19 私も余り物が貰えると思って、バイトは飲食店を選びましたよ!貰えなかったけど!
今日の見学はパン屋さんだ。子供たちは相変わらず九九を歌いながらお店に向かう。
「「「「ロックにじゅうにー!ロックさんじゅうはちー!ロックしにじゅうしー!」」」」
若干、六がロックになってしまっているのはご愛嬌だ。うん。
「それにしても、この歌、多くても三番までだと思ってたよ!まさか六番まであるなんてなー!」
セイン君が唇を突き出しながら文句を言っている。……ごめんよ、実はその歌、九番まであるんだよ……。
「はい!着きましたよー。」
「わーい!良い匂いー!」
一番に反応したのは、キャンディ大好きで、ちょっとフワッとした羊の獣人の男の子、タルク君。確か七歳だったかな?学校に通っている中で最年少だ。美味しい物に目がないのか、いつも眠そうな目をしているのに、パンの匂いを嗅いだ途端、クワッと見開かれた。ちょっと怖い!
今日は見学なので、厨房も見るだけだ。次に来た時には、作るのも体験させて貰えるらしい。子供たちは工房の窓に張り付いている。パンの焼ける良い匂いと、生地を成形する速さを見てしまったら、張り付くのも仕方のない事かもしれない。
パンが発酵を経て、かまどに入れられる様子を見て、タルク君が首を傾げた。
「どうしてパンって膨らむの?」
「それはね、酵母っていう小さいちいさーーーい生き物が活躍しているからなの。」
「こうぼ?小さいってどのくらい小さいのー?」
「一匹は見えないくらい小さーいよ。その酵母さんは、甘いものが大好きなの。」
「僕と一緒だー!僕はキャンディが好きだもん!」
「そうだね。その酵母さんは、パン生地の中にある甘い部分を食べて、ほぅっとため息をつくの。タルク君も美味しいキャンディを食べた後、ほぅってため息をつくでしょ?」
「うん!」
タルク君は子供なのに仕草がちょっと大人っぽい。美味しいものを食べた後、ため息をつく仕草が妙に艶かしいというのは、先生たちの間で囁かれている話だ。
「酵母さんもため息をつくんだけれど、それが生地を押し上げるの。でも、生地には空気が逃げる場所がないから、生地が上に持ち上がって、膨らむのよ。」
「そうなんだー!酵母さんのため息って強力なんだね!」
タルク君のため息も、絵的に強力よ!と、心の中で突っ込んでおいた。
「パン屋さんで働くには計算って必要なの?」
「そうだねー。」
鹿の獣人のサーシェちゃんが、今日も質問をする。
「例えば……。パン三十個分の小麦粉は一キロです。朝、今日はパンを百二十個仕込むよ、と言われたら……小麦粉は何キロ必要?」
「えーっと……四だ!」
「そう、四キロだね。パンやお菓子を作るには、計量が必要不可欠なんだよ。」
「そうなのね!じゃぁやっぱり計算は必要なんだー!」
うん。サーシェちゃんは算数の必要性をしきりに確認する。別に算数を嫌がっている様子はないのだけれど、何でかな?
「お店の方も見ましょうね。」
「「「「はーい。」」」」
パンを販売する側に向かうと、エプロンをして三角巾を頭に巻いた、トナカイの獣人さんがテキパキと働いていた。……うん。三角巾からツノが飛び出ているよ!
「あらあら、可愛い子達だ事!いらっしゃーい!」
今の季節は秋……。このトナカイさんは男性のはず……。メスのトナカイさんは冬に生えるからね。ツノ……。つまり、そういう方なのでしょう。
「職業学校の見学です。よろしくお願いします。」
「あら、そうなのー?じゃぁ大きくなったら是非うちで働いてほしいわー!」
トナカイさんの視線は……セイン君にクギ付けだ!
セイン君は視線には気がついてなさそうだけれど、耳がピクピクと忙しなく動いている。野生の勘が働いているのだろうか?いざとなったら彼を守れるだろうか……。何も起こりませんように……。
パンの販売を見学する。焼きたてのパンは、お店に入ってすぐの位置に置かれ、お客様も焼きたてを喜んで買っていく。焼きたてのパンって、美味しいものね!
この世界にはトースターもないし、パンを温めるのにわざわざかまどを温めるのも大変だものね……。あ、クレスさんがいてくれたらオーブン要らずだ!……はい、ごめんなさい。
お会計をする場所には、少し値段の下がったパンが置かれている。
「このパンは、なぜお安くなっているんですか?」
「うん?あぁ、このパンはね、朝焼いた物なのよ。やっぱり時間が経ったものよりも焼きたてをみんな買うでしょ?余ってしまうから、時間が経ったものは、少しお安くして買ってもらおうっていう作戦なのよー。」
八百屋さんの時と同じように、獣人さんはやっぱり敏感らしい。まぁ焼きたてのパンは温度でもわかるものね。パン屋さんも、売れ残りの処理に苦労しているみたい。朝に焼いたものなら、問題は何も無いのにね。
「今日の見学、楽しかったなー!」
「そうね!美味しいパン屋さんで働くのも悪くなさそうよね!」
セイン君とサーシェちゃんは、パン屋さんで働くのも良いと考えているのかな?算数も順調だから、販売の方だったら絶対重宝されるだろう。サーシェちゃんの動機が不純な気もするけれど!
「僕は……キャンディ屋さんで働きたい……!」
そんなサーシェちゃんの不純な気持ちが伝播してしまったのか、売れ残りのキャンディを思ってなのか……目をクワッと見開いてタルク君が息巻いている。
「働いているからといって、売れ残りが貰えるとは限りませんよー。」
うふふふ、と笑いながら犬の獣人の先生が突っ込んでいた。
それを聞いてがっくりとする、サーシェちゃんとタルク君。みんなで笑いながら学校へ帰った。
いろんな職場を見学し、体験して、自分のやりたい事を見つけられる環境って素晴らしいと思う。やっぱり良い国だなぁ。
今日はパンを買って帰ろう。夕飯と明日の朝ごはんにするんだー!
次の日、学校に通っている中で唯一の十四歳の子と一緒に冒険者ギルドに来ていた。
この子はジェット君。黒い毛並みの柴犬の獣人さんだ。麻呂眉がキリっとしていて可愛い。犬の獣人さんは結構多くいるのだけれど、柴犬はほとんど見ない。だからジェット君を見たときは衝撃的だった。
可愛さに思わず頭を撫でそうになって、自分の右手を左手で必死に押さえた。こんな変人みたいな事、するとは思わなかったよ!
危険な仕事でもある冒険者ギルドの見学は出来るだけ大人になってからという事で、十四歳の子にだけ許される。だから、ジェット君だけを連れて来たのだ。
「チカ、今日の見学って体験はしないんだよね?」
「そうだね、説明はギルドの受付のお姉さんがしてくれると思うけれど、体験は無いはずだよ。」
「そっか……。」
そう、私は冒険者登録をしているから、という理由で引率を任されたけれど、説明などは全部ギルドの職員さんがしてくれる。
ジェット君はちょっと残念そうな顔をして、うなだれた。
「体験したかったの?」
「うん。だって冒険者だよ?俺、すっごく憧れてて……武器を持って戦ってみたかったんだ!」
「そっかー。」
目をキラキラさせて言う姿がもう可愛いなー!……でも、戦う事に憧れるっていうのは、男の子のあるあるなのかなー。
「こんにちは、今日は冒険者について説明させて頂きます。」
「よろしくお願いします。」
「よろしく……お願いします……。」
ジェット君は緊張していた。尻尾がブンブン振るわれているから、嬉しいという気持ちもあるのだろうな。
説明は私が冒険者になった時にされたものとほとんど一緒だった。基本だから、説明して当然だよね。けれど、ジェット君はちょっと不服そう。そのまま、基本的な説明だけで終わってしまった。
冒険者ギルドから出て、学校へと歩くが、ジェット君の足取りは重い。
「俺、もっと冒険者の体験談とか聞けるのかと思ってた。」
「うーん。そういう話は何も無かったものね。」
「冒険者になろうかな……。」
強い憧れを滲ませた呟き。職を決めるのは彼の自由だけれど、あの説明だけで決めるのはどうなのだろうか。ギルドのお姉さんも、あんな業務業務しい話だけでなく、しっかり考えようと思えるような話をしてくれたら良かったのに。
そう思っていると、細い路地の方から声がかかった。
「おぅボウズ!俺様の武勇伝を聞かせてやろう!」
ニヤリと笑った顔のおじさんは、鼻と頬が赤い。お昼前だというのに、すでに出来上がっているような気がする。この国では少数の人間のおじさんだった。
躊躇している間に近くに来て、ジェット君の腕を引き、何故か私は腰に腕を回されて引っ張られていた。
酵母は、生地の中の糖分を食べて、アルコールとガスを出します。そのガスが生地を膨らませるんですね。
七歳の子供向けに話をしたら、ガスはため息になってしまいました。




