29 子供の頃に飲んだ風邪薬のオレンジ味が苦手です。大人になって漢方の苦さを知って、この方が自然だと思いました。
大きな狼の魔物と、クレスさんが戦っている。
狼の爪を大剣の腹で受け流し、出来た隙に火の魔法を打ち込む。巨大な体による体当たりは、クルリと回りながら避けて、狼に出来た隙を剣で切りつけたりしている。正直動きが速過ぎてあまり見きれない。わかることは、大きな狼はクレスさんに傷一つ負わせることが出来ないまま、どんどん弱っていっているのか、動きが鈍ってきているってこと。つまり、クレスさん強い!
「さすがクレスさんだー。」
後から来た普通サイズの狼達は、クレスさんの後に続いて来た冒険者さん達がボッコボコにしている。強い人たちが来てくれたおかげで、大工さんや一緒にここまで乗り越えた冒険者さんたちは家の周りで休む事が出来た。
周りが落ち着いてきた頃、時間を置いてさらに冒険者さん達が来た。
「チカー!」
「その声は、ジェット君!」
黒い毛並みの柴犬の獣人、ジェット君が手を振って駆け寄ってきた。そのまま飛びついてきてギュッと抱きしめる。
やわらかい毛並みをなでなでー。あー癒されるー!
あ!癒されて思い出した!スキルを解除しないと!
一度ジェット君を離して、音が出るか出ないかの小声でスキルを解除した。
「……スキル【コンビニ経営】。この店舗を解体する。」
前と同じように、画面が私の前に出てくる。
警備時間が長期だった為、追加で警備費を引きます。……支払いできる金額がなかった為、発動者の体力から引きます。
また、店舗で働いた警備員に時給を払います。……支払いできる金額がなかった為、発動者の体力から引きます。
ここの土地代は発生しませんでした。
うおおおおお!さらに体力引かれたああああーーー!
ステータスを見る。大きい狼のゆっくりに見えた一撃は、クレスさんのおかげで当たっていなかったから……500くらいあったはず。そこからがっつり引かれて……残りHPは……1!!!!!
瀕死じゃん!すんごい瀕死じゃん!!
体調は確かにとっても悪いけれど、後ちょっと殴られたら死ぬのかっていうと、そんな気はしない。でもHP……1だし……チョップ一発で死んじゃうのかな……?ずっこけても死ぬのかな?
……HPって、なんなんだろう?
とりあえず……。
「ジェット君、体力ポーション持ってる?」
「はい!どうぞ!」
少しでも回復しておこうか。
「ありがとう!ングングッ!……ぷはー。生薬の味……。それにしてもジェット君、こんな危ないところに来て大丈夫なの?」
「僕は後方支援として志願したんです。その……チカが危ないって聞いて、いても立ってもいられなくって……。僕でも何か出来る事あるかなって……。」
照れているのか、顔を俯けて下からこっちを見上げるジェット君……。柴犬のつぶらな瞳に打ち抜かれる!
「かわいすぎか!!」
「?」
とりあえず思うままに撫でた。モフモフ……。
ジェット君は、後方支援の一員として、篭城していた私達のために食料などを持って来てくれた。
馬車に積まれた食料は、すぐに食べられるパンや、調理して食べるようにと野菜やお肉などもたくさん載っていた。下のほうには冒険者ギルドで販売している携帯食がびっちり並んでいた。
「こんなにたくさんの食べ物……。このパン、見覚えあるような……?」
「前に見学に行ったパン屋さんのパンですよ。」
「やっぱり……。わざわざ作ってくれたのかな?」
「ここにチカがいるって知って……学校のみんなで街の人にお願いしに行ったんです。協力して欲しいって。本当は冒険者ギルドで保存している携帯食だけのはずだったんですが、話を聞いた街の人が食べ物を提供してくれたんです。」
「こんなにたくさん……。学校のみんなって……セイン君やサーシェちゃんたちが?」
「はい!みんなチカの無事を祈っていました。僕がみんなより先に会えるのを、羨ましがっていましたよ。」
そんな事聞いたら……嬉しすぎて涙でちゃうよ……。
「帰ったら、真っ先にみんなにお礼を言わないとね!街の人たちにも!」
「はい!みんな待ってますよ。」
篭城していたみんなの所に食べ物を持っていくのを見守っていると、地響きを伴う音が響いた。そのすぐ後に歓声が響いた。
「うおおおぉぉーーーーー!」
「すげーーー!!一人で倒しやがった!」
冒険者の人だかりを覗くと、大きな狼の魔物が横たわって、その横でクレスさんが大剣を地面に突き刺していた。
あの大きな狼を、一人で倒したんだ……。やっぱりクレスさんはすごいやー!
クレスさんは一つ息を吐くと、みんなに指示を出し始めた。みんなは力強く返事をして、方々に散っていく。
「クレスさん……。」
小さな声だったと思う。でも、クレスさんは気付いてくれた。
「チカ。無事で良かった。」
「はい。助けに来てくれて、ありがとうございます!」
「ああ。」
この優しげに下がった目尻。少し不器用な笑顔。会えなかった期間はたった二十日くらいの事だったのに、とっても久しぶりだと思える。
……この人に会いたかった。私、会いたかったんだ。
ありがとうの気持ちが、めいっぱい伝わるように、笑顔でお礼を言おう。
「本当に、ありがとうございます。クレスさん。」
「ああ。……その、なんだ。」
「はい?」
「……さんはいらん。」
「え……えっと!じゃぁ……ありがとうございます!……クレス。」
「ああ。」
さんを付けないで名前を呼ぶだけで、こんなに胸が騒つくとは思わなかったー!
ドッキドキ言ってるうぅーーー!私の顔に熱が集まるのを感じるけど、目を逸らすのはなんとなくしたくない。
ちょっとだけ、クレスさんの顔も赤い気がするから、きっと大丈夫、だよね!
助けに来てくれた冒険者さんたちが、溢れてしまった魔物を掃討し、街予定地には魔物は見えなくなった。まだ周りに魔物がいるかもしれないからって事で、来てくれた冒険者さんとクレスさんとは別れて、私たちは首都に帰ってきた。
首都に戻って、ギルドの人から聞いた話。
先に避難した第一陣の話を聞いて、ギルドはかなり迅速に救援を出そうとした。けれど集まった冒険者のランクが低く、危険があるために出せない状況だったのだそうだ。
そこに、グリフォンに乗った冒険者が物凄い勢いでやって来た。
クレスさんはいつAランクになってもおかしくない、むしろなぜかAランクに上がる事を拒み続けている実力者なので、彼が冒険者を率いての出発となったのだそうだ。
クレスさんがなんでか急いで来てくれたから、私たちは無事に帰ってこられたんだなぁ……。っていうか、クレスさんってAランクになれる実力者なんだなー。道理でめっちゃ強いわけだ!
私はギルドで無事を報告して、すぐに学校に行った。
「チカだー!」
「チカー!大丈夫なのー?」
「チカーおかえりー!」
「みんなー!ただいま!」
子供達と再会の抱擁を交わす。あぁーモフモフじゃぁー。ここはモフモフ天国じゃー!
「ジェット君から聞いたよ。みんな、ありがとうね。」
「みんな声かけを頑張ったからのぅ。」
「スワン校長!」
「フォッフォッフォ。」
「校長先生もほかの先生も一緒に、声かけしたんだよー!」
「そうなのね。校長先生も、ありがとうございました。」
「フォッフォッフォーー!」
学校のみんなにお礼を言って、街のお店の人たちにもお礼を言って回った。
こうして、私は帰ってくることが出来た。
帰ってきた、と思う事ができる場所が、この世界に出来ていたんだな……。少し、幸せを感じた。
たぶん、次で一章が終わりです。
……たぶん。




