人為的勇者増産計画
ある日、ガイアード王国、国王が言った。
⸺ 知っての通り我らがガイアード王国は周囲を強国に囲まれた小国だ。我らが攻め滅ばされずにいるのは剣聖に賢者、お主ら2人のお陰よ。
だが主らも老いる。そうなれば滅びは必然。滅びを回避する為、剣聖に賢者よ! 勇者を産むのだ! ⸺
どんなに馬鹿げた命令だったとしても、2人は王に逆らえない。冒険者から騎士へと取立ててもらった恩が有る。
その上「この計画の結果次第では貴族席をくれてやる」と言われれば、2人に否やは無かった。
その結果、俺は剣聖である父と賢者である母の間に産まれた。
結論から言えば、国王の計画は失敗。俺は勇者になれなかった失敗作。それどころか、凡人にも劣る無能の輩として産まれてしまった。
誰しも産まれた時から『ジョブ』と云う形で才能が可視化される世界。何のジョブも与えられなかった俺は、神様公認の無能と云う訳だ。
程なくして国王直轄の機関が研究結果を発表した。
「剣聖や賢者といった、相反する力を持つ者同士が交わっても望む結果が得られる事はない。
その上力が拮抗する程の実力者同士となると、赤子の中で力の相殺が起こり、全ての才能が失われる可能性すらある」
つまり俺の中で力の相殺が起こった結果、俺の中からあらゆる才能が失われた、と言う事だ。何の能力的な期待も持てない人生と言う事である。
機関の発表後、国王は直ぐに新しい命令を出した。
「勇者が産まれ無かったのならば、せめて次代の剣聖を! 次代の賢者を!」
故に賢者は俺を産んですぐ、剣聖とは別の男の子供を孕む事にした。研究結果を加味し、同じ系列のジョブから優秀な魔導士の男を選んだ。
剣聖も同様に、優秀な剣豪の女を孕ませた。しかし実力よりも見た目を重視したのは明らかだった。
かくして産まれてきたのは、最上級職と言われる『剣聖』と『賢者』のジョブを持つ子供たち。生まれつき最上級職を与えられた子供たちだ。
彼らは成長するにつれ力を増していった。いつしかそれは親の力を越え、2人のジョブは『剣神』『魔神』となっていた。
ここで再び俺に光が当たる。20歳になるまで処分されずに生かされ続けたのはこの時の為だったのかも知れない。
俺は剣神と魔神の子を産まされるらしい。
今度の実験内容はこうだ。
第1段階
先ず俺を魔法薬で女に変え、魔神と交わり子を孕む。
第2段階
剣神と魔神が交わり、剣神が子を孕む。
第3段階
俺が先に出産した場合、結果に拘わらず剣神の子を孕む。これは薬で剣神の身体の一部を男にするだけなので、剣神の出産には影響はないらしい。
剣神が先に出産した場合、勇者が産まれれば実験は終了。勇者で無かった場合、次の実験に備え俺は剣神の子を孕む。
俺が先に孕まされるのは、性別を変える薬の効果を確かめる意味もあるのだろう。人体実験と言う訳だ。
それに俺が先に孕む以上、十中八九俺は2人目も産む事になるだろう。ほぼ確定で、2度も男に犯されるって事だ。
この時の俺の予想は当たり、俺は2人目を孕んだ。
そして機関の研究に反し、剣神と魔神の間に産まれたのが伝説のジョブ『勇者』であった。
わかりきっていた事だが、俺の子たちは勇者じゃ無かった。だが俺より遥かに、いや、常人よりも遥かに優秀な子たちだった。
相殺され失われたと考えられていた剣聖と賢者の因子。
俺の中に眠っていたそれらが剣神と魔神の因子と交わった事で、俺の娘たちは『魔法も使える剣聖』と『剣も使える賢者』と云うジョブを授かって産まれてきた。
だが国王や政府、子供の両親祖父母からは「勇者の下位互換」と評価は低かった。だが無能な俺には眩しい程の才能だ。
それに少なくとも、祖父母である剣聖と賢者の上位互換ではある。
それからと云うもの、剣神と魔神は幾度も交わり子を為した。魔法薬で性別を弄り2人同時に孕むことで、2年で4人の子を産んだ。
だが勇者として産まれたのは最初の3人だけ。下の2人はただの剣聖と賢者であった。
俺はその間放って置かれていた。年子の乳児2人の子育てで忙しかったし、国王が俺を無価値と判断したのもある。
これまでの実験で分かったのは、勇者は最上級職の更に上、神級職の剣神と魔神が交わる事で産まれる。1組の神級職から産まれるのは3人まで。3人目以降はただの剣聖、ただの賢者。
機関からの詳しい研究発表は未だ無い。
そして政府による『人為的勇者増産計画』が始まった。
第1段階
剣神と魔神の子である剣聖と賢者の育成。並行し、在野から剣豪と魔導士の発掘、育成を行う。血が濃くなり過ぎないよう、特に在野からの発掘と育成へ力を入れる。
第2段階
剣聖と剣豪、賢者と魔導士を掛け合わせる。
第3段階
生まれてきた子供を、神級職である剣神と魔神に育成する。
第4段階
剣神と魔神を掛け合わせ、魔法薬を使いできる限り多くの子供を産ませる。
以下、第1段階から繰り返し。
これが今のガイアード王国だ。
だが悪い事ばかりではない。
在野からの発掘や育成に力を入れたお陰で、ガイアード王国は周辺諸国よりも遥かに教育機関が充実した。また、教育を受けるのは国民の義務となり、義務教育に関しては費用も掛からない。
その代わり、一部の実力者にしわ寄せが生じている。
上級職や最上級職は、政府によって結婚相手を決められ出産ノルマまで課せられている。俺の娘たちも例外ではない。
更に、ジョブの組み合わせの不幸によっては俺のように、薬で性別を変えられてしまう場合もあった。
勇者が産まれてからガイアード王国はおかしくなった。
いや、そもそも剣神と魔神が剣聖と賢者のままであれば、国王も多くを望む事は無かっただろうに。
初代剣神と魔神。俺の血を分けた弟妹たち。
2人は未だ、年に1人ずつ、正確には10ヶ月に1人のペースで子供を産み続けている。最初の子を産んでから13年間、ずっとだ。
俺は偉大な両親の元に産まれた無能として、割りと辛い青春時代を過ごしたと思う。何の才もなく失敗ばかりを繰り返し、それを理由にイジメられもした。弟妹2人もそれに加担していた。
だが今の彼らを見ると、俺は無能で良かったと思う。俺は慎ましやかながら、娘たちと3人で幸せに暮らしている。
俺には今の弟妹たちが幸せとは思えない。
最強の力を持ちながら、幽閉され、ひたすら子を産み続ける人生。家畜でももっと自由だ。
一方で俺らの親、初代剣聖と賢者だ。
彼らは勇者の祖父母としてあちこちで講演会を開き、パーティーに出席し、視察の名目で国中を旅行。人生を謳歌しているようだ。
このままで良いのだろうか。俺は、俺たちだけが幸せで良いのだろうか。
ガキの頃は確かにあいつらを疎ましく思った。呪いもした。殺したいと思った。枕を濡らしながら一晩中、死ねと吐き出し続けたりもした。
だが子供が産まれ、無価値と判断されてからは、そんな感情は自然と消えていった。
今はただひたすらに、あいつらが哀れでならない。
だから俺はあいつらを救う為、国を出る事にした。
娘を連れ、周辺三国を巡る。
ウラノリア帝国、アーシアス王国、ワダツミ連合国、この三国に情報を流す。『ガイアード王国は勇者を複数育てている。近く戦争を起こすつもりだ』と。
ガイアードからの避難民を装い、民衆の間に噂を流していく。協力者を募り、国中に広まるように流していく。やがて貴族や為政者の耳に届いた頃合いに、俺らが現れる。勇者の作り方を携えて。
失敗作ではあるが、俺らと云う証拠もある。俺の娘たちは12歳ながら、既に並の剣聖や賢者よりも強い。これ以上ない証拠になる筈だ。
1年後、念願叶い三国が戦争を決意した。勇者がまだ幼いうちにガイアードを征服しようと言う腹積もりだ。俺達がそうなるように煽った。俺は無能だが、俺たちが集めた協力者達は非常に優秀だったようだ。
本当に忙しかったのはそれからだ。実際に血が流れないよう各地の協力者と連携し、三国が戦陣を敷く時期が重なるよう、調整に明け暮れた。
画してガイアードは三国から同時に宣戦布告された。三国は互いを牽制しあいなかなか動かずにいたが、勇者が戦場に出てくるまでには動くだろう。
ガイアード五世は僅か3日で降伏した。風の噂では、「最初から勇者が産まれてれば」と嘆いたらしい。
城には三国の使者が同時に押し掛け、領土の奪い合いが卓上で繰り広げられている。
同時に、それぞれが秘密裏に勇者の血筋を探し始めている。
だが彼らには見つけられないだろう。この状況を作ったのは俺なのだ。わざわざ、奴らがスタート地点に立つのを待ってやる義理など無い。
俺は三国が布陣を終える頃には弟妹たちに接触し、国境の街に潜伏していた。
俺の最後の切札である優秀な娘たちは、騎士の護衛など相手にする事すら無く叔父と叔母に接触し計画を伝えていた。
2人が乗るかは分からなかったが、計画通り、三国の宣戦布告のどさくさに紛れ逃げ出して来たらしい。ちょうど産んだばかりで身軽だったのも幸運だった。
13年ぶりの再会だが、交わす言葉は無い。そんな状況でも無かったし、俺らの間の溝は複雑だ。
ガイアード王が降伏し、三国の軍が街の中に部隊を進めて来た頃、俺らは国を出た。調達しておいた鎧を纏えばどこから見ても三国の一角、ウラノリア帝国兵だ。かの国の小隊が5人なのも把握済みであった。
1度ウラノリア帝国へ入り、南西征伐街道からワダツミ連合国へ抜ける。クレツの港町まで行けば船に乗って他の大陸へ行ける。そうすれば俺らは自由だ。
追手は俺らの足取りを負えずにいたようだ。クレツの港町まで何の心配も無く来れてしまった。
そもそも勇者の館と呼ばれていたのは政府が用意したダミーだ。実際に弟妹たちが幽閉されていたのは城を挟んで正反対の位置にある地下の隠れ家バーであった。
あそこにバーが合るのは地元の奴らでも知らないだろう。
しかし追手が駄目なら検問を敷くなど方法は幾らでも有ろうに、それすら無い。協力者の誰かが手を回してくれたのだろうと信じ、無駄にならないよう、港町クレツへ急ぐ。
目指すは東に有るトラロック大陸だ。
予め船の搭乗券を取っていたものの、本当に何の邪魔も入らない。ここ迄来ると逆に怪しい気がするが、娘たちに聞いても、楽観的な答えしか帰ってこない。
弟妹たちは疲れきっているのか常にぼんやりとすごし、頭が回って居なさそうだ。俺だけでも警戒しておく。
行程のちょうど半分、2週間過ぎた頃、やはり動きがあった。奴らは逃亡を恐れ、敢えて逃げ場の無い船の上を選んだのだ。
乗客は全てワダツミ連合国の兵であった。全く気付く様子のない俺らの事をどう思っていたのだろうか。
兵は100人は居ただろう。だが俺の娘たちは、少なくとも剣聖と賢者よりも強いのである。ガイアード王国は2人の最上級職のお陰で侵略を免れていたと考えると、100人の兵なぞ物の数ではない。
本当なら神級職の弟妹たちにも戦って欲しかったのだが、この13年で2人の牙はすっかり抜かれてしまったようだ。
だが、逆にこれで良かったのかも知れない。強力無比な力なぞ、想像や物語の中だけで十分だ。娘たちの戦いを見てそう思う。
偽の乗客を船倉に押し込めると、船は俺らの貸し切り状態となった。とは言え豪華客船などでは無いただの大陸連絡船には娯楽など無く、例え偽物だったとしても以前の方が楽しかったのは確かだ。
乗客の襲撃から1週間後、船が沈んだ。
乗客だけではない、船員までもワダツミの兵だったのだ。ここから目的のトラロック大陸まで船で1週間の距離だ。期待を込め娘たちを見ると、首が横に振られる。魔法でも遠い距離のようだ。
せめてもの補助魔法で強化されながら、陸を目指す。泳ぐどころか、そもそも生きる気力が無さそうな弟妹も引っ張りながら、俺と娘たちの3人だけで泳ぐ。
娘たちは初めての海水浴だとはしゃいでいるが、これはどう考えても遭難だ。
泳ぐの疲れた。
そもそも無能な俺なのだ、泳げるだけでも褒めてもらいたい。
日々子育てと仕事に追われ運動なんてしてこなかった俺が、人を引きながら5分も泳げた事は紛うことなき快挙である。
娘たちの負担と知りつつ、休憩がてら、ぼんやりと今後の事を考える。
やはり後続の船がいるのだろう。でなければ海の上でそう簡単に船を沈めたりしない筈だ。船上からは姿を確認出来なかったが、恐らく一両日中の距離にはいるのだろう。
このままでは俺らも後続の船に拾われるだけだ。いい加減、神級職の2人にはシャッキリしてもらおう。
取り敢えず、2人を沈めてみた。
殺すつもりは無い、ちょっと生存本能を刺激しようとしただけだ。だからそんなに怒らないでほしい。
娘たちが即座に引き上げてしまったので作戦は失敗だ。今度は説明した上で試すのでうまくいく筈だ。
ちょっと長めに沈めてみたが、流石は神級職、肺活量が高い。
それから小一時間、色々と試してみた。首を締めてみたり、深くまで沈めてみたり、鼻に水を入れてみたり。だがどれも反応は無かった。
そもそも沈めた時から思っていたが、こいつら水中では息を止めているのだ。
これは意識が有る証拠だろう。こいつらわざとぼんやりした振りをしてやがる。
強固な意志でぼんやりを続ける2人がボロを出したのは、
娘たちの言葉だった。2人はやはり俺の切札だ。
「叔父さんたちかっこ悪い」
たったそれだけで2人の目に光が戻った。常にちやほやされてきた弟妹たちにとって、ひどくプライドを刺激する言葉だったのだろう。
目覚めた2人はなんだかボソボソと暗い事を言っていたが、これで助かる、筈だ。
娘たちを見ると首を縦に頷いている。魔法で陸までひとっ飛びと行こう。
これぞまさに逃飛行! なんつって! …………少し水中に居すぎたようだ。
日が暮れる頃にはトラロック大陸に着いた。ここが俺たちの新天地だ。
弟妹たちはなんだかゴニョゴニョと『償い』だとか『罪』だとか言っていたが、詰まりは罪悪感からわざとぼんやりした振りをしていたらしい。
助けに来たのだから最後まで助けるに決まっている。もし復讐するとしてもこんな所ではしない。もっと安全で邪魔が入らない場所でだろうに。
こんな事も分からなくなっていたなんて。やはり2人を連れ出して良かった。
とにもかくにも全ては過去だ。弟妹たちが俺にした事も、国が俺らにした事も。
無かった事には出来ないが、置き去りには出来るだろう。そうしてきたつもりだ。
あとはこの、誰も俺たちを知らない土地で再出発すればいい。
そんな訳で、俺と娘たちは南を目指す。暖かい土地で甘い果物を食べて暮らすのだ。
弟妹たちとはここでお別れだ。
俺たちは互いに忘れるべき過去だ。それに、近くに居たらまた償いとか言い出すだろう。
もう誰にも縛られずに生きられる。きっと2人には2度と会うことは無い。俺たちの間にはそれを惜しむ程の絆も無い。
たまたますれ違った美女に、落とし物を拾ってもらったようなものだ。しばらくポ〜っとしたら直ぐに忘れてしまう。いつか思い出すかも知れないし、忘れたままかも知れない。
その程度の縁なのだ、俺たちは。
弟妹たちとはここでお別れだ。
まだ少し不安が残るが、あれだけの力を持っているのだ、直ぐに自信を取り戻すだろう。
振り返らず、俺たちは俺たちの道を行く。
「あばよ! バカども!」
だいぶ離れただろう。もう向こうからも見えない筈だ。
「…………くぅ〜! 決まった!!」
「「ママかっこ悪い!!」」
ここまでお読み頂きありがとうございます。
書き進めるうちにどんどん淡白になっていったので、いっその事、と主人公の心情をなるべく書かないようにしてみました。うまく出来ましたでしょうか。
最後までお読み頂きありがとうございました。