22 子供の頃にもらったフランス人形は、横にすると目を閉じるんです。若干トラウマです。
子供たちと一緒に、街にあるお店を見学していく中で見つけたお店。
周りに住宅もなく、街の端の方にポツンと一軒、家……じゃなくて、お店が建っていた。
店の前には陶器の食器が並び、旗にはお茶、と書いてある。店の中が覗けるように張られたガラスからは、不吉そうな人形が何体も並んでこっちを見ている。……こっち見んな!
なんなんだ、このお店……。
お店の前に出てきていた店主さんは、小太りで、黒い色のついたメガネをかけて、鼻の下にぴょんとヒゲを生やしている、人間のおじさんだった。あっやしーー!青と赤の縦ラインが入った服は、袖の部分に余裕があり、胸の前で両袖を合わせて手が隠れている。……どこの人なの?
こんな怪しいお店にも、子供たちは興味津々で入っていく。私も仕方なく入って行った。
「こんにちは。職業学校の者です。こちらはどんなものを扱っているお店なのでしょうか?」
「こんにちワー!ここ、グランディディの品あつかてるアルヨ!」
話し方まで怪しい……。それにしても、グランディディって、南にある国だよね。他国の品を持ってくるにはあのカルセドニー渓谷を抜けないと行けない。大変な思いをして持って来たんだろう。
……そんな大変な思いをして持って来たのが、不吉そうな人形って……。
「すっげー!違う国の物なのかー!」
「セイン!近づいて壊したりしたら、弁償代が大変なことになるのよ!あんまり近寄っちゃダメよ!」
「えぇー!」
他国の品って事でワクワクした足取りで商品に近づくセイン君をサーシェちゃんが止めていた。サーシェちゃんの方が年下なのに、しっかりしているわー。
「可愛い子供たちアルネ!これオススメヨ!」
そう言って店主さんが持って来たのは、さっきからチラチラ視界に入ってくる、あの人形。
なんで?どの角度から見てもこっち見てるんだけど!横から見てるのに、こっちガン見してるんだけど!怖いよこれ!
「うわー!か……わい……い?」
サーシェちゃんも引き気味だよ!着物のような服を着た、黒い髪を腰まで伸ばした人形。……え、これ日本人形?前髪部分も腰あたりまで伸びていて、雰囲気やばすぎるんだけど!
「……他にオススメってあるんですか?」
「そうネー、食べ物もオススメあるヨ!」
これ以上人形を見たくなくて、他のオススメを聞くと、店主は人形を店内に放り投げ、ガサゴソと商品を漁り始めた。扱いそんなんで大丈夫なの!?しかも投げられた人形の顔は、何故かこっちを向いている。目が怖いって!子供たちも若干ビビってるって!
「これヨー!」
「うわ!何それ!真っ黒じゃん!」
次に店主が持って来たのは、ビンに入った真っ黒な液体。セイン君はもう警戒状態で、耳と尻尾の毛が逆立っている。
そんな反応にも我関せずで、店主はビンの蓋を開けた。ふと、懐かしい匂いが……。
「もしかして……醤油ですか!?」
「ヨクしってるネ!これショーユ!グランディディのちょみりょーヨ!」
「チカ、知ってるの?」
「……うん。」
グランディディでは醤油が作られているんだ……。二十センチ程のビンに入った醤油。この店主さんは……神か!
「買います!!」
「まいどアルヨー!」
「チカ、今仕事中。」
思わず買うと言ってしまったけれど、犬の獣人の先生にチョップされてしまった。そうだった、今仕事中だった!
「あとで買いに来ます!」
「アイヨー!」
そうして、私は醤油を手に入れた!
熊の獣人さんがやっている八百屋さんで野菜を買って、トナカイの獣人さんがいるパン屋さんでパンを買って……。そして最近見学した精肉店でお肉を買った。精肉店は豚の獣人さんがやっている。なんで豚さんなのに豚肉捌いてるの!なんてもうね……もう何も言わないよ……うん。
「肉じゃが……久しぶりだぁ……。」
この懐かしい匂い。お米があったらもっと良いのだけれど……無いものは仕方ないよね。
じゃがいも、人参、玉ねぎとお肉のシンプルな肉じゃがを作った。その他に、醤油とにんにくを効かせた唐揚げと、ミニオムレツを作った。唐揚げだけは、油が跳ねたり、揚げた色がまばらになったりと、ちょっと大変だった……。料理レベル2では難しかったかな……。
部屋に二人を呼ぶ事は出来ないので、しっかり温めてから器に入れた。他に、パンの包みと飲み物を入れたビンをカバンに入れて、待ち合わせ場所に向かった。
お昼を少し過ぎたくらいの時間、待ち合わせ場所には、もう二人とも来ていた。
「お待たせしました!」
「いや、ついさっき来たばかりだ。」
「アイちゃん……。」
マディラさんはちょっと残念なものを見るような目でクレスさんを見ている。何かあったのかな?
「じゃぁ、行きましょうか!」
「ああ。」
「どこに連れて行ってくれるのかなー!」
街から出て、薬草採取をしていた場所へとたどり着いた。ここは、私が何箇所か採取している中で一番景色がいい場所だ。薬草が茂っている場所以外は平原になっていて、遠くにカルセドニー渓谷の山の頭が見える。天気も良いし、空気も澄んでいる。秋の気持ち良い気候はピクニックに最適だね。
「ここが最近の私のお気に入りスポットです!今日はここでご飯にしましょう!」
「なるほどー!そういうのも面白いね!」
マディラさんはノリノリで、シートを敷くのを手伝ってくれた。
「私の世界で作られていた料理を持って来たんです。肉じゃがと唐揚げって言います。……オムレツはこちらの世界でもありますかね?」
「肉じゃが……唐揚げ……。」
「僕はオムレツも聞いたこと無いなー。」
「そうなんですか。是非食べてみてください。」
この世界にはないかもしれないおかず達。ちゃんと味見はしたから、大丈夫なはず!
クレスさんが、フォークで唐揚げを刺して持ち上げながらこちらを見た。
「わざわざ作って来てくれたのか?」
「はい。あ、でも、そんなに難しい料理じゃないんですよ!」
「手作りか……。」
小さく呟いて、唐揚げを口に入れて一噛み。目を見開いて一瞬止まって、そしてひたすら咀嚼している。お口に合ったみたい。
次は肉じゃが。クレスさんは、じゃがいもとお肉と玉ねぎを一口で入れた。結構頬張ったなー。
こちらはしっかり味わおうとしているのか、ゆっくりと咀嚼している。飲み込んで、こちらを向いて微笑んだ。
「美味い。」
「良かったです。」
今まで見た中で一番、柔らかな顔。いつもキリッと上がっている眉も少し下がって、目尻と合わさってとても優しい笑顔になっている。
肉じゃがって心が温かくなる味だよね。クレスさんのこんなステキな笑顔が見れたのも、肉じゃがのおかげかな。
……この笑顔、好きだなぁ。
「美味しいねー。チカちゃん料理上手なんだねー。」
「いえいえ、本当に簡単な物しか作っていないんですよ。」
マディラさんが話しかけて来て、私は思考を停止させた。ちょっと危なかった気がする!
マディラさんのお口にも合ったようで良かった!
「チカちゃんは良いお嫁さんになるねー!」
イケメンスマイルでそんなこと言われたら、恥ずかしいですよ!私は頬に熱が集まるのがわかった。赤くなっている事がわかるから、見られるのも恥ずかしくて俯いてしまった。
「そ、そんな事ないですって……あ。」
俯いて平原の方を見ていたら、スライム君が近くに来ていることに気付いた。いつも私が餌付けしている緑のスライム君だ。私は助かったー!とばかりに、シートから立ち上がって、スライム君の近くに向かった。
「スライム君!これ食べてみてー!」
「あれ、逃げられちゃったー。」
マディラさんがなんか言ってるけど、気にしない。
私はスライム君に唐揚げを一つあげた。そろそろ餌付け成功しないかなー!
スライム君はうにうにと動いて唐揚げを食べている。少しずつ体の中で唐揚げが消えていく。いつも思うけれど、消化力強いね。
食べ終わると、ボヨンボヨンと跳ねた。……今までこんな反応しなかったのに!
「もしかして、気に入ったかな!?」
「ギュー!」
「鳴いた!!!」
スライム君はボヨンボヨンとずっと跳ねている!私はそっと手を差し出した。そして……スライム君は……。
私の手をすり抜けてさらに唐揚げを求めてシートへとダッシュした!
「チカちゃーん!?スライム凄い勢いでこっち来たんだけどー!あっ!唐揚げ取られた!」
「えええーーー!そこは懐いてくれる場面じゃないのーーー!?」
スライム君は唐揚げまっしぐらで、マディラさんと格闘している。クレスさんは自分の分をしっかりと確保して、我関せずで肉じゃがをずっと食べていた。若干カオスなご飯となった……。
スライム君とは、いつかきっと仲良くなってみせるぞ!
秋の気候って気持ちが良いですよね。
次は、時間が少し進みます。……多分!!




