閑話 イケメン騎士の心労
チヅルは、主人公がとっさについた嘘の名前です。
イケメン騎士さんの視点のお話です。
今日も我が主人は政務をテキパキとこなし、優雅にランチ後のティータイムに入っていた。
「レオ、彼女はどうだい?」
「はい、精神的にはだいぶ落ち着いてきた様です。アンタレス様が常に付いている状態は変わらずです。」
「ふむ。」
「近く、レベルを上げる為の訓練をなさるそうです。聖女様のレベルは3ですからね。」
「レベル3か……。となると、あれかな。」
「ええ。」
あれ、とは……兵士をひたすら殴るという訓練だ。レベル3だと、満足に倒せる魔物はスライムくらいしかいない。七歳くらいの子供と同等だ。より安全にレベルを上げるとしたら、攻撃をしてこない相手を殴るのが一番なのだ。
「聖女が人を殴るのか……。」
主人が眉をしかめる。確かに、聖女にさせるべきではない気がする。
「人を攻撃することに、抵抗を無くす目的もあるそうです。」
いつのまにか、マリアンヌが主人の横に立っていた。……さっきまでいなかったのに。というか、私がドアの近くにいたのにどうやって来たのだ。窓か?また窓から入ってきたのか?
「アンタレス様付きのメイドが、内緒だ、と言いながら、厨房で自慢げに話しておりました。」
「付いているメイドもバカなのかい?……我が弟も大変だな。お陰でこちらには筒抜けなんだけれどね。」
そう言うと、主人は優雅に笑って紅茶を一口飲んだ。
聖女については、チヅルも気を付けてあげて欲しいと言っていた。私も喚んでしまった世界の人間として、責任を持って守るつもりだ。とりあえず命の危険はないので、今はまだ様子を見ている状態だが。
それにしても、チヅルはなんて優しい女性だったのだろう。聖女様はチヅルが死んだと聞いても、あまり変化が無かった。それよりも自分の置かれた状況を整理するのに忙しい、という態度だった。同じように喚ばれたチヅルは、命の危険があった状態でも、聖女の心配をしていたというのに……。
まだ聖女様は若いのだから、仕方がないのだと主人は言っていたが……。私としては納得がいかない。あれが聖女で良いのかと……。
主人がお茶を飲み終わったところで、マリアンヌがピクリと動いた。それに気付いた主人が、マリアンヌに問いかける。
「どうかしたかい?マリアンヌ。」
「どうやら、カバンに入れていた魔道具を一つ使ったようです。」
「チヅルか!?」
「はい。」
カバンと聞いて、夜中城から逃した女性の顔がすぐに浮かんだ。マリアンヌが渡したカバンには魔道具が三つ入っていたはずだ。
主人が、ふむと頷いて話を促す。
「魔道具を使ったということは、何かあったのかな。」
「入れた魔道具の中でも、一番強力な物を使ったようです。あれを使ったなら、本人は絶対大丈夫でしょう。周りはどうなったか知りませんが。」
「一体、どんな威力の魔道具を渡したんだ……?」
「一番強いものは使用者の周り、半径百メートルを焦土と化します。必ず生き残れるものを用意致しました。」
無表情の中に自信を滲ませた顔で、マリアンヌは答えた。私は言葉を失った。そんなものを使ったら、足がつくというレベルではないのでは?いや、使用者以外が消し飛ぶならば、バレないか……。
主人は頬を引きつらせて、マリアンヌの方を向いた。
「……その魔道具、どこから?」
「もちろん、この国最高の魔道具師、マリアから譲って頂きました。」
それを聞くと、主人はため息をつく。私も変な顔をしてしまった気がする。
さらにマリアンヌはドヤ顔で続けた。
「一番強い、という意味を込めて『リゲル砲』と名付けました。発動時に、リゲル砲発射!と叫ぶように設定されております。」
主人はうなだれてプルプルしている。立ち直るにはしばらくかかりそうだ。
マリー・マリアンヌ・マリア……お察しですかね。
今日の夜にはもう一話上げる予定です。