56 綺麗なドレスって心が躍るもんだと思っていたんですよ!汚したら弁償代いくらだろうって考えたら冷や汗が出るだけでしたよ!
目の前には鉄で出来たようなお城。
帝国のお城は鉄黒と錆色だ。見た目だけならば、ギベオン王国の白亜のお城の方が何倍も綺麗だ。中身はギンギラすぎて酷かったけどねぇ。
後ろからボンバーヘッドのコランさんに押されて、お城の中へ入る。ちょっと辺りを見回したけれど、移動中に聞こえていた女性の声の人は見つからなかった。
黒と赤を基調とした城内は、とても整然としていた。なんとなく、ダークな感じが漂っているけれど……。カッコイイ感じのお城なんだね。
辿り着いたのは一つの部屋。広くてカーペットは柔らかくて、良いお部屋だとすぐにわかるような、綺麗な部屋。誰もいない。
「まずは身なりを整える。おい。」
「はい。」
部屋の外からゾロゾロとメイドさん達が入ってくる。うおーメイドさんみんな綺麗だなー!なんかキラキラしている。
「出来たら呼べ。」
「かしこまりました。」
メイドさんに偉そうに言うと、コランさんは去ってしまった。
「さて……失礼いたします。」
「ふぇ?ふが!ふがが!」
メイドさん達が束になってかかって来た!
服を脱がされ、お風呂に入れられ、なんか体を磨かれている……。なにこれ?
あと、メイドさんってめっちゃ力強いんだね!動こうとしても押さえられて、全然動けないんだけれど!
手首の拘束も猿轡も外されて、自由になったんだけれど、メイドさんの圧によって何も出来なかった。
スキルを発動させてもお金に余裕が無いから、長時間出していられないし、体力を削ってまで今発動する意味もあまりない気がする……。
とりあえず、今は安全そうだからされるがままになっていた。
「……細いですね……。」
「本当、何を食べていたらこんなに細い体を保っていられるのかしら……。」
これでも少しはましになったんだけれど……。
メイドさん達は私の体を洗いながら口々に感想を漏らしていた。
最後に顔を洗われる。
「あら……ずいぶんお化粧で変えていらっしゃったのね……このお顔なら本当に……。」
マリー師匠直伝のメイク術で彫りが深いように見えるメイクは、メイク落としを含ませた柔らかい布で綺麗に無くなってしまった。
そして現れる素の顔。お婆ちゃんが外国人だから少しはこの世界の人よりだけれど、日本人の血もしっかりと受け継いでいる。メイクを落とせば平ためな顔が鏡に映った。
素の顔を見てメイドさん達は少し騒ついていた。
「さぁ、急いで仕上げましょう。皆さん。」
「「「「はい。」」」」
何やら気合を入れ始めたメイドさん達。より一層ガッチリと固定され、あれよあれよと着替えさせられた。
「……。」
鏡の前に立つのは、私か。
メイクで印象を変えていた顔ではなく、日本で仕事をしていたときのような顔。顔色は良くなっているし、目の下のクマもないけどね。
そのまま視線を下に下げていく。
緩めのワンピースは絹のような滑らかな肌触りで、真っ白だけど、光に照らされると真珠のような、控えめで高級感のある輝きを出していた。
胸元はあまり見えないくらいのVネック。袖は二の腕のところで一度絞ってあって、その下はふんわりとして動きを邪魔しない形。裾は足首までと長く、動くと足首の少し上まで見えるって感じかな?お貴族の偉い人は足をあまり見せないって何かで読んだ気がするから、このワンピースはあれかな。チラリズム的な?
……結論。お高いんだろうなぁ。
メイドさんが仕上げに、腰にリボンを巻いてくれた。薄い紫のリボンは、子供の頃着せてもらった浴衣の帯のようなクシュっとした質感が可愛いものだった。
「出来ました。さぁ、すぐにお呼びして。」
「はい。」
メイドさん達の中でも指示を出していた人が満足そうに頷いた。
あ、そうだ。
「バッグを……。」
「この格好にあのバッグは似合いません。置いていって下さい。」
「……嫌です。」
メイドさんにダメ出しされてしまったけれど、あのバッグには私の大事なお金が入っているんだ。絶対離したくない。
そんな意思を込めてメイドさんを見るが、メイドさんはダメの一点張り。そこから、にらめっこが始まってしまった。
ゾワワワワワ!
「ひぃ!」
突然、後ろにいたメイドさんが悲鳴をあげた。
にらめっこしていたメイドさんと一緒に見てみると、悲鳴を上げたメイドさんの腕に絡みついていた。
……髪の毛が。
「ひぃぃぃ!いやぁぁ!」
「あぁー……。」
バッグの中に入れてある二体の人形さん達による抗議だろう。髪の毛はメイドさんの腕から肩にかけて絡まり、ズルズルとバッグへ引っ張っている。
「た、たすけてぇぇぇぇ!」
「……バッグ、持っていって良いですよね?」
「……。」
「ひぃぃ!食べられるぅ!」
バッグに食べられるってなかなか出来ない体験に恐怖するメイドさん。
その惨状を見て、ほかのメイドさん達は驚愕の表情で壁まで下がって座り込んでいる。
「……わかりました。私にはどうすることも出来ません。バッグはお持ちください。」
「どうも。」
私がバッグに触れると、髪の毛はシュルシュルと戻っていった。心の中で人形さん達を賞賛する。
いつもは恐怖を感じるけれど、今日はとても心強かった!グッジョブ人形さん達!
バッグを肩からかける。普段から使っているものを身につけると、少しだけ安心出来た。
それからコランさんがやってきて、またお城の中を移動する。
辿り着いたのは大きな扉の前。
……嫌だなー。これ絶対なんか偉い人がいるパターンじゃんー。
ゆっくりと扉が開いて、中に連れられる。
大きな柱が左右に何本も並び、赤と黒の色がセンスよく使われている、奥行きのある大きな部屋だった。一番奥は高くなっていて、豪華なイスが並んでいる。イスの一つに一人だけおじさんっぽい人が座っていて、イスの前の段差の下には数人の人が並んでいるのが見えた。
「コラン!よくやった!」
「お褒めに預かり光栄です。」
入って早々、段差の下に並んでいる一人からコランさんに声がかかった。コランさんは膝をつき答えている。ちなみに私は棒立ちだ。別にこの人たちに頭を下げる意味もないからね。
コランさんを褒めた人物は、ツカツカと音を立ててこちらに向かってきた。
「これで私の勝ちだ!ははは!次の皇帝の座は私のものだ!はーははは!」
勝ち?皇帝の座?
よくわからない言葉を吐いている男性を私は観察した。
薄い金の髪に、紫の瞳。着ている服は軍服のようなカッチリした形のもの。でも体はだいぶ細身で軍服の割には鍛えていないんじゃないかなって思わされる。あと、歩くたびに靴音がうるさい。
並んでいる人達もその後ろのイスに座っている人も、同じような髪色をしている。もしかしなくてもこれって家族かな?
観察をちょうど終わらせるのと、男性が私の目の前に来るのは同じタイミングだった。
「ふむ。確かに、平たい顔だな。」
失礼なやつだなー。この世界の人と比べれば平たいですよー!
「髪も目も黒い。」
少し茶色も入ってますよ!真っ黒じゃないしー!
「不思議な力を持っているんだったな。」
「はい。結界を張っておりました。」
男性の質問にコランさんが答える。
結界……バーリアーの事か。なんでコランさんが知っているんだろう……。
「私の風魔法で攻撃しましたが、一切乱れることのない結界でした。魔法耐性の低さから考えられるレベルにしては、高すぎる性能かと。」
「ふむ。」
風魔法で攻撃……?攻撃されていたの!?
……あ、あれか。子供達と、眠ってしまったお母さん達を守るために使った時のだ。何か、強い衝撃が来たのを思い出した。あれ、コランさんの攻撃だったって事……?
その時の事を思い出して気付いた。お母さん達が眠ってしまって起きなかったのって……私が馬車の中でコランさんに眠らされたのと同じなんじゃ……。
コランさんは私の事を試していた?その時にはもう怪しまれていたって事かな……。
「さらに、過去の聖女の文献で見られる『お辞儀』という挨拶の仕草を確認いたしました。見たばかりの食物の特性を理解し、すぐに応用したところも、もともと知識があったのだと思われます。」
「ははは。全然隠せていないじゃないか。」
私めっちゃマークされていたんだなって事を今聞いて知った。過去の聖女の文献……。過去の聖女もここに来たのかな?……まさか、今の私と同じような状態で来た……とか?
コランさんの話を聞いていた目の前の男は、私の顎に手を当てて上を向かせようと力をかけてきた。簡単に上がってやるもんかー!グギギ……!
頑張って抵抗したけれど、結局力負けして顔が上を向いてしまう。しっかりと目を合わせる形になって、男の目の奥に何かチラチラと光が瞬いているのが見えた。
「間違いなく別の世界から喚ばれた人間。聖女だろう。」
「そう思われます。」
「本人には答えるつもりがないのかもしれないが、関係ない。」
チラチラとする光に目を奪われて、ちょっと見てしまったのがいけなかったのかな?頭がうまく働かなくなってきた。体もなぜか動かない。あれ、これやばくない?
「次期皇帝の座を賭けた勝負にも勝ったし、聖女も手中に収めた。父上。次期皇帝として、結婚相手は聖女が最もふさわしいと思うのですが、よろしいですか?」
「……かまわん。」
「じゃぁ、聖女には結婚式までおとなしくしていてもらおう。あぁ名前を聞く前に魔法をかけてしまったか……。まぁコランに聞けば良いか。」
遠くなる思考でその言葉をゆっくりと理解していく。
け……けっこん……?
その言葉にショックを受ける前に、私の気は遠くなっていった。
千華さん最近、気を失いがち。




