魔法を覚える
風呂は毎日入れなくても清潔を維持させる魔術を使えば良いだけなので、ニオイは気にならない。
ただ精神的に落ち着かないので入れるときに入るに限る。
お陰でサッパリできたな、って男湯出たところで女湯から有紀が出てきた。
「お、丁度一緒に出たなー。」
今の俺は凄く穏やかだ。いや、普段から穏やかだけどね。
「うん、やっぱ日本人はお風呂だよ、お風呂。」
有紀も上機嫌だ。今のお前は日本人か!?って無粋なツッコミはしない。
それはそれは兎も角、有紀に魔法のことを相談だ。
近くのカフェ、ここも閑散としているので俺達にとっては過ごしやすい。そういう時間なんだろうけどね。
日当たりの良いペア席に陣取りアイスティを飲む。
「これは、向こうにある茶畑で摘んだものなのかな?紅茶懐かしいね。」
「味も同じだぞ。シロップもあるから何の違和感もないな。」
なんとなく、コレは俺のイメージのせいかも知れないけど、ファンタジーで紅茶ってなるとあんまり可笑しいとは感じない。逆に抹茶出たら違和感があるかも。
中世ヨーロッパイメージのファンタジーモノが定着しちゃってるせいかもしれない。
まあ、食レポ?はいいとして。
「有紀、俺は魔法を覚えたいと思うんだけど、やっぱり難しいかな?」
「魔法か・・・。前も言った通り、ボクは魔法を使えないから教えるとなると他の人じゃないとだよ?」
魔女は魔法を使用できない。だから魔術をメインにしてたのだけど、つい先日魔法使ってる人がいたよね。
「ああ、あのオジさんか。確かに魔法タイプのハードスキンだったね。」
有紀は「うーん」と考え始める。
「あ、そもそもさ。魔法と魔術で同じのを覚えてたら何か問題あったりする?」
「ん?んー・・・別にないと思う。聞いたことはないかな。」
よし、それなら俺としては魔術だけじゃなくて魔法も使いたいな。
防御系や支援系っていうと他人に使うことはまず無いものだからな、俺の場合。
ちなみにオジさんは直ぐに見つかった。
普通にクラン『ガマー・ガード』から出てくるところを窓から発見しただけだけど。
「よし、行ってみよう!」
俺はアイスティを飲み干して向かった。
運転手のオジさん、名前はミランさん。
今までずっと名前知らなくてごめん・・・ごめんよ。
「ははは、私も名乗ってませんでしたね、そういえば。ルカさんとレイヤさんも同じクランですから、任務上クランとの関わりが分からないように振舞っていたので。」
クランを出て直ぐのベンチに俺達は座っている。
同じ村で同じクランなら正体バレバレじゃないの?って思ったけど、ルカさんたちがクランに入る頃にはバス運転をメインとして仕事をしていたらしい。クランでの関わりがなければ世代差がある人のことをいちいち覚えたりはしないしね。
お姉さんのほうはクランには所属していないんだとか。正確には所属していたけど運転手になったときに脱退しているため、完全にルカさん達との接点はなかったわけだ。
「それで、修司さんは魔法を覚えたいってことですね。」
「はい、魔術として習得しているハードスキンなんですが。」
「ふむ・・・魔術が使えるのか。なら、魔法の習得は簡単だよ。」
ふぁ!?まじっすか!?
俺だけじゃなくて有紀も「ふぁ!?」って驚いてる。いや、お前は知っとけよ。
「というか、魔術を使うほうが難易度高いと思うんだけど。」
え?有紀、どういうこと!?って思ったらまた有紀が驚いた顔してる。
「さっきからなんで有紀が驚いてんだよ・・・。」
「い、いやだって。魔法使えないし、ボク。魔術のほうが難しいなんて言われても気づかないでしょ。」
有紀が反論するのも分かるけど、俺と同じ反応するとは思わなかったぞ。
「ほう、有紀さんは魔術使うけど魔法は使えないと。そういえば昨晩の戦闘は見事でしたね。あそこまで高速で魔術を構築してなお涼しい顔してましたからね。」
昨日の戦闘ガッツリ見られてたね。
「うっ・・・」と有紀が呻く。まあこれ以上隠しても仕方ない。
俺達の素性を明かす。
ミランさんは驚きは顔に出るけど直ぐに情報を整理してるのか、めっちゃびっくりするっていうのはなかった。やっぱ大人だな。
「なるほどね。状況は理解したよ。そうだね、一つ・・・有紀さんにお願いがあるんだけど良いかな?」
「うん、なんだろう・・・?」
「私としては魔法を修司さんに教えるのは全く構わない。先ほども言ったけど、魔術を覚えてたなら魔法の習得は簡単だから、そんなに手間は掛からないからね。頼みというのは『ガマー・ガード』にちょっと調子に乗ってるヤツが居てね。そいつの鼻を折って欲しいんだ。」
「・・・え?」
いきなり有紀に討伐?依頼が来たぞ。これ断ったら俺は魔法を習得できないわけだ。
出来れば受けて欲しいけどなー、って思いながらチラっとみたら、有紀もこっちをチラ見してて目があっちゃった。でも俺は今回は目を逸らさない。
「うー・・・」
折れないのを見て有紀が更に悩む・・・が・・・
「分かりました、引き受けるから、修司のことお願いしたい。」
有紀が折れた。
結論から言うとめっちゃ簡単だった。
魔術の構築は数式のようなものだけど、魔法はそれを体の中の魔力の巡らせ方で代用してるだけだった。
「すっげえ簡単に理解しました。」
「そうだろう?元々魔法は魔術を祖としていてね。でも魔術はその複雑さから実用レベルで使える人が居なかったんだよ。魔法はその複雑さの中で『これは不要』というのを取り除いて単純化させた術式を更に頭で構築させる必要がないスタイルに変換させたものだからね。『より多くの人がより実戦で使える』ように開発されたのが魔法なんだよ。」
ミランさんが教えてくれる。
戦いながら魔力を巡らせ発動させる、という感じらしい。これなら動きや作戦により思考を割けるとか。
そんなメリットがあったのか。有紀も初耳だったみたいだけど。
続いてアヴォイドについても習得した。
「でも修司君、君の場合は魔法や魔術のキャスター系スキルよりもアーツ系も使えたほうが良いんじゃないか?」
ん?なんか・・・新しい単語出たぞ・・・。
有紀、どういうこと!?って振り向いたら露骨に目を逸らしやがった。
「まあまあ、修司君。有紀さんを責めたらダメだ。魔女は魔術で全てカバーできるから魔法を使えるようになる必要も無いし、アーツも使える必要もないからね。」
「そ、そうだよ修司。決してアーツの存在を忘れてた訳じゃないんだよ。」
まあ忘れてたってことだな。いいけどね、でも説明は欲しいな!
「アーツは、武器や徒手空拳を利用した技だ。キャスター系・・・っていうと分かりづらいか・・・魔法や魔術よりも威力はないが、キャスター系スキル特有の構築時間が不要というメリットがある。そうだなルカさんが猛攻を仕掛けていたとき、彼はアーツを利用していたよ。」
「え?そうなんですか?」
「ああ、ルカさんが使用していたのはソード系アーツ『パワースラッシュ』だな。通常の斬撃よりも威力が高くて、しかも彼は二刀流だったから右をガードしても左で、左をガードしても右でパワースラッシュを続けざまに打ち込んできて威力を逃すのが精一杯だった。」
「その技というのは俺も覚えられるんですか?」
「十分覚えられるよ。アーツは魔力を魔法とは違う方法で使うけど、基本的には魔法みたいなもんさ。」
ミランさんの説明によると、アーツは魔力を武器にこめて発動させる即時発動するタイプのスキルだそうだ。ただこの「武器に込める」作業を魔女がやると魔力過多で武器が壊れるようで、だから有紀は魔術以外の細かい知識が欠けてるのか。
でも、サーベルの特殊能力の斬撃飛ばしはこの技を代用するためのものかもしれないな。有紀は忘れてたみたいだけど、恐らく過去にはアーツに代替するものを模索してたのかもしれない。