月のダンジョン4
あれから盾を持てなくなったナイトは何の問題も無く倒せた。
次のフロアではナイトが居ない代わりにウォーリア3、アーチャー2の編成だった。
さっきの戦闘ではナイトが厄介で逆にウォーリアはチョロかったのだが、これが複数になると「攻撃は最大の防御」の如く攻めてくる。ついでにアーチャーが時々狙ってくるのでこちらは回避重視の動きと共に、回避時に一発でもウォーリアへ攻撃し、ダメージを与えていくという方法で倒す。
アーチャーは俺よりは有紀を重点的に狙ってくる。キャスタータイプを優先して狙う思考なのかな?・・・有紀がキャスターなのかしらんけど。
有紀に足止めさせたアーチャーはウォーリアを倒してから対面してみるが、なんてことはない。接近型2種類に比べると接近戦では脅威ではなかった。
流石に1人で5体相手にするのは無理だが、こうやってアーチャーだけ別にしておいて貰えれば基本的に1対2~3なら何とかなる。・・・有紀の魔術で援護してもらうけども。
休憩を挟みつつ、俺達はゴースト達を倒しながら最後のフロアへ到達する。
このフロアだけは扉があったので、それを開ける中に入る。
「これは・・・」
エミリーの言ってた特殊の魔力・・・なのかな?薄暗い空間に無数の青白い小さな粒子に不規則に飛んでいる。
魔力というのは本来は特殊な能力なしに「見る」というのは出来ない。(感知は出来るけどね。)
だから最初は蛍かなにかだと思っていたが、有紀は「確かにこれは魔力だ」と驚いていたのでまあ、やっぱり特殊なやつなんだろうね。
このフラフラして交わろうとしないコミュ症魔力の粒子ちゃんは、一つだけ面白い動作をした。
「ほら修司、ここ・・・。」
有紀が丁度部屋の中心にある岩・・・岩のテーブルにも見えるけど、そこまで行って何かを発見したようだ。
俺も駆けつけると、岩の上部は青白くうっすらと光っている。この青白い粒子はこの岩から出てるようだな。
「とりあえず、ここに剣置いてみるか・・・。」
コト・・・と剣を置く。ついでにバックラーも。
すると空中を自由に漂っていた粒子が時々剣や盾に吸い寄せられるように動き、吸収される。
1粒・・・2粒・・・3粒・・・て、ゆっくり過ぎない!?
「まあまあ、修司。ノンビリ過ごそう。この空間綺麗だと思わない?」
「む・・・まあ確かに綺麗だけどね。」
本当に蛍みたいだよなあ。
剣や盾に魔力の粒子が吸収されなくなれば完成だが、まだ先は流そうだ。
ここはモンスターも出てこないし、俺と有紀は壁に背を預けて床に座る。
「蛍・・・修司、覚えてる?キャンプに行ったときにさ、修司がボクに『蛍が居た!』って夜中に連れ出したでしょう?」
「ああ!覚えてるよ。丁度、こんな景色だったよな。」
キャンプ場で俺が野ションしに行ったら蛍が飛んでたのを発見して、有紀を引っ張り出したことがある。
俺が見かけたのは1匹だったが、その蛍を2人で追いかけたらまさに今の光景のように沢山の蛍が飛んでいる場所にたどり着いたことがある。
あれは感動したな・・・俺絶対口あけてぽかーんとしてたわ。
「凄く綺麗だったよね・・・。まあ、帰り道分からなくて泣いてたけどね、ボクら。」
有紀良く覚えてるな・・・俺も覚えてるけども。結構ぐるっと歩いて戻るための経路を忘れてしまい、不安に押しつぶされそうになったんだよな・・・。結局俺達が寝泊りするテントから直線距離でわずか50メートルだったから、直ぐにお互いの両親が見つけてくれた。
今にして思えば、もっと冷静に周囲を見れば俺達の両親が灯しているランタンに気づけたし、耳を澄ませば談笑も聞こえてたかもしれない。だが、当時・・・確か小学校2年生ぐらいだっけ?そのときの俺達にはそんな余裕がなかったんだ。
「あの時よりは、俺は結構周り見るようになってる・・・はず。」
「今の修司ならきっと何か迷うことがあっても、切り開いていけるよ。」
やったぜ、褒められた!
「でも」と有紀は続ける。
「ボクは・・・ダメだね。ボクはずっと迷ってばかりだよ・・・」
後半は語気が弱かった。
「どうした・・・?」
「ボクはね修司、迷子なんだよ。」
迷子・・・俺は人と話すは好きじゃない。けど、話から出てくる情報と俺が持ってる情報・・・この二つが関連を持つんじゃないか?と推測するのは好きだった。
だから、分かってしまった。
「俺達の世界に戻るのか・・・戻れるのか・・・。そのことだろう?」
俺の質問に有紀は頷く。
「ボク、戻りたいよ。ここじゃなくて、向こうに戻りたい。けど、出来るのか分からないから・・・!どうしたらいいのかって。」
俺、正直有紀のほう見れないでいる。何か声震えてるし。
エミリーの力を借りればまた俺の世界に戻ることは出来る・・・でもそれは、魂の転移だ。前回と同じく月日をかけて新しい体に転生する。
勿論それでは意味が無い。有紀が望んでいるのはそういうことではない。
俺が戻るときには、有紀も一緒にというのは俺の希望だ。そして有紀もそう思ってたんだな。
生まれてからずっと一緒だったから、俺のほうこそ有紀とは離れたくない。いや、これは彼女が女だからじゃない。仮に前の男だった有紀に戻るとしても大歓迎だ。
「俺にとって。」
あ、口に出してしまった。有紀もびくっと肩を動かす。
「俺にとって、有紀は生まれたときから一緒だったからさ、今更有紀が居ない生活とか考えられないぞ?」
俺は人と交わるのは好きじゃない。けど、一人が好きなんじゃない。有紀が居なかったら、俺は新しく親友を作れるのか?
そりゃ、友達なら作れる。学校にもオタク仲間は居るわけだから、アニメや漫画の話が出来るやつはいる。
けど心を完全に許せるような仲っていうのは俺はこの先作れないと思う。
友達のことは勿論信じられる・・・信じてるつもりだけど、心に壁を作ってると感じてる自分が居る。いつからかわからないけど「俺の心はここから踏み込むなよ」というラインを作ってしまってるわけだ。
有紀は俺がそんな風にラインを引く前からの仲だから、心の壁の内側に居る人間だ。
よし、俺は俺の気持ちを伝えることにする。
別に恋愛的なものではないけども、シリアスな場面で素直に気持ちを伝えるのは苦手だな。
でも有紀が迷ってるなら、俺はちゃんと自分の方向を伝えてやらなきゃ行けない。
あのキャンプの日には出来なかったことだ。
「有紀、俺はお前と一緒に戻りたい。有紀が戻れないなら、俺もこの世界に残るよ。」
「ダメだよ!それは・・・ちゃんと戻らないと、オジさんもオバさんも心配するよ。」
「それは分かってるさ。その上で『有紀と過ごす』事を俺は優先したい。・・・あ!惚れた?」
「・・・最後の一言がなければ、ボクが女だったら惚れてたわ。」
いや、女だろ・・・。
「でも、正直な気持ちだよ。有紀のためとかじゃなくて、俺自身のためにも俺はお前が一緒に居る世界に居たいな。」
「修司・・・。」
有紀は顔を伏せる。感動でもしてるのか?と思ったら、違った。
「それさ、ボクが向こう戻るとき男になっても同じこと言えるの?」
「あ?ああ、言うよ!」
「そう・・・。また女子達の噂になってしまいそうな発言ばかりだね、修司は。」
「別に・・・他人の評価なんてどうでもいいわ!それに別に俺はそういう意味で言ってる訳じゃないし!お互い家庭もってもジーちゃんになっても続く付き合いをしていこうぜって意味なんだけど。」
「ふふ・・・、分かってるよ修司。」
有紀は顔を上げたときにはいつものニッコリ笑顔の有紀だ。
「まあ、修司の気持ち知れて良かったよ。いざ帰るかどうか選択するときが来たら、その修司の気持ちに甘えさせてもらうよ。」
「おう!・・・と、終わったようだな。」
俺は急に恥ずかしくなって、ごまかす。
まあ実際魔力の粒子が剣にも盾にも入ろうと挙動しなくなったわけだから、本当に終了しているんだけどね。
「ありがとう」と小声で有紀がつぶやくのが聞こえた。
めちゃくちゃ胸の辺りがキュンって来ちゃうんだけど、聞いてない振りして我慢しておこう。