翡翠の魔女3
「…来た。」
陽光が真っ先に反応し、直ぐに他の魔女達も気づく。
俺だけ気づかなかったわけだけど。
「修司君。私が彼女達を戦わせた理由がこれだよ。彼女の眠っていた主人格を叩き起こすためさ。」
「そう、君が知っている『神城有紀』は転生先の人格。そして今目覚めたのが元々の人格。本来なら転生先で死んでから二つの人格を時間かけて一つに戻る。今回は召喚により戻ってきてしまったせいで、二つの人格が同居している状態。」
陽光は興奮している。いや、俺から見たら分からないんだけど、エミリーが言うならそうなんだろう。
まあ無理もない。転生してる最中に召喚で呼び戻されるなんて史上初めてらしいしね。
来た、というのは有紀の主人格が目覚めたということではあるんだけど…。
「めっちゃ転げまわってない?」
その皆の期待の対象である龍眼の魔女は顔を抑えてゴロゴロと転げまわってた。
「…痛いんだろうね、顔に岩ぶつけられて潰れてたし。」
魔女は負った怪我も自然に回復するわけだが、その過程で痛みが蘇ってきちゃったらしい。
主人格とやらの初登場シーン、台無しじゃない?
「し、死ぬかと思った。」
やっと有紀?が立ち上がる。
潰された顔も戻っていたし、見た目は有紀そのものだった。
俺の知らない有紀の元の姿か…。
「あら?先輩、勝ち目がないのに目覚めたんだ?…って…」
翡翠の魔女は有紀を見て即違うことに気づいたみたいだ。
「悲しいな、翡翠。私に対する敬意はどこいっちゃったんだい?」
吹き飛んだときに手放した龍牙穿空を拾いに行く。その動きの中で有紀のときとの違いを早速発見した。
有紀はどこか露出のある衣装に対する羞恥心があったけど、この主人格は「何かおかしなことでも?」と言いたげなぐらい堂々としてる。
お陰で歩くたびに揺れてるのが見えてちょっと興奮する。
クラスにもしグラビアアイドルが居たら…わかるよな?
「せ…先輩、じゃあさっきのは?」
「さっきのも私だよ。いやあ、強くなったね翡翠。」
「ひっ」
主人格…有紀とは区別する目的で龍眼の魔女と言っておこう。
この龍眼の魔女の口元は笑顔だけど、眼が笑ってない。っていうか怒ってる?
「なるほどね、新式魔術…。でもね、翡翠。」
龍牙穿空の先端を翡翠に向けるように構える。
「これは、私も出来る。」
「うっ!」
瞬間、爆風が巻き起こる。翡翠の魔女はその爆風を逸らすように横薙ぎの爆風を起こす。
ゴゴン!と二つの風がぶつかり合い重い音が響く。
そういや、最初は確かに構えてた…。その後から構えたりしなくなったんだよな。
「さて、翡翠。勝ったら『龍眼』の名を引き継ぎたい…だっけ?それは良いよ。」
「…え!?」
「いやいや、勝てなくてもキミ自身がその綽名を継ぐだけの強さがあると自信を持って言えるのであれば、私はこの綽名を捨てても構わない。」
「は、はい?でもそれって…」
「でも!でもね、翡翠。勝利したら修司をどうこうするって言うのだけは許されないことだよ。」
龍眼のプレッシャーが更に上がる。
怒りの感情、有紀だって怒ることはあったけど、プレッシャーは無かった。
無かった、というかそこまでガチギレすることは無かったというべきか。
「はわわわ…、せ、先輩…。しゅみましぇん…!」
翡翠の魔女は先ほどまでの勢いから一瞬で謝罪モードに入ってる。対面してるからこそ俺以上にプレッシャーを感じてるだろうし、ビビるよな。
っと、プレッシャーが緩む。
「いや、私も大人げなかったね。勝利…要は私が勝利すれば良いだけの話だし、ここはちゃんと勝負する?」
「い…いえ…結構で…」
翡翠がギブアップを宣言しようとしているときに、エミリーが更に口を挟む。
「いやいや、翡翠の魔女。キミが勝負を仕掛けたのにキミが今の龍眼と戦う前にギブアップは良くないよ。」
「ヒエ!?」
「勝ち目がない、と思ってるだろう?良いじゃないか。キミが敬意を持っていた先輩の力、また味わってみるべきチャンスじゃないか。」
エミリーが戦闘継続を強要する。龍眼の魔女はそこに少し柔らかい口調で話をする。
「ねえ、翡翠。私は修司のことを抜きにすれば、翡翠が人間と交わって私とは違う新しい道を進んでいることを喜んでいるよ。だから、私は自分の全力を出すのに相応しい相手として捉えてるのだけども。」
「…先輩…。私に全力だしてくれるんですか?」
コクリと頷く龍眼。ニッコリ笑ってる…
でも俺にはわかるぞ、有紀もたまにそういう面あったからね。口元だけは笑ってるけど眼は笑ってるようにみえて微妙に笑ってない。
それはつまり「本心で言ってるわけじゃない」という意味だ。言い換えれば…あの龍眼は翡翠をボコボコにするために戦いを促してるわけだ。
「分かりました!先輩!私の全力、受けてください!」
「…ああ、分かってるよ。」
上手く翡翠をハメて戦闘継続となる。
「っくう…」
先ほどまでとは違い、翡翠の魔女が今度は押されていた。
といってもやっぱり2人とも立ってるだけなんだけども。魔力が感知できるお陰で先ほどのやり取りと同じ応酬が繰り広げられてるのは何となく理解してる…つもりだ。
龍眼の魔女は涼しそうな顔しており、まだまだ余裕があるのだろう。
数十秒に一発は翡翠の周りに爆風が巻き起こるから、処理量の差で龍眼の魔女が押してる状況なんだろうと思う。
「新式魔術の欠点なんだけども。」
魔術戦を広げながらも龍眼の魔女が話し出す。
「これは人間が開発した魔術だから、初級魔術までしか対応していない点がデメリットの1つ。中級以上は発動地点を省略したところで構築時間に大きな差はないからね。」
ゴン!とまた爆風が起こり翡翠の魔女が慌てて避ける。
「それともう1つ。処理力が拮抗しているときなら有効でも、私と翡翠…本来の性能差を考えたらこの程度の短縮には何も意味はない。分かるよね?」
「くあ!」
回避先で今度はヘヴィを食らい、翡翠の魔女が地面にめり込む。
ビキビキと地が音を立てて3メートルほど沈む。
「では、次は新式魔術を利用した戦闘法をレクチャーしてあげる。さあ起きて、翡翠。」
ニヤ…とサディスティックな笑顔を見せる龍眼の魔女。
有紀の風貌でこれはヤバイ。新鮮だしドキっとするけど、有紀はそういうSっ気ないからイメージがね。