20 躊躇うと、思っていた以上に力が入らないって言いますもんね!
細い路地に引き込まれていく。結構力が強いな……。ジェット君もズルズルと引っ張られている。
酔っ払いっぽいおじさんが、小さな声で呟く。
「なかなかいい腰じゃねぇか……げへへ……。」
うん。このままではあまりよろしくない雰囲気だ。
……こんな時どうしたらいいのか、私が先生から教えてもらっていないとでも?ふふふ……。アイドクレス先生はしっかり教えてくれましたよ!ちょっかい出した事を、後悔させてあげましょう!
進行方向と逆に力を入れても、余計力が増すだけだから、こういう時は違う方向に体を動かす。
私は膝を曲げて腰を一瞬落とし、おじさんの不意をつく。そのまま体をひねり、おじさんと密着していない方の膝を、おじさんの股間に向かって蹴り上げる。躊躇うな!思いっきり振り抜け!とは、クレスさんの言葉である。
「うぉりゃ!」
「!!!!」
おじさんは声を出すことも出来ないようで、ゴロゴロとその場を転がり、やがてうずくまったまま静かになった。
「今のうちに、逃げるよ!」
何故か下腹部を押さえて内股になっているジェット君の腕を引いて、走ってその場から逃げた。
走りながら後ろを振り返るが、追ってくる様子はない。あれだけ思い切りやれば、当分は時間が稼げるだろう。後は、酔っ払いおじさんが私の顔を覚えていない事を祈ろう。
学校の前まで来て、やっと走るのをやめた。もう一度振り返るが、やはり追って来てはいないみたい。
「はぁ……。大丈夫そうだね。ジェット君、怪我はない?」
「うん。……チカは大丈夫?」
「え?」
「震えてた……。」
ジェット君はずっと握ったままだった私の手を撫でながら、心配そうに顔を覗き込んできた。生徒に心配されるとは情けない……。そんなつぶらな瞳で見られるとキュンとするわ!可愛い!思わず空いている方の手が頭に向かいそうになる。静まれ!私の手!
……でも、正直ちょっと怖かった。食堂で酔っ払いに絡まれて殴られそうになったのを思い出したのだ。今回は上手く逃げられて、本当によかったー!……っていうか私、酔っ払いに絡まれる率高くない?
ふぅと一つ息を吐いて、自分を落ち着かせる。今回は大丈夫だった。震えもすぐに治るだろう。笑顔をジェット君に向けた。
「心配してくれてありがとう。大丈夫だよ。」
「……うん。」
ジェット君も私の顔を見て、安心してくれたようだ。少し顔に余裕が見えてきた。
最後は変な人に絡まれたりもしたけれど、怪我もなく帰ってこれて良かった。
他の先生たちと、校長先生に戻った事を報告して、通常の算数の授業に戻った。酔っ払いに絡まれたことは言わなかった。結構重傷を負わせた気がするから……向こうが悪いとは言え、罪悪感がね。……潰れてたらごめんね!!
授業を終えて、帰り仕度をしながら考えるのは、ギルドの説明が聴く側に寄り添えていなかった事。あれでは何のために行ったのかわからない。
何とか出来ないかなー、と考えながら夕日に照らされた道を歩いていると、後ろから声がかかった。
「チカ。」
「チカちゃーん。」
「あ、クレスさん!マディラさん。こんばんはー!」
「僕を呼ぶときだけ声が平坦になるの何とかならないかなー?」
「ならないですね。」
「そんなー!」
相変わらずのやりとりに可笑しくて、笑ってしまう。二人も微笑んでくれていた。そのまま、夕飯を一緒に食べに行く事になった。
「へぇー!職業学校の先生ねー!面白そうだねー!」
「はい。算数を教えているんです。子供たちも可愛いし、楽しいですよ。」
「そうか、住む場所も決まって、良かったな。」
「はい。先生を辞めるときには出ないといけないですが、一時的にでも決まって本当に良かったです。」
前にも来たステーキのお店で、夜ご飯を食べながら近況の報告をする。牛の獣人さんは今日も元気にフライパンを振っている。美味しいけれど、おかわりはしないから!そんな期待する目でこちらをチラチラ見ないで!
美味しいステーキを頬張りながら、学校で教えている算数の内容や、子供たちの可愛さを話す。
クレスさんとマディラさんに会うのも久しぶりな気がして、二人がどんな依頼を受けていたのか、聞こうとして、止まってしまった。
「そういえば、お二人はどのような……依頼を……。」
「……どうした?」
「あ、あの!」
そうだ、冒険者の話をこの二人に聞くことは出来ないだろうか?そうしたら、実体験を聞くことも出来るし、武器を扱う姿を見せてもらうことも出来る。
……でも、話してはいけない内容もあるかもだし、迷惑になるかもしれない。報酬とか払えないし……。そう思ったら、あの!の次の言葉が出にくくなってしまった。言いかけた事だから、言うだけ言ってみようか……。
「あの、冒険者ギルドに冒険者の仕事の説明を聞きに行ったら、私が冒険者になった時と同じ説明をされて……。全然冒険者がどういうものなのか、という説明を聞けなかったんです。もし、時間があったらなんですが……お二人の体験談とかを子供達に話してもらえませんでしょうか?」
俯きながら説明してしまったため、二人の顔を見ようとしたら下から見上げるような角度になってしまった!
三白眼で睨んでるって思われないかな!?大丈夫かな?不自然じゃないように、ゆっくり顔を上げる。これで三白眼ではなくなるよね?
「俺はいつでもいいぞ。」
「え。」
「僕もいいよー!」
「え、あ!報酬とか無いのですけど……良いんですか?」
こんな快諾頂けるとは思っていなかった。そして伝え忘れていた、報酬がない事を伝える。依頼としての快諾かもしれないものね。
「ああ。構わない。」
「友達のお願いじゃんねー?全然良いよー!任せなよー!」
と、友達……!
年甲斐もなく、物凄く嬉しいと思った。私、友達出来たよーー!しかもイケメンだよーー!
マディラさんはクレスさんに確認するように、ねー!と言っている。
クレスさんはマディラさんの方を見ていないけれど、頷いている。
「そうだな、報酬など要らない。……が、どうしても気になると言うのなら、今度チカが美味しいと思った店に案内してくれ。」
「……はいっ!」
奢って、ではなく、案内してって言うところがクレスさんらしい。本当に優しい人だなー。
一度学校に確認を取ってから、日にちを決めて二人に来てもらう事になった。
きっとみんな、ビックリするだろうなー!




