9 いざという時に来てくれるって、イケメンの場合だいたい通常運転ですよね!
乗り合い馬車とは比較にならないほど速く走るグリちゃん。時間のロスがあったのに、乗り合い馬車で着く予定だった街の、次の街まで来れた。絶叫した甲斐があったね!
一息ついてから、ギルドに指名依頼を出しに行った。国から新しい依頼が来る前に、私が出して、受けてもらわないといけない。
クレスさんと一緒にギルドに入ったから、速攻で受けてもらえるんだけどね。
「はい、指名依頼を受け付けました。」
「その指名依頼を受ける。」
「かしこまりました。」
順調にクレスさんに依頼を受けてもらえた。良かったー。これで……。
「「これで出られる……。」」
ん?声が被った?
隣を見ると、クレスさんもこちらを見ていた。お互い顔を見合わせて、二秒。同時に笑った。
それにしても……眉が少し困ったような形になって、下がった目尻と合わさって、破壊力ががが……。カッコイイのに可愛いとか……ヤバイ!
冒険者ギルドを出て、グリちゃんを預けた宿屋に向かう。隣を歩くイケメン冒険者さんの表情は、少し穏やかで、ホッとため息をついたのがわかった。私が見ていた事に気付いたのか、クレスさんは少し照れた顔になって、こめかみをポリポリとかいた。
「依頼報告をしてから、少し時間が空いていたが……。間に合って良かった。ここ最近は終わったらすぐに次が入る、という感じで忙しなかったんだ。」
「運が良かったんですかね?」
「そうかもしれない。……この先は街には寄らずに一気に国外に出るが、寄りたいところはあるか?」
寄りたいところ、か。正直、さっさとこの国から出てしまいたいから、寄りたいところなんて無い。ただ、長い旅になるんだとしたら、少し用意をしっかりしないといけないかな?
「長旅になるんですよね?だとしたら、少し服とか食べ物とか用意したいです。」
「そうだな。どの国に行くのかにもよるが、長くて一週間くらいか。食事やテントなんかは心配しなくていいぞ。こちらで二人分用意する。」
「いいんですか?」
「ああ。報酬分を旅の費用に充てるよ。」
あれ?そしたら結局、クレスさんはタダ働きでは?
「俺の願いを聞いてもらっている形だから良いんだ。」
顔に出ていたかな?声に出していないのに、的確な答えが返ってきた。
イケメンをタダ働きさせるのかー。私にはプラスしかないぞー?……まぁクレスさんが良いと言うなら良いか。ほんと、良い人だなー。
「わかりました。では、服やタオルなんかの用意をしたいです。」
「わかった。旅用の、生地がしっかりした動きやすい服を売っている店を選ぼう。明日の昼過ぎには出発するから、それまでに揃えてくれ。」
「はい。」
宿屋で一緒に夕食をとった。宿屋の食事は、温かいグラタンと野菜が少し入っているスープとパン。グラタンのチーズが美味しい。ホワイトソースはちょっと水っぽいけれど、それを補って余りあるチーズが素晴らしい。
前方から視線を感じる……。食べているところをじっと見られている気がして、恥ずかしい。そんなに汚くは食べてないと思うけど!変かな?食べ方変かな!?
フォークの動きを止めて、目だけそっとクレスさんの方を見ると、気まずそうな顔をしてこちらを見ていた。
「すまない。食べ方が綺麗だったものだから、つい見てしまった。」
「えぇー。」
食べ方が綺麗と言われて、どう反応すればいいんだ!言われた事ないよ!とりあえず感謝しておけば良いのかな?
「ありがとうございます?」
「いや……。まじまじと見てしまってすまない。」
褒められて悪い気はしないけれど、ちょっと気まずい食事になっちゃったなー。言われてから周りを見てみたけれど、確かにみんな食べ方が荒かった。周り、おっさんばっかりだから、比較対象にして良いのかわからないけど!
「おい、ねーちゃん!ちょっと付き合えよ!」
クレスさんがお手洗いに言っている間に、食べ終わった食器をまとめて、厨房前のテーブルに片付けた。戻ろうと、席の間を歩いていたら、急に腕を掴まれた。びっくりして掴まれた先を見ると、すでに出来上がった、お顔真っ赤なおっさんがこちらを見ている。テーブルには他に二人おっさんがいて、それぞれ顔が赤く、ニヤついていた。
昨日の宿屋よりも、少し質の良い所に来たはずなのだけれど、こういう人達はどこにでも出没するものなのかねー。っていうか、いくら女の人が少ない場所だからって、私を誘うとは……目も酔っ払って見えていないのかもしれない。日々の残業とバランスの悪い食事を続けた事による不健康な見た目の人間を誘うとはね……。自分で言っていて悲しいわ!
とりあえず、当たり障りのないお断り文句を言ってみよう。
「この後、用事があるので。」
「あー?俺たちとは飲めねーってのか?あぁ?」
「だから、用事があるんです。」
「てめーの都合なんざどうでも良い!さっさとお酌しろよぉ!」
何言ってんだこいつ……。人の言っていることが理解できていないのか、聞く気が無いのか。
「……貴方達のような、お顔真っ赤で頭お猿さんな人と飲む趣味は無いの。」
「あぁ!?あんだと?生意気言ってんじゃねーぞ!!」
こちらの事を一切配慮しない酔っ払いに、ついイラっとして言ってしまった。そしてキレさせてしまった。
酔っ払いなんかを相手にすることは殆ど無いからわからないんだよ!どうしたもんか、これ。
男は私の腕を引っ張ってきた。強く引っ張られて、よろけた私を殴ろうするのが見える。あ、これ痛そう。歯を食いしばって目を瞑る。
パンッと音がした。
来ると思っていた衝撃が来ない……。あれ?
目を開けると、前は茶色の壁。あ、デジャブ。じゃないな、つい昨日も見たわ。
「俺の連れになんの真似だ?」
「あ……。」
いつの間にか、おっさんと私の間にクレスさんがいた。酔っ払いのパンチをクレスさんが防いでくれたみたい。痛い思いしなくて済んだ。良かったー。
クレスさんが今どんな表情なのかは見えないけれど、おっさん達の顔が赤から青になっているのが見える。
「チカ、部屋に戻っていてくれ。俺はこの人たちとお酒を飲んでから寝るよ。」
「はい。」
振り返って、ニッコリと笑顔で言うクレスさん。うん、絶対仲良くお酒を飲む雰囲気じゃないよね。あと、初めて名前で呼んでくれたなー。クレスさんの名前を教えてもらった時に、私も自己紹介をしたんだけれど、ずっと、君、だったもんねー。
「おやすみ、チカ。また明日。」
「……おやすみなさい。」
なんか、凄みのある笑顔で名前を呼び捨てにされて……ドキドキする私って変態かな?あらぬ扉を開いたかな?
素直に従って、私は部屋に戻って寝ることにした。
あ、もちろん部屋は別々ですよ!!