頼れる者
「よい、しょっとぉおおおお!」
「うわぁあああ!」
木常先生の体が床に沈みこんだ。
「ふぅ。やれやれ~」
「くそ、この際どうだっていい!」
短いため息をつき汗をぬぐった時だった。背後から素知らぬ男性教員の影があった。振り向いたときには目のすぐ前まで手があった。自分の体はもうその影の手中にあった。
(あらら・・・読みのがした・・・)
薄ら苦笑いをした時だった。その男性教員の顔面が鷲掴みされたと思いきや後方に投げられる。
「なにしようとしてくれてんだ、ブッ殺すぞ」
火のついていない煙草片手に立つ博刻先生。
「女子と遊んでる暇あんなら俺と遊ぼうぜぇ?」
普段は買う専門だけど・・・とニタリと笑う理緒先生。
「あーはいはい。あと、頼むわ~」
ふにゃんと笑う月見先生。
(あ~そうだった・・・忘れてた)
「おい、月見」
「なにさ」
不意に理緒先生が呼ぶ。
「勝ったらここにいる一年の教員分のアイス奢らせとくわ」
その瞬間に誰かの、いや、自分の一番知ってる背中が被ったようにみえた。
「質わる」
そう言いながら、月見先生はまたもといた俺たちのところへ帰って来た。
ずっと前に男子生徒に囲まれてた時があった。自分が邪魔だったらしい。でも、お兄ちゃんがそれに気づいて庇うために喧嘩を始めた。私はそこでただお兄ちゃんに言われたからではなく逃げ出した。怖かった。でも、細い角材の切れ端を持ってまた引き返した。背後からだったから、卑怯だっただろう。それでも、情けなく逃げるより、カッコ悪くても、卑怯でも、誰かが誰かのために戦ってくれていたことに対して報いるカタチで私は反撃した。
「う、ぁあああ!」
バンと派手な音がたちながら角材が折れた。当たったのはどうやら背中らしい。その男子生徒は背中を押さえながら前のめりに倒れこんだ。兄も回りにいた五・六人の生徒も自分をみていた。ふぅーふぅーと唸るような息を吸ってった気がする。気がついたときは皆の目が怖かった。
「なにやってんだ!お前ら!」
中年ぐらいの男の人の大声が聞こえた。
「やべ、行こうぜ!」
男子生徒の誰かがいうとわらわらと散っていく。兄は無言のまま、私のカバンと手を引っ張ってその場所を後にした。
濡れたハンカチで顔をぐいぐい拭かれる。叩かれたよりも布の摩擦が痛い。「痛いか?」
顔を拭き続けながら兄、博刻は言った。
「ん~平気かな~」
にへらっと笑って言った。風にふわふわと血の臭いが混じってる。
(自分のほうが怪我してるのに・・・)
博刻は額から血を流してるし、殴られた痕もあった。真っ黒な学ランが土埃で汚れてる。
(私なんか後回しでいいのに・・・)
ひとしきり拭いてスッキリしたのか、またハンカチをすすぎにいく。
「あーあ、また・・・迷惑がられるなぁ」
夕焼けにはまだ程遠い青空。
「迷惑なんざかけるだけかけろ」
どかっと隣に座りながら博刻は言った。頭をガシガシと撫で撫でおまけ付き。「もう少し頼ってもいいんじゃね?」
袖を下のワイシャツごと捲った手で自分の額を伝う血を拭う。
「・・・ん~」
しばらく沈黙していたが、二人の座ったベンチの木陰がガサガサ動き始めた。博刻はまったく動じなかったがこっちとしては側に置かれた皮のカバンを構える。
「ってぇ~なんなんだよ~弱ぇくせに!」
「まぁまぁ、落ち着いとけ」
「そうだぞ~?傷に触ったときが一番痛いからな~」
三人の学ランを着た男子生徒が現れたが・・・
「あ!危ない!だいとーーーー!」
「は?っでぇええええ!」
帝斗の顔にカバンが顔面を襲う。
「お、こりゃすごい」
「クリーンヒットか」
出てきたのは都川と鶴尾、帝斗だった。
「ほんとごめーん!」
でも、よくみると三人ともボロボロだった。
「よお」
兄の低い声が同級二人に届く。
「お、なんだ?随分ボロボロじゃん」
鶴尾が言った。それを鼻で笑いながら
「てめぇに言われたくねぇよ」
そう言い返した。
(なんでボロボロなのさ・・・また、巻き添え食わしたかな)
「なんでさぁ」
自然と涙目になって、そのまま泣いた気がする。
「なんでさ、私のせいなのに・・・」
うつ向くしかなかった。犠牲なんて自分だけで十分だったのに・・・
「俺は・・・気に入らなかっただけだし」
帝斗は頭をかきながら言った。
「俺と都川は博刻の手伝い要員」
「気まぐれってやつさ」
にかっと笑う二人。とうの博刻は足を組んで両腕を背もたれにひっかける形で空を見ていた。言わなくても自然と分かる。自分が兄として妹を守るただそれだけなんだから。自分の力なさが祟った。
あぁ、気がつかない自分が悪かったんだ。
(こんなに回りに守られてたのに・・・)
自分がむなしく、脇目も振らずに大泣きしたことは覚えてる。それからどうしたか、わからない。
ただ手をお兄ちゃんに引かれながら帰った事は覚えてる。
「ん~やっぱおいしいよな~このお菓子~」
またお菓子を食べ始める月見先生。
俺は観戦しきった自分に聞いた。
(このままでいいのか!?)
勿論、答えが帰ってくるわけじゃなかった。