触媒
「ごめん、すっかり忘れてたことなんだけどね。」
有紀がいきなり謝ってくる。
俺達はまだベンチでボーっとしてた。老人になったらこうやって過ごしたいものだ。
「ん?どうした?」
「えっとね、前に『触媒あげるからね。』って言ったでしょ?あれから渡すの忘れてたよ。」
ああ!そうだった。俺も忘れてた。
何もない空間に有紀が掌を上に向けると、そこに紐が一つ現れた。
「これ、ボクの自作で申し訳ないけど、これをあげるね。」
俺の左手首に装着する。あ、これミサンガみたいだな。
赤、黄色、白の3色を寄り合わせてV字型の模様になるように作ってある。
「なんだっけ?願いが叶うとか、そういう話あったよな、ミサンガって。」
「そうだね。ただこれはあくまでも触媒だからそんな効果はないよ。」
腕につけてくれるだけなのにちょっとドキっとする。
「修司に渡した触媒は『魔力の消費を抑える』効果が付与されているよ。」
「有紀のは『威力アップ』だっけか。」
「そう、ボクは魔女の中では構築は早くて出力が足りないタイプだから・・・。」
魔力が無限にあってもその全てを火力に回せるわけじゃないらしい。一度の魔術に対して使用できる魔力量の上限があるとか。
「例えばブラストは多用してるけど、ボクは触媒も使って全力で打ち込んでも5層のフロア1個分に爆風を巻き起こすのが限界なんだよ。でも出力が高い人はその何倍もの威力を出せるわけ。」
「あのフロア1個分ってだけでもすごいけどもっと上いるんだ・・・。」
「ちなみにね、魔力を通すことで筋力を上げる特殊能力入れておいたからね。」
「え?どういうこと?」
特殊能力とか初耳なんだけど!
「ええと、触媒の効果は材料で決まるけど、作り手の願いに応じた特殊な力を付与することが出来るんだよ。だから触媒って言っても本来なら『魔道具』と言うべきかもしれないね。」
要するに俺が貰ったミサンガは
①常時:魔力の消費を抑える
②随時:魔力を消費して筋力を上げる(カードで調べたら+10%ぐらい変化するようだ)
という二つの力があるわけだ。
腕力を上げると言ってもすごく上がるわけじゃないから、攻撃力アップやガードがしやすくなるという感じかな?ただ筋力が上がればそれに伴って上昇していくようなので、最終的には結構な上昇量になるような気がする。
ちなみに、有紀の持つサーベルも同じように付与された効果があって
①常時:魔術火力を上げる
②随時:魔力をまとった斬撃を飛ばせる
「え?斬撃飛ばせるってどういう・・・?」
「そのままの意味だよ、遠距離攻撃できるって話ね。もちろん距離によって威力減るけども。・・・ああ、先に言っておくけどエフェクトはないからね?」
「聞こうと思ったら先に言われた・・・、でも遠距離ってならブラストとか魔術で良いんじゃないの?あるでしょ?スパンって切り裂くような魔術。」
「あるし、ボクも普通に使えるけども。でも魔法にせよ魔術にせよ即発動ではなくて、どれだけ短い時間でもそこには溜めがあるわけで、そこを狙われて妨害されると発動しないよね?でもこのサーベルで飛ぶ斬撃は即発動だから、魔術が使えない環境で重宝するよ。」
「そっか、確かにゲームでも0.1秒と0秒じゃ次元が違うよな。0.1秒の間に敵に攻撃されてキャスターが魔法を使えないなんてことは良くあったし。」
その辺はファンタジーモノのゲームと同じなんだな。色々ごっちゃになってる世界って考えればいいか。
「このミサンガ、名前つけてたりする?」
「ボクはそういうの得意じゃなくてね。ボクだけじゃないだろうけど、ここは皆モンスターやら魔術やらに名前をつける習慣があんまりないんだよ。どうだろう?修司名づけてみたら?」
魔術名からしてここの世界の名づけ方は「すごく普通」だと思ったんだよね。
でも確かにいざ名づけようとすると・・・うーん、悩むな・・・。
「そうだなあ・・・『始まりのミサンガ』とかでいいかもな。俺はここから冒険者を始めたわけだから、それを記念する、という意味で。」
「うん、良いと思う。今後も頑張って欲しいな、修司。ボクは冒険者としての成長を願って編んだからね。」
「ありがとう、有紀。大事にするよ。でもこれ、触媒としての性能は長期戦向けだな。普段は腕力アップのほうをメインに利用しそうだ。」
「フフフ、ボクもそう考えて作ったのさ。」
ドヤァって顔してるぞ、有紀。でも、作ったというのはすごいな・・・。
「そりゃイチから作ったわけじゃないよ。刺繍糸自体は村で売ってるものを使ってるしね。買ってきた糸に砕いた『初見殺し』の魔石を組み込んで編んで作っただけだね。」
うーん、俺には無理だな、魔石を組み込むっていうのが謎だったけど、どうやら魔石を溶かすアイテムがあるらしくそれを用いたんだそうだ。
魔石を溶かすというのはこの世界では杖への装飾によく利用される技術なので、武器屋でやってもらえるんだとか。アルカ村は5層産魔石を使用した杖も扱っているので魔法使いや神官には初心者ながらも2~3ランク上の装備をゲットすることが出来る。ここからスタートする初心者にはありがたい話だ。
「さて、修司、そろそろバスのほうに行こうか。」
※現在のステータス
佐野修司
ランク:2
ステータス
筋力:45(特殊能力中の測定は50)
敏捷:35
体力:35
魔力:45