1 召喚ってなんですか?私、ぶっ叩かれたはずですが。
その日は朝から土砂降りだった……はずだ。
なのに、今はなぜか湿気などほとんどなく、爽やかな風が頬をなでていく。尻餅をついた私の手には土の感触。
地面に違和感を覚えた直後、急激な頭痛に襲われた。
「「うぐぅぅぅ……。」」
頭痛はほんの数秒だった。しかし、その痛みは今まで感じたことがないほどのものだった。うめき声が誰かと重なった気がする……。痛みが治まると、周りの声が鮮明に聞こえてきた。
「やったぞ!召喚成功だ!」
「これで我々の未来は安泰です!流石アンタレス王子!」
私の前で繰り広げられる、称賛の嵐。……なんだこれ。何に成功したって?
私は確か……土砂降りの雨の中、電車に乗っていたはずだ。隣にいた女子高生と口論になって……その子に頬をぶっ叩かれるところだったはず。頬に手が触れたその瞬間、目の前がもの凄く眩しくなって、思わず目を瞑ったんだ。
顔を上げると、私をぶっ叩こうとした女の子が仁王立ちしている。頭に手を当てて、困惑した表情で辺りを見回している……この人も頭痛がきたのかな?
女の子に釣られるように周りを見回すと、森の中。え、電車どこ行った。っていうか、ここどこ!?
さっき地面に感じた違和感はこれか。電車の中のはずなのに土の感触。っていうか、叩かれる瞬間にバランスを崩したから尻餅ついちゃって……あーあー。今日下ろしたばかりのスカートが泥んこだ……。
「して、聖女はどちらだ?」
称賛されていた男は、偉そうな顔で私ともう一人の女の子を交互に見る。
はい?聖女?
何言ってんだこいつって顔に出てしまったのかな。男は不服そうな顔をして、何か言おうと息を吸った。そこへ、遠くから叫ぶような声が聞こえてきた。
「アンタレス王子!!!こちらにおいででしたか!!」
「……ちぃ、面倒なのが来た。」
その声は、今舌打ちした王子と呼ばれた男の後ろから聞こえてきた。やってきたのは中世の騎士様って感じの鎧を着た男の人。兜を横に抱えている。顔がちらっと見えた。有名な海外の俳優さんかと思うほどのイケメン。金髪サラッサラなのが遠くからでもわかった。走ってきたのか、少し息が切れている。まぁそうだよね。そんな重そうな鎧つけて走ったら息切れするよ。
そんな事を考えていると、その鎧の男の人は私と向かいにいる女の子を見て眉をしかめた。顔がイケメンだと、しかめっ面もイケメンになるんだなぁ。
「この方々は……まさかっ!」
「ふん、一足遅かったようだな!無事に儀式は成功したのだ!お前はずっと反対していたが、もう遅い!アハハハハハハ!」
「なんと言うことを……。」
イケメンが困り果てた顔をして、王子と呼ばれた偉そうな男が踏ん反り返っている。
だから、何なのこの状況……。
私と、私をぶっ叩こうとした女の子はイケメンが呼んできた馬車に乗せられ、ドナドナされた。
馬車、初めて乗ったよ。森の中だったからなのか、ガッタガタに揺られた。電車では酔った事無かったのに、馬車では数分で酔った。女としての意地でなんとか我慢していたが、そろそろ本気でやばい……!ってところで、やっと止まった。
馬車を降りると目の前には白亜の城。綺麗な白色で塗られた壁が、存在感を主張する。お城ってこんなに綺麗なんだなぁ。こんなに間近で見るのは初めてだ。それにしても、このお城、日本式ではない。……どう見てもヨーロッパな感じ。私は日本にいたはず……。
お城の綺麗さに圧倒されていると、後ろからグイグイ押されてお城の中に入ることに。
外の清廉な白さとは打って変わって、中はこれでもか、というほどの成金趣味全開なインテリアだった。なんで?あんなに綺麗な外観に似合わなすぎじゃない?壁赤いし天井金色だし……。家具もあちこちに宝石や金色が散りばめられて、目がチカチカする。
カーペットふかふかー!とかやる暇もなく、どんどんお城の奥に連れられて、とっても広いお部屋に着いた。前方の奥には豪華なイスに座るでっぷりしたおっさん。その隣のイスに神経質そうな細身の女の人。女の人の横に若い男の人が座っている。でっぷりしたおっさんと、神経質そうな女の人は、目がチカチカするようなきらびやかな服を着ている。女の人の横に座る若い男の人は、チカチカはしないが、同じように良いものを着ているっぽい。
なんとなく、分かる。ここ、王様とかに会う謁見の間みたいな感じだ。って事はこのでっぷりしたおっさんが王様かー。メタボだなー。
「父上!ご覧ください、成功しました!」
嬉しそうな顔で王様に駆け寄るアンタレス王子。うん、犬みたいな駆け寄り方だな。褒めて褒めて!ってご主人様の元へ行く犬の幻覚がダブって見える。
「おぉ、召喚に成功したのか!素晴らしい!……して、どちらが聖女なのだ?」
王様が私と女の子を交互に見ながら、アンタレス王子に聞いている。
私はもうすでに不信感でいっぱいだ。なんで誰も何も説明しないんだよ!そんでもって有無を言わせず連れてきて、偉そうに挨拶もなく『どちらが聖女なのだ?』だぁ?
……なんとなくわかりましたよ、この状況。暇潰しに読んだ小説のような流れ。これはいわゆる、異世界召喚ってやつなんでしょう?まさか自分に起こるとは……っていうか、想像のものだと思ってたよ!
さらに、召喚されたのが二人、発言を聞いていれば、聖女、どちら……。どっちか一人だけが呼びたかった人間、聖女様なんでしょうよ。年齢的に見れば私が巻き込まれた方なんだろうな……。どう見たって女の子の方、高校生だし。
黒い艶のあるストレートの髪。前髪は真っ直ぐに切りそろえられ、後ろは背中まで伸ばされている。日本人形のようだな。顔は日本人特有の凹凸が控えめ。目はぱっちりとしているが、目尻は下がり気味。おとなしい感じに見える。つまり、清楚なお嬢様って感じ。服は膝くらいまであるプリーツスカートのセーラー服に紺色のハイソックス。うん、こっちが主人公ですわ。
んで、私はというと……。
母方の祖母が外国人だったせいか、日本人よりはハッキリした目鼻立ち。つまり、この世界の人とあまり変わらない顔。髪はこげ茶でちょっと猫っ毛。無造作に首の後ろ辺りで一つに結んでいる。社会人として働いて五年の二十三歳。残業が多くて肌は荒れ、目の下にはクマが出来ている。紺色の新しいスカートは、尻餅をついて泥んこに。
王様はスイーっと女の子の方に目を向けた。ええ。見た感じそうなりますよねぇ。……でも、失礼だぞ!
「ステータスを確認せよ。」
王様がそう言うと、有名な物語に出てくる魔法学校の生徒っぽいローブを着た男の人が近付いてきた。私と女の子、両方を見てから優しげな声で言う。
「片手の手のひらを上に向け、ステータス、オープン。と唱えてください。」
私は一瞬躊躇った。なんで言われた通りにしないといけないの?こちらにああしろ、こうしろ、と言う前に言うべきことがあるんじゃないの?って文句が頭の中を駆け巡った。
私が躊躇っている間に、女の子は素直に従ったのだろう。小さな声でステータス、オープン。と聞こえてきた。そのすぐ後に、ローブの人が嬉しそうな声を上げた。
「おぉ!こちらの女性のステータス欄に『聖女』がございます!!」
私は自分のことは後にして、女の子の方を見る。
女の子の手のひらの上に、半透明な画面が出ている。
鈴谷 美麗 17歳 【聖女】
レベル3
HP 150
MP 90
力 9
体力 50
知能 10
精神 30
敏捷 12
スキル
【浄化の光】
おぉ。あんな感じに見えるのか。というか、プライバシーってないのか?みんな見られちゃうものなのかな?
「おぉ!やはりそちらが聖女であったか!」
だから失礼だって!やはりってなんだよ!やはりって!
その後は、あれよあれよと美麗さんがチヤホヤされがなら連れていかれ、私は王族っぽい人たちに居なかったかのような扱いを受け、仕方なくといった感じでメイド服の女の人に部屋へと連れていかれた。
解せぬ!!!