流石に寝ることにした
千葉さんと山本さんという女子2人のためにウィル市から北上して北部最大の都市であるアトス市へ向かったわけだけど、彼女たちは俺達の到着より先にアラシャク王国へ向かっていた。
今エミリーから聞かされたアラシャク王国とイスト帝国の状況は直接の戦闘はまだ行われないとしても、あんまり良くないかもしれないな。
俺はあの2人が女神達から受けた能力は聞いていないんだけども、巻き込まれないか心配ではある。
心配…まあ、言うほど心配ではないか。結局の所他人だし。
イスト帝国はダース王国およびその周辺4王国と比べてもダンジョン数は少ない。周辺の国家もダンジョン数が少ないから王国まで出稼ぎに来るわけで、そんな状況の国々を吸収しても規模の割にダンジョンが少ないという状況は改善されない。むしろ悪化しているとも言える。
「帝国はダンジョンが少ない上に、極北では農耕も出来ないし、恐らく最貧国だったんだよ、大昔はね」
エミリーの話が始まる。大昔って言うのはいつのことか不明だけど、まあ有紀が生まれるより前って事になるのかな。
「ボクが生きていた時代でもまだ帝国ではなかった気がする」
「うん。でも有紀の時代ではイスト共和国という名前で既に周辺国を取り込み始めている状況かな」
昔は共和国制だったみたいだが、その時期には既に周辺国を取り込むだけの力があったようだ。そこから君主制へ変換し、帝国として更に領土を広め始めたのかな。
エミリーはそれよりも前の時代…要するに共和国として周りの国を支配するまでの流れを講義してくれるわけだ。
「共和国になる前はイスト公国だったんだけどね、まあその辺の変化は置いといて。最貧国の1つだったイスト帝国にあったダンジョンは僅か3つ。その3つのダンジョンだけが彼らの生活を支えてたわけ」
3つというのが多いか少ないかは分からないけどね。ただ、俺が通ったダンジョンの数を踏まえると「少ないかな」と思う。
「ただ、ある日4つ目のダンジョンが見つかったのだけど、当時のイスト公国…もう帝国でいいかな?イスト帝国はこの4つ目のダンジョンの存在は外部に公開せず秘匿し続けたのよ」
そんな事できるのか?と思うけど、そりゃ出来るか。
ダンジョンが3つしかない極北地方に行く冒険者は少ない。冒険者が少なければ依頼を出す冒険者ギルドだって1個あれば十分だろう。同じように商人ギルドだって取引が少なければそこに関与することは無い。
恐らく3つのダンジョンだって、イストの国民が生活するために利用されていただけで、外部の冒険者に
依頼するということもなかったのではないか?
誰からも見向きをされないような国だったからこそ、新しく見つかったダンジョンの情報だって隠し通せたんだろう。仮に情報が出たところで旨味があるかどうか分からないのに向かう人は居ないだろうけどね。
「この4つ目のダンジョンは国の主導で攻略され、開拓されて行ったんだけど…、ごめんここから先の情報は私もしらないんだ。けど、そのダンジョンを攻略してからイストは変わったんだ」
「なるほど、その4つ目のダンジョンに何かあったんだろうな」
「そうだろうね。エミリー、そのダンジョンは今どうなってるのかな?」
「うん、今もこのダンジョンに入れるのはイスト帝国の認めた者だけという話だよ。だから内部の情報は何も流れてないかな」
きっと、他国には無い何かをそこで手に入れたんだと思うけど、そこからイストは周辺国を取り込み共和国制を経て現在の帝国を名乗っているわけだ。
「この帝国の思惑は何だろう?」
俺はふと疑問に思い、エミリーに聞く。
「世界の支配?…どうなんだろうね。私は政治はあんまり興味ないから事実は把握してもその背景は見てないよ」
背景見てないのか。まあエミリーにとっては世界情勢もテレビの報道みたいなもんだな。悠久の時間を過ごす彼女にとって大した話ではないのかもしれない。
「まあそれに、向こうに与している魔女だって居るだろうけど、私はそれについても別段関与しようとは思わないのよ。だから、魔女会の招待状は送るけど全員参加は強制していないし…」
エミリーは放任主義だけど、これもまた長い時間を過ごしてきたからこその結論なんだろう。でも、エミリーは最後にこう付け加えた。
「最も、帝国が魔女を不当に扱っていて、もし彼女達が助けを求めたら私は力づくでも助けに行くけどね。一応これでもまとめ役だからさ」
ニカっと笑うところはちょっと健気さも伺える。というかこれはママみを感じる。
「ママって感じだな」
「うわ、修司…」
やべ、口に出してた。
「修司君…君は口にチャックすることを覚えたほうがいいかもね」
エミリーは笑っていたけど、先ほどまでの健気さは消えて軽い怒りを感じられる。
ごめんな、ごめんな。
深夜。一通り話を終えて俺達は寝ることにした。
俺独りの布団で、俺は目を閉じ今日の話を纏める。
アラシャクには千葉さんも山本さんも向かったようだけど、彼女達は戻るのだろうか?
「戻ります」という言葉が残されていたとは言え、それを信用しきるのも難しい。…ただ、俺には彼女らの動向を探る術は無いし、まあ戻ってこなかったとしてもそれはそれで仕方ない。ウィル市に拠点を置いてる寺崎達に事実を伝えれば良いだろう。
イスト帝国が求めているものが何か?
世界支配なら今の状態から更に武力による戦争への発展も可能性としてはある。交渉だって王座の明け渡しという事になれば、それをダース王国が飲むわけが無い。帝国も勿論初っ端からそんな要求するわけがないけど、最終的に世界の支配ならその要求がゴールという事になるのでやっぱり戦火は免れないだろうと思う。
うーん…、色々考えてしまうな。
「ちょっと、エミリー」
俺の隣の布団から小声が聞こえてくる。
「何脱いでるのさ」
慌てた口調の有紀の声だ。俺に聞こえないように小声にしてるつもりだろうけど、聞こえちゃってるんだよなあ。
「寝るとき裸のほうが気持ち良いよ?有紀もやる?」
「いやいや、駄目だって、修司居るんだからさ」
「別に、私は構わないんだけど。何ならこのまま修司君の布団に…」
「それは駄目だ」
「し!修司君起きちゃうよ」
有紀が少し声を上げ、エミリーが注意する。俺、起きてるんですけどね。
チラっと俺が目を向けると、布団から僅かにエミリーの体が見える。
暗い部屋の中、窓から薄っすら差し込む月の光が彼女の白い足を映し出す。
ただ、彼女は有紀とは違って自分の体が男に対する有効な武器であることを把握している。俺が足から徐々に上に目線を向けるとお尻とかも布団の隙間から見えちゃってる…。
ゴクっとうっかり唾を飲み込んだけど、聞こえちゃってないか?
「兎に角、エミリー…今日はちゃんと服を着て寝なさい」
「はあい…仕方ないなあ」
もぞもぞとまた布団が動き出す。と、その時に俺とエミリーの目が合ってしまった。
ヤバイ!と思ったが、エミリーは悪戯っぽく笑って一瞬だけその布団を大きく開け、直ぐに布団に潜って行った。
俺の唾を飲む音は有紀には聞こえなかったようだけど、エミリーには聞こえてたようだ。
それよりも…全裸を見ちゃったことのほうが衝撃だった。
ヤバイなこれ、落ち着かせないと…。