アトス山護衛依頼3
1匹の力は弱いとは言え、防御力を上げるために魔法「ハードスキン」を使用しているにも関わらず、噛み付きで俺にダメージを与える程度には攻撃力が高いリス。
それが10匹…いや、それからまた増えてるから何匹か分からないけど、兎に角大量に居る。
俺が2匹倒す間に別の1匹に齧られ、確実にダメージを負うが、それでも首だけはガードして致命傷は避けるようにしていた。
そして有紀達はライナスの護衛をこなしつつ俺の背後からの強襲は魔術を用いて迎撃してくれていた。
護衛対象のライナスの前後に2人が立ち、有紀はサーベルによる斬撃で排除しつつ俺の援護を、エミリーはライナスの後方で俺達に背中を向ける形で後方からの襲撃を全部抑えてるけど、その様子は見えない(見る余裕ないしね)。
一瞬だけライナスの方見たけど、こいつちょっと嬉しそうな顔してたな。こんな時に。
休憩と言うか一息つく暇もない連続戦闘も開始から数分…か?集中しすぎて時間の流れが分からないがだいぶ経ったんじゃないかと思う。
「くそ…まだ居るな!」
俺は迫るリスを斬る、斬る…そして噛み付かれる。それをずっと繰り返していた。
アーツを使う必要がないほど防御面は弱いので不要な魔力は使ってないが、それでもハードスキン、フォースは維持してるし噛み付きを食らってるとは言え大半はアヴォイドにより回避している。それらの魔力消費が地味に痛い。
「修司、ちょっとこっちに!」
有紀が叫んだのは戦闘から更に、俺の体感では10分以上経過してからだ。
展開したミストに付与している体力吸収の効果で俺の体力は常時回復している。
リスは何せ数が多いので少しずつ体力吸収しても10匹居れば単体を相手するときよりも10倍の体力回復効果が得られるわけで、体力面に関しては問題はない。
食らったダメージもモリモリ回復している。それでも痛いものは痛いんだけどね。
問題は魔力だ。
ただでさえ自分への強化で常時魔力を消費している中でミストを展開して、なおかつブラストやフレイムも使う事があるので俺の魔力はもうだいぶ消耗している状態だった。
有紀はそんな俺の状態を把握して声をかけてくれたわけだ。
「助かる!」
俺は下がるのと同時に有紀が前に出る。
バッグからマジックポーションを取り出し、飲む。
その間は有紀が覚えたての準初級魔術を使用して迎撃する。
有紀は自分と周辺とその前方を対象として何か魔術を使用したんだろう。地面の雪や上に茂っていた木に乗っていた雪が一気に溶ける。
それと同時にリスも次々と動きを鈍らせ、中には倒れる奴も居た。
ヒートウェーブという魔術らしい。
熱波により行動を制限する魔術で、ダメージ自体は非常に小さいが元々中級魔術の中でかなり広い範囲を持つ魔術なので準初級魔術として範囲を抑えてもそれなりの範囲になるし、使いどころは難しい。
ただダメージは小さいとは言え、膨大な熱量を周囲に与え、その状況で動こうとすると熱によるダメージが発生するという仕組みらしい。
リスが熱波による行動制限下で動いたから一気にダメージが発生して倒れてた訳か。
それにここのリスは環境に適応するために寒さに強いが、逆に暑さに弱いようで、熱ダメージは効果覿面だったようだ。
「よし、オッケーだ」
「うん」
俺の魔力が回復した所で有紀と交代する。
先ほどのヒートウェーブで前方は一時的に綺麗に処理終わったが更に茂みから出現するリスの集団。
いったい何匹居るんだよ…。
尚も俺はミストを展開して戦闘を続ける。
「つ…疲れた…」
結局30分近く戦闘をして、やっと群れを倒しきった。
「お疲れ様、修司」
「修司君が殆ど倒してたね」
有紀とエミリーが労ってくれる。
「あの位なら、余裕で倒してもらえないと護衛としては不安ですね。でもお疲れ様です」
ライナスは相変わらず嫌な言い方するよな。普通にイラっとする。
ただ、彼は彼なりに労う気持ちはあったらしい。
「どうぞ」と差し入れてくれたのは筒に入った水だ。いや、飲んでから分かったけどレモン水か。
「ありがとうございます」
俺は逆に礼を言う。飲むと爽やかな風味で疲労感が軽減するような気分になる。
「お2人も、どうぞ」
ライナスが有紀とエミリーにも渡す。というか、最初からそっちに渡すのが狙いか!
ちょっとした休憩を取る間に、ライナスについて考える。
恐らくライナスはコミュニケーション能力が低い。勿論俺が言える話ではない。
有紀やエミリーには結構媚びてる感するけど、これは魔女という希少な存在に対する敬意なのかなと俺は思っていたが恐らく違う。
先ほどの護衛のときに嬉しそうにしてたのを俺は見てる。
つまりあれだ。女慣れしてないから女に下手に出ちゃう奴だな。
普段の言動はアレだけど、なんか急に良い奴に見えてきたぜ。
俺の場合も学校に居るときは女子と会話するの苦手だったし、気持ちは分かる。最も…男だった有紀が急に女になったからなし崩し的に女慣れする事になったけど。
…いや、慣れてないか。未だに男女一緒の空間に居ても行く所まで行けてないと言うのはそういう事だ。
まあ自分の事は棚に上げて、取りあえずライナスだ。
俺はこいつの事を「嫌な奴」と思っていたけど、嫌味は言うけど差し入れとかもする当たり、悪い奴ではないのかもしれない。
先ほどの食事についても有紀とエミリーに提供しようとしたのは彼なりの女への優しさのつもりだろう。まあ、キモく映ってしまうけど男として凄く気持ちは分かる。
なるほど、女慣れしてないが為に奇妙な行動があるんだな。そう思うとなんか口下手な良い奴に見えてきたわ。
さっきは「ざま~」なんて思ってごめんな、ライナス。




