閑話 イケメン騎士の憂鬱
イケメン騎士さんの視点です。
チヅルとは、主人公が偽った名前です。千鶴なんていないよ!
チヅルを見送ってから、我が主人の元へ向かった。
チヅルが私の名前を知っていたとは……。かなり驚いてしまった。しかしもう訂正は出来ないだろう……。
「どうだった?」
主人の部屋に入るや否や、首尾はどうだと聞かれた。主人の座る椅子の近くには、さっきまでチヅルの面倒を任せていたメイドが立っている。
「は。無事に城から出られました。朝一番の馬車で出るように言ってあります。」
「そうか。父上も弟も頭の回転が遅くて助かるよ。これで憂いは一つ晴らせたね。」
満足そうに頷いて、背もたれに身を預ける主人、リゲル様。私が仕えている主人であり、この国の第一王子だ。
私は先ほどまでの苦い思いを、主人の近くに立つメイドにぶつける事にした。我が主人はとても気さくな方なので、気兼ねなく話せる。
「マリアンヌ。お前、俺の名前をチヅルに教えていたのか。」
「チヅル……。ええ。教えて欲しいと言われましたので、いつも通りに。」
「私が嘘をついた事になってしまったじゃ無いか……。教えたならそう言って欲しかった……。」
「レオ、何かあったのかい?」
私は先程のやり取りを報告した。と言っても、私がマリアンヌに文句を言いたかったところは殆ど私用なので、何も問題はないはずだ。
「アッハッハッハッハ!……じゃぁ、せっかく本当の名前を教えたのに、嘘つきと思われちゃったんだ?可哀想にねー。アッハッハッハ!」
「笑いすぎですリゲル様。」
私が主人を非難すると、悪い悪いと言いながらも笑いを抑えられずにいる。隣に立っているマリアンヌは表情を変えずに謝ってきた。
「申し訳ございません、レオナルド様。滅多にこちらのお名前は言われないものですから……。」
「……仕方ない。いつかもう一度会うことが出来たなら、その時にしっかり訂正しますよ。」
「レオ。」
いつかもう一度、チヅルに会う事を願っていると、主人の真面目な声がかかった。
「彼女には大変な事をしてしまったが、これ以上我々が関わるべきではないだろう。むしろ関わる事で父上達に感付かれるとまずい。名前も知らないあの女性は、今日死んでしまった事にするのが一番なんだよ。」
「……しかし。」
「レオナルド。君は自分の庇護対象だと決めると、いつも過保護になりすぎるからね。これ以上あの女性に関わる事を禁じるよ。」
「……御意。」
「……リゲル様、そういえば女性からこちらを預かりました。」
そう言うと、マリアンヌは封もされていない手紙を主人に渡した。主人はその手紙を開くと、怪訝な顔をする。
「これは……。彼女の世界の文字だね?」
「その様です。もし、あちらの世界に物だけでも送ることが出来るようになったならば、これを送って欲しい、と。」
「そうか……。なんと書いてあるのか調べてからになるかな。預かっておこうか。……そろそろ私のバカな弟が騒ぐ頃かな?」
主人は手紙を丁寧に折りたたむと、机の引き出しにしまった。向こうの言葉を辞書を引きながら調べるつもりの様だ。今までにも何人かこちらの世界に呼んだ記録があるからこそ、出来ることだろう。我々が生きている間に、そんな技術が出来たならば、送ってあげたい。それにしても、なんと書いてあるのか気になる。
主人は言葉を続ける。
「そもそも、南に侵攻したいが為に聖女を喚ぼうなど……バカにも程があるよ、うちの父上は。それに従順な弟も、母上も……。」
今回召喚をずっと反対していたのは、この為だ。この国は冬が厳しい土地にある。作物は育ちにくく、毎年冬を越せない民が出てしまう。しかし、国王達の贅沢や無駄な税金を抑えてしっかり政策を打てば、なんの問題もなく越せるはずなのだ。それをせず、作物の育ちやすい南に土地を広げようと画策した結果、力のある聖女を喚ぼうという話になった。
贅沢を覚えてしまった国王は、無駄に肥え、さらに富を集めようとしている。
「更にその召喚に巻き込まれてしまった、なんの罪もない異世界の女性をこっそり殺そう、なんてね。」
そこまで言ったところで廊下がバタバタとうるさくなってきた。窓からは陽の光が差し込み始めている。チヅルは馬車に乗った頃だろうか。
「じゃぁ、話の通りに。」
「「はっ。」」
主人の言葉に返事をし、マリアンヌが窓から出て行き、姿を消したところで勢いよく扉が開いた。
「兄上!!」
「やぁ、アンタレス。どうしたの?こんな朝早く。」
「ミレイと一緒に来た女を知りませんか?どこを探してもいないのです。」
「さぁ。私は知らないよ?くまなく探したのかい?」
自分勝手な理由で召喚した挙句、間違って巻き込まれた女性を女呼ばわりか。
「探しました!でもどこにも見つからないのです。」
「うーん。私が謁見の間を出る時、とてもショックを受けた様な顔をしていたからね……。変な気を起こしていないと良いのだけれど。……私の方でも探してみよう。」
「あ……いえ。兄上はお仕事忙しいでしょうから、大丈夫です!もう少し探してみます!」
「そうかい?何かあったら言っておくれ。」
「はい。」
そうして慌てた様に部屋から出て行くアンタレス王子。
数分後、高い場所から身を投げた女性の遺体が城の隅で発見された。顔はわからないが、その他の特徴が似ていた為、異世界へ来てしまったショックから、心神喪失、身投げをしたのだろうと判断された。
……マリアンヌの特殊メイクと、演技技術は素晴らしい。どうやったら死体の演技が出来るのだろうか疑問が尽きないが、聞くと怒られるので謎のままだ。
この国を良い方向へ持って行く為にも、私は主人であるリゲル様を支えると誓った。もう会えないだろうが、巻き込まれてしまった彼女が元気でいてくれる様願う。