閑話 もう一つのお話 1
投稿が遅くなりました。しっかり休んだので、また再開したいと思います。
今回はマディラ視点のお話です。
クレスが去った後のグランディディでの一コマ。
誤字報告ありがとうございます!いつも助かっています!
「着きました。こちらです。」
マリーさんの声に軽く頷いて目の前の屋敷を見る。こぢんまりとしつつも、品のある佇まい。一階は深めの赤色のレンガ、上階は白い壁。屋根もちらりと見る限り、赤色だ。女性の喜びそうな色遣いだなー。
南の王国、グランディディの首都からは四、五日分ほど離れた、ちょっとだけ流行から遅れる街。そんな街のさらに端っこに建つ小さめの屋敷。なかなかいい場所に聖女を置くようだ。流石一国の王子様。
質の良いメイドや執事が迎えてくれて、屋敷に入る。中の家具も可愛らしく、聖女も文句は無さそうだ。何も言わずに黙ってマリーさんについて行っている。
マリーさんは一度こちらを振り返り、丁寧なお辞儀をしてくれた。僕が小さく手を振ると、聖女を部屋へと連れて二階に向かった。
アイちゃんが走り去ってから、それはもう大変だった。
物という物に当たり、街へ向かう途中で出てきた盗賊には思わず同情しそうになった。盗賊の持っていたナイフをグーパンで折った時は我が目を疑ったね。その時の拳は目に追えないほどの速さだった。盗賊たちはボッコボコに殴り倒され、縛って放置してきた。途中の街で報告したから、今頃確保されているだろう。
それでも聖女の怒りは収まる事はなかった。街の宿屋で休むときは問題なかったが、野営の時は地面のあちこちが抉れていた。思い出したように地面を殴る聖女の横顔はなかなか迫力があったなー。女性を怒らせると怖いね!うん。まぁ自業自得だし、僕は気にしていないけどねー。
この屋敷に着く頃になると、だいぶイライラも収まってきたのか、物に当たる事も無くなった。時折こちらをジロリと見る以外は問題なさそうだ。八つ当たり先を僕にするのは勘弁願いたいね!
「依頼完了の書類を書きますので、こちらで少しお待ちください。」
「はーい。」
メイドさんの一人に言われ、案内された部屋で寛ぐ。上質そうな革のソファーに遠慮なく腰を深く沈めて一息。廊下を歩く使用人さんたちを見る限り、若い男性はいない。老人ばかりだ。うんうん、わかっているね王子様。
暇なので、書類を書いているメイドさんに話しかけた。
「マリーさんとミレイちゃんはもうお部屋に行ったのかな?」
「はい。ミレイ様は、今日はこのままお部屋で過ごされるそうです。」
「ふーん、そうなんだー。長旅だったからね。ゆっくり休まないとねー。」
僕は今日にもここを発って、エンジュ共和国に向かうかなーと予定を考えていると、一人の男性が部屋の入り口から顔を覗かせた。斜めに傾げるような角度になっていて、首しか見えないので、とても不気味になっている。
「おや?若い男がいる。」
「奇遇だなぁ。僕も同じことを考えたよー。」
そう言いながら男は遠慮なく軽い足取りで部屋に入ってきた。僕と同じくらいの背丈の中肉中背。黒に近い紫の髪は、サラサラと顔の横を流れている。後ろで縛っている部分が、遊んでいるかのように時折背中から飛び出している。僕よりもだいぶ年上なのだろう、顔にはほうれい線がはっきりと見えている。しかしキリリと上がった眉と、くっきりと吊り上がる口角からは、そんなに歳を感じさせない。不思議と、年齢の分かりづらい顔だ。
首元を緩めたシャツに黒のスラックス。素材は上質で品の良さが漂うが、着崩しているせいで品の良さよりも色気の方が強く出ている。
「いやぁーミレイ殿が今日到着予定だって聞いていたから楽しみにしていたのに、彼女は今日は誰にも会いたくないそうだと言われてしまってねぇ。せっかく飛んできたのにねぇ。」
「はぁ。」
僕の向かいのソファーに腰掛ける男。聞いてもいないのに愚痴りだすから、思わず生返事を返してしまった。それにしても、この動き……隙がない。
「あー、私はマリア。魔道具師マリアって言ったらわかるかな?」
「……ギベオン王国随一の魔道具師?」
「そうそう!それー!それが私なんだよ!で、君は?」
「マディラと言います。冒険者です。ここまでの護衛依頼を受けていました。」
「さっきの口調でいいよ。堅苦しいの好きじゃないんだよね!マディラ君かー。ミレイ殿をここまで無事に連れてきてくれて、感謝するよ!」
国一番の魔道具師ならばと、口調を改めたら嫌がられた。癖の強そうな人だなー。
感謝するよ!の部分で、バッと音が出るほど素早く両手を広げて感謝の気持ちを伝えられた。
「……無事に依頼を終えられたから良かったよー。」
「そうかそうか!私も嬉しいよ!なにせ彼女は、私の考えもつかないようなアイデアをいっぱい持っているからね!これからの研究三昧を思うと胸が騒がしいね!」
「楽しそうで何よりだねー。」
……想像出来る。聖女が欲のままに欲しいものを言い、それをこの男が新しい魔道具だー!と、喜びながら作る様を。
王子様はこの組み合わせが合致する事を最初から見抜いていたのかな?だとしたらすごいなー。ただ、世界に変なものが溢れない事を願っておこうかなー。
書類を書いていたメイドさんはお茶をお持ちしますね、と言うと部屋から出て行ってしまった。
……僕はこの癖の強そうな人とまだ話さないと行けないのかな?
「そういえば、男性なのにマリアって珍しいねー。」
「はっはっは!珍しいだろう?……元々はもっとちゃんとした男性名だったんだよ。ただ、私の作る魔道具を手に入れたいばかりに、面倒な人間があちこちから群がってきてねぇ!嫌気がさしてねぇ!咄嗟にマリアって名乗ったのさ!そしたら顔を見たことのない人は女性を探すだろう?そうやってのらりくらりとしていたら、ギベオンの第一王子に匿われたんだけどね!」
「なかなか苦労したんだねぇー。」
「まぁ、それなりに、ね!でも今は充実しているよ!作りたいものを作れるし、人に追われることもない。更にこの先には、私の想像もつかないようなアイデアが待っているからねー!」
ミレイ殿は愛しい女神のようさーー!などと宣うと、ソファーから立ち上がりクルクルと回りながら勝手に一人でダンスを始める妙齢の男。き、きもい……。
それにしても……動きだす前のあの予備動作。疑問から、確信に変わった。その確信があれば、キモさも可愛さに変わる、かなー。
聞くならば、人がいない今がチャンスだよねー。
僕も立ち上がって、勝手に踊る男の正面に立つ。男の回転にタイミングを合わせて腰に片手を当てる。もう片方の手は男の手を取り、まっすぐ伸ばす。ワルツでいいかな?
「おや?お、おぉ?」
ただクルクルと回っていたところから、いきなりステップを交えたダンスに変わった事に戸惑う男。
今から聞くことを思うと、思わず笑みがこぼれてしまいそうだ。
「動き始める直前、ほんの少しだけ左足が後ろに下がる癖、直した方が良いかもよ?マリーさん。普通の人は気付かないかもしれないけれど、見る人が見たら気付くよ。」
「……。」
「あと、咄嗟の動きに隙が無さすぎる。マリーさんの時もたまにあったし、さっきこの部屋に入る時にもなってた。せっかく体型も身長も顔も声も変えられるのに、もったいないよ。」
「……なるほど。」
一瞬、殺気がこちらを向いた。僕が平然としていると、すぐに収まったけれど。消さないと、って思ったのかな?
「良いんだ?」
「消すことはいつでも出来ますから。それよりもご主人様の言葉が優先されただけです。」
「なるほどー。命拾いしたなー。王子様には感謝しておかないと。……言わないよ、誰にもね。だってこんなに面白そうなのに、誰かに言っちゃうなんて勿体無いじゃない?」
「……。」
さっきまで変人かと思うほどニコニコしていたのに、今はマリーさんの時の無表情だ。その無表情の中で、眉だけが不服そうに寄っていた。……ちょっと可愛いなんて思ってしまった。
「しばらくこっちにいるんでしょう?魔道具師として。たまに遊びに来るよー。」
「変装の指摘には感謝しますが、歓迎はしませんよ?」
「勝手に楽しむだけだから大丈夫ー。旅の時はずっと無表情って感じでとっつきにくかったけど、こんな顔もあるんだなって知ったら、ちょっと可愛いと思っちゃったんだよね。僕も変人なのかなー。」
「……。」
「だから、そんな可愛い一面をまた探しに来るよー。……じゃぁ、またね。」
ワルツを終えて、僕は膝を折る。マリーさんの手を持ってきて軽く口づけをすると、マリーさんは固まってしまった。ピシリと音が聞こえそうなほどの固まりように思わず笑う。
メイドさんが書いていた依頼完了の書類を手にとって部屋を出ると、数人のメイドさんが顔を赤らめながらこちらを見ていた。どうやら覗き見していたみたいだ。人差し指を口に持っていくと、壊れた人形のように顔を上下に振っていた。
屋敷では、男同士の恋愛についての議論がしばらく繰り広げられたが、それを知ったのは次に僕が来た時の話。
再開するのですが、お引越しが控えているため、投稿は前よりも少し遅めになりそうです。
この閑話の続きは……またいつか。




