夢の中の話
<神城有紀の視点>
8層で生活を始めた日の夜、本当に前触れも無くボクは夢を見た。
場所は転移する前にボクと修司がいた教室。外見は今のままだけど、ボクは男子のガクランを着てた。
胸ちょっと苦しい…気がする。夢だから苦しいわけないはず。
(ここは、夢なのは分かるけど、こうやって意識しっかりしてると逆にどうやって目覚めれば良いか?というのが分からなくてしんどい…)
とりあえず、ボクの席に着く。
「か」と「さ」…修司とボクは名前が近いけど、席は3つ離れてる。
間に座るのが工藤君、佐藤君か…彼らもどうしてるんだろう。
修司を冒険者としてクラスメイトについていけるぐらいに成長させつつ、王都までの旅費を稼ぐとなると簡単な話ではない。
女神の加護を受けている彼らは中級ダンジョンぐらいなら普通に通ってるはずで、修司はまだまだ彼らに追いついてないことになる。
うーん…いい加減女神の加護を諦めてもらう?ボクが魔女としての加護を授けられれば今よりも多少は強くなるけど…。
悩む。
女神の加護は凄く強い。正直ボクが加護を与えても彼女達の加護が発揮する性能には遠く及ばない。やはり、短絡的に「今追いつくこと」を考えるよりもクラスの皆と合流して、改めて女神の加護を授かるべきだと思うな。
しかし、この夢、どうしたら覚めるか…、ちょっとふらふらしてみようかな?
と考えたときに、教室のドアが開く。
その姿を見てボクは心臓が止まるかと思った。
ボクが魔女の姿になったときにそっくり、というか同じだ。
ボクが黒髪、彼女は白髪でそのくらいの差かな。
「いや、制服が女子のってズルくない?」
つい口に出てしまった。
「え?そう?でも貴女は自分がセーラー服着ているところイメージしたことが無いからガクランなんでしょう?私は貴女の記憶からちゃんとセーラー服を着ている自分を想像したよ?」
ニコって感じで笑う。なるほど…可愛いじゃんボク。
目の前に居たのは紛れもなく自分だけど、ボクであってボクじゃない…要するに…
「昔のボクかな?」
「その通り。正確には修司の世界に転生する前の私ね。」
ボクにはこっちに戻ってくる前の記憶が結構欠落している。
だから時々思ってたんだ、龍眼の魔女と神城有紀は本当の意味では同一ではないんだと。
「ええっと、つまり…ボクは消えるハメになるのかな?」
本来の人格がここに出てきたんだから、そういうことなんだろう…。ただ、まだ消えたくはないなという気持ちは強い。
いや、消えるという言い方は違うか。ボクだけどボクじゃないというか、難しい。
「いや…違うのよ。出てきたくて出てきたわけじゃなくてね、なんか今日は波長が合わさったのかな…?」
向こうのボクも戸惑ってた。「それに…」と付け加える。
「私達はいずれ一つに戻るでしょう?いつになるかわからないけど…。」
「そうだね。」
「多分お互いに違う人格ならどっちかがベースになると思うけど、その時には貴女の人格をベースにして一つになりたいね。」
「え!?ボクの?」
「そう。まあ、多分あんまり代わらないよ。私達元は一つだもん。例えば…。」
「人見知りなところ?」
「ふふ、そうそう。」
向こうのボク…言いづらいから向こうは魔女にしとこう。ボクもそうなんだけど、切り分けて考えないと。
「それは、どうしてかな?ボクのほうが後からこの体に入り込んだ人格でしょう?」
魔女はコツコツとボクの隣まで歩いて来て、隣の席に座った。
「私はね、この空間凄く居心地良いと思ってるよ。貴女の感じてきたものを再現した空間だけども、わかるかなあ。」
「ボクの感じたものを再現した空間なら、ボクは分からないんじゃないかな?」
「それもそうだね」と魔女が言う。彼女はいつの間にかコーラの缶ジュースを飲んでる。
「この飲み物も、凄く新鮮。」
「コーラだね、確かにこっちには無い飲み物だ。」
「貴女の記憶は楽しい記憶も悲しい記憶も全部含めてどれも鮮やかなんだ。」
「キミのは違うのかな?ボクのほうが下位の人格だから、キミの記憶が見えないんだ。」
「ワザと見せないように私が制御してるよ。…一部だけ見てごらん。」
魔女が黒板を指差すと、黒板に映像が映し出される。でも…。
「灰色だね。」
「うん、貴女の記憶とは違って『こういうことがあった』という記録みたいになっちゃってる。」
しょんぼりとしてる。そうか…だから…。
「だから、次元の魔女に頼んで転生させてもらったんだよ。ひと時の娯楽みたいなものだけど、私は心動く日々をまた過ごしてみたかったからね。」
そっか、ボクは彼女でもあるから。
コミュニケーションは苦手だし、どちらかと言うとあんまり話したくないほうだけど、それでも代わり映えの無い日々を200年過ごしたら多分僕も同じ気持ちになってるかもね。
「もし、一つに戻るならね、貴女をベースにしたいって思ってる。言い換えれば…私は貴女の味方だよ。」
魔女がボクを見る。鏡に映る自分を見てるような気分になるけど、ボクと違って魔女はニッコリ微笑む。
ボクが消える未来はない、ってことでいいのかな…?
「ありがとう、もう一人のボク。」
「そのかわり!」
ジーンとしてたら急に強い口調になってびっくりした。
「いいかい?貴女は自分の気持ちをもっとちゃんと把握したほうが良い。貴女が修司に抱えてる感情はもうただの友情じゃないよ。」
「な!?」
さっきとは違う意味でびっくりした…。いや、なんで修司の名前出るの?ここで。
「うーん、まあ気づいないか。私も何百年そういう対象も居ないで過ごしたせいかもしれないけど…。兎に角!貴女は後悔しないように動くんだ。きっと貴女の人生を鮮やかにしてくれたのは彼だよ。そして、これからもね。」
「…うん。修司が居なかったらボクは多分学校で誰かと触れ合うことなく過ごしてたかもしれないね。」
「それどころか一生友達できないで独身で生涯終えてたよ。」
魔女自身が言うから妙に「そうだろうな」とう気がする。
修司が居てくれて良かったよ。
「良い親友だと思ってるし、最後まで守ってあげなきゃね。」
「…親友ね、彼のことは手放しちゃダメだよ。」
「うん。」
「さて、今日はこの辺りでお別れかな。まだまだ私達が一つになるのは時間かかると思うけど、またこうやって話を出来るといいな。やっぱり自分自身だから話しやすいね。」
「ふふ、そうだね。ボクも最初から人見知りせず話せたし、楽しかったよ。」
ボクらはぎゅっと抱きしめあう。
教室の形は崩れ、周囲が光に包まれ…やがて、ボクらも…。