああ、つぐの言う通りだ。そんなことはわかっている。でも、だったら……。


「じゃあ私たちにできることはなにもない」

「見捨てる気なの!? 正気なの律火!?」

「そんなこと言ったってあんなのに勝てるわけないでしょ!」

「そ、そうよつぐ。ここはいったん引いて体勢を立て直しましょう。彩花さんもいればなんとかなるかもしれないし……」

「そんな悠長なことしてたら学校が消えてなくなっちゃうよ!」


 つぐは私の腕を強引に振り払うと上空へ向かって飛び出した。


「よ、よせ! 戻るんだつぐ!」


 ネロアの必死の呼びかけもむなしく、少女の小さな背中は上空へ遠ざかっていく。

 いくらつぐとはいえ、あんなふざけた強さの化け物と戦うなんて自殺行為だ。


「くっ……! ふ、二人ともつぐを連れ戻す! 手伝って!」


 つぐを見上げたまま、なにも言えず固まっていた私へ、聖さんがそっと手を差し伸べる。


「行きましょう、桃璃さん!」


 彼女の声は震えていた。

 当たり前だ。あんな化け物に立ち向かうなんて正気じゃない。

 私はその手を握り返せない。

 だって私たちが行ったところでなにができるっていうの?

 魔力の差は明らか。私たちの何倍。何十倍……。何百倍かもしれない。わからない……。あまりに差が開きすぎて相手と自分の実力差を測ることすらできない。絶望的な力の差。行ったところで勝てっこないってことだけはわかる。


 でも、私たちが全力で抵抗すれば、時間稼ぎくらいにはなるかもしれない。それはほんの些細な時間かもしれないけど。 

 もしかしたら少しくらいは助かる人が増えるかもしれない。


「行こう律火」


 どうやら聖さんもネロアもやる気らしい。

 怖くないんだろうか?

 二人の目からは不思議と迷いが消えていた。


 そういえばこの二ヶ月間、私は自分の命を繋ぐために、みんなにさんざん助けられてきたんだっけ。

 今度は私が返す番かもしれない。

 それに、ここで見捨てて逃げ出したら寝覚めが悪そうだ。

   

 ……全く。みんな優等生なんだから。

 私は差し出された手を強く握り返した。



 上空のつぐに追いつく頃には、黒い怪物の口では光が膨れ上がっていた。相変わらず寒気がするほどの魔力量だ。


「つぐ!」


 私の呼びかけに、つぐがこちらを振り返る。


「みんな……!」


 つぐの手が光り輝く。少女の体をはるかに凌駕する巨大な大鎌が少女の小さな両手に現れる。


「まさか戦う気なの?」


 もう一度目を凝らして眼下に浮かぶ巨大な黒い怪物の魔力を探る。

 目の前で見ると、教室で見たときよりもはるかに迫力のある莫大な魔力の塊が上空に上っていくのがわかる。実際に目の前で見ても信じがたい、常軌を逸した魔力の塊。こんなものに対抗する術が本当にあるんだろうか。

 怪物の口の中で魔力の光がさらに膨れ上がっていく。発射まで時間がなかった。照準は依然、校舎に向けられている。


「あの怪物、私たちのことなんて見てすらいないよ」

「……完全に眼中にないって感じね」

「だからこそ無防備な今が攻撃のチャンス」


 冥府の鎌を後方へ大きく振りかぶったつぐが、そのまま眼下の怪物へ落下していく。

 怪物の額に迫ったつぐが、最大まで振りかぶった巨大な鎌を一気に振りぬく。

 鈍く銀色に輝く鎌の先端が、あっさりと怪物の額に直撃した。


「――!」


 刃の先端はたしかに直撃した。ただしその刃は怪物の表面で静止している。


「な……。ば、馬鹿な……」


 つぐの表情が驚愕に染まる。

 大鎌の先端は無防備な怪物の皮膚に一ミリも通ることなく、その表面で微動だにしない。


「ま、魔力差がありすぎるんだ……。つぐの攻撃じゃダメージを与えられない」

「なんですって……」


 な、なんて防御力なの……。魔力の差は攻撃力や防御力に直結する。桁違いな魔力を持つこの怪物には、つぐの攻撃ですらまるで歯が立たない。

 どうするの。最も魔力の高いつぐの攻撃でも無理なら他の誰にもどうしようもない……。

 ここ数日降魔と戦っていない私は、魔力がつぐの半分程度まで落ちてしまっている。私の攻撃ではとてもダメージを与えられない。

 くそっ! なんでこんなタイミングで……。せめて降魔との戦いの直後だったら……。


 そうこう考えていると、不意に怪物の頭がぽこりぽこりと盛り上がる。盛り上がりは徐々に大きくなり、無数の黒い触手へと姿を変えた。

 それを見たつぐが即座に身を引いて怪物から距離を取る。


 触手の一本がしなり、つぐを打ち付ける。

 それは、特別激しい動きではなかった。

 つぐが体の前で鎌を構えてガードする。

 撫でるような動きの触手が鎌の柄に触れると、柄がまるで豆腐でも崩すかのようにあっさりと両断された。

 鎌の柄を両断した触手はそのままつぐへ接近し、彼女の体をしたたかに打ち付けた。


 つぐの体が一瞬で私の視界から消えた。

 それと同時に、少女の両手からこぼれた大鎌が、運動場へ音もなく落下する。

 気がつけば、つぐの小さな体が校舎の向こう側へ吹っ飛んでいく。

 とてつもない速さで吹き飛ぶつぐの体が、アスファルトの道路に激突する。彼女の体はそれでも止まらず、激しく転がりながら道路の遥か彼方へ遠ざかる。

 そして数十メートル転がり続けた後、うつ伏せの状態で止まった。その全身はだらりと弛緩し、微動だにしなかった。


 真っ二つに砕けた冥府の鎌の刃先が運動場に突き刺さる。同じく地面にぶつかった柄の部分は、ワンバウンドした後、カランカランと乾いた音を立てて運動場を転がっていき、その中央付近で止まった。

 大鎌が消えた。


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