ジャンの故郷
無事に山頂に着く。
「この辺りはモンスターは出没しないから野宿には向いてるんだ。クソ寒いけどな!」
森を抜ると草原、そしてそこを抜けると岩肌が露出し、少し草が生えている程度の山頂に到着した。
ここにはモンスターが食料とするものが何も無いから出没しないらしく安全なんだとか。
そんな訳で、思わぬトラブルで野外で夜を過ごす場合はアトス山を探索する冒険者は山頂を目指す。
とは言え元々この辺のエリアは冒険者があんまり来ない場所だから、今も俺達以外誰も居ないんだけどね。
「安全そうですね。…めちゃくちゃ寒いけど」
俺もそう答える。寒さだけはもうどうにもならないから着込むしかないんだよな。
早速火を起こし、暖を取ると、ジワジワと温まってくるのを感じる。
「あ、設置しなきゃ」
有紀が思い出したように席を立つ。
あ、そうだった。俺達がここに来たのはそもそも龍牙穿空の手入れというか強化というか、その為に来たんだった。
焚き火を設置した地点から10メートルほどの所に大きな岩が転がっており、しかも上には物を載せられそうな形状をしていたので、俺達はそこまで赴き、有紀が「ここでいいか」と龍牙穿空を設置する。
「うん、ここの空気は確かに天龍山脈に近いかも。モンスターも人もめったに来ないからかな?澄んだ空気だね」
スーっと有紀が息を吸うので俺も真似してみるが…わからん。冷たい空気だなって感じ。
「っと、体冷やすと良くないから焚き火に戻ろう」
有紀が俺に声をかけ、共にジャン達の所に戻る。
「今日は野草とシカ肉のベーコンを使ったスープを作りますよ!」
と、ニーカは腕をまくり料理に取り掛かる。てか、腕まくって寒くないのかな。
「有紀さん、水出せます?」
「うん、出せるから、水場探さなくて大丈夫だよ」
有紀もそれに答える。
スープを作るとなると確かに水が必要だけども、確かこの辺りだと20分程行けば沢があったはず。
ただ有紀が魔術で水を生成できるので態々水を汲みに行く必要は無い訳だ。
「了解です!そしたら、簡単に洗ったりしたいかも…」
「ああ、それならボクはニーカの料理手伝おうかな」
「ありがとうございます!」
こうしてニーカと有紀は焚き火から少し離れて炊事準備を始めたのだった。
「いやあ、ニーカもあんな生き生きとしてるのは久々だな」
「そうなんですか?俺はそういや普段のニーカは知らないな」
「そりゃそうだ。んー…普段も元気良く明るく人と接するけど、本心からの笑顔では無いと俺やティーナは感じていたからな…。今のニーカは自然な笑顔だろう?恐らくマスターのランベールもニーカの為に同行を指示したんじゃねえかな?」
「まあ確かに、無償で俺達がここまで世話になっても、クランには利益ないですもんね」
「そうなんだよな。だが、娘の成長を考えれば同年代…正しくは違うだろうけど、まあ同じくらいの女の子とやり取りさせてやりたいって思ったんだろうな」
「なるほど。いいマスターですね」
「そうだな!」
「…しかしニーカも普通に冒険者として活躍しそうですね。戦闘もですが、採集も適切だし…」
「まあな。もし俺の国のいざこざが無くなれば、もう少し広く活動できるようになるだろうし、その時にはニーカも冒険者として世界を見て回るのも良いだろうな」
うーん、でも同郷の人に恨まれてるとニーカは言ってたけど、そんなに恨むもんなのかな。
「…ジャンさんの国…何があったんです?」
「ん?うーん…」
ジャンは腕を組み考える。俺に言うか言うべきでないか…って感じか…。
「まあ、お前らなら変に拡散するような事はないか。内緒にしろって訳じゃないぞ?単に俺達の所在は内緒にして欲しいだけなんだ」
「ああ、分かりました」
「故郷の名はコルベール伯国と言う。コルベール伯国ってのは、アラシャク王が与えた爵位に基づいて名づけられた国名という事になる」
コルベール伯爵が治める国って事になるのかな、この場合は。
「まあ結論から言うと、ティーナの家系がコルベール家で、統治している一族なんだ」
「ええ!?」
「まあ、ランベールぐらいにしか俺達の素性伝えてないんだけどな。…ああいや、クランメンバーが信用できないって意味じゃなくて、訳ありの集まりだから素性なんてどうでも良さそうだったから伝えてないだけだぞ」
「ああそれは分かる…」
「そうか。まあとにかくさ、国を治める側の人間が…国を捨てて逃げてきたらそりゃ恨まれるだろう?」
「うーん、そんなもんだろうか」
指導者が亡命する事もあるし、それでも国民に慕われている者も居る。
そもそも俺が居た日本という国は民主制だったからイメージしづらいってのもある。
「というか、修司。お前が知りたいのは俺達の素性じゃなくて、コルベールの国がどういう状態なのか、って部分か?」
「ニーカが冒険者になれない理由も気になってましたけどね」
だけどそれは解決した。統治者一族が国を捨て逃げた事に対する非難や恨みからのトラブルを避けるためだろう。
ジャンは冒険者として続けているけど、ギルドとは殆ど関わらないし、ティーナは冒険者を引退しているわけだ。
まあティーナもジャンもまだ批判されるのは良いんだろうけど、ニーカを冒険者にさせないのは娘に非難
の対象にならないようにするためか。
「ただニーカを冒険者として他者との関わりを持たせたくない理由はそれだけじゃあないんだ。俺は入り婿だから継承権はないから気楽なもんだけど、直系であるティーナやその娘のニーカにも国を統治する権利がまだ…ある」
「はい」
「という事は、あいつらの所在がバレるような活動をしたら、あいつらを担ぎ上げたい連中にも狙われる事になるな」
「ああ、確かに」
ただ非難されるだけじゃなくて、一部の人は彼女達を神輿に担ぎコルベール伯国の再興を…と動き出してしまう。
「あれ?今はどうなってるんです?」
「コルベール伯国事態は存続しているし、ティーナの叔父が統治を行っているな」
「ん?なら良いじゃないですか」
「ティーナの叔父は帝国派なんだ。それに対して昔治めていたティーナの父親は王国派でな…」
「ああ、要するにティーナさんやニーカを利用して王国派を盛り返したい人達によって内乱が起こる可能性もあるわけですね」
「その通り。たんに非難や恨まれるだけなら俺やティーナは覚悟しているんだ。まあニーカを守るために結局こうやって隠遁に近い生活をするんだけどな。」
この辺はニーカには伝えられてないんだろうな…。彼女はあくまでも「恨みを持つ人が居る」という理由で納得したし。
でも、実際には継承権を持っているニーカ達を利用するグループからも逃げる目的で、冒険者に登録せず存在を隠蔽して居るわけだな。