アトス山での休暇?3日目
歴史館へ行った後は暇だった…。あまりに暇だから工房に行ったが「作業中だから帰れ」と言われてしまった。
そんな訳で昨日は結局あれから旅館の自室で布団に包まってダラダラと過ごしたわけだ。
で、今日は…と言うと有紀の龍牙穿空を軽く手入れ…という名のお供えをしたことで威力がアップしているのかどうか確認することにした。
依頼はやっぱりニラ集めとシカ討伐で、初日と二日目と同じように川原に向かう。
問題は俺が完全に丸腰って点だけど、まあそんな訳で俺は旅館から通じてる小道に逃げられる位置に立ち、有紀がメインで動く形で依頼を消化することにした。
「はい、修司。これだけニラ集めればもう1日分の宿泊は困らないんじゃないかな?」
「ああ、そうだな」
俺達が採集する時間が早いのか、大体俺達が集めてる間は姿を現さないんだよな、シカちゃん。…まあいいか、休憩にしよう。
「修司どうぞ」
「サンキュー」
昼飯として購入したのは蕎麦粉を使った饅頭…だ。饅頭って言うかこれおやきか!?早速一口食べる。
「おやきだな」
「おやきだね」
ちなみに具は味噌を絡めた野菜や肉を包んでる。味噌…て言っても味噌味のソースって感じだけど。まあとにかく美味い。
「一瞬で無くなった…」
「美味いものはすぐ無くなってしまうね」
定期的にここに売りに来ているらしい商人から購入したものだけど、またあの商人来たらもう少し購入しよう。
「そういえばね」
「ん?」
「昨日、土産屋で凄いものを発見したんだよ」
「ほう?」
「ほら、ラーメン屋にあったりしない?めちゃくちゃ辛いニラの…」
「ああ!名前出てこない…なんだっけ?イメージは出来てるんだが…」
「そうそう、名前出て来なくてね、ボクもモヤモヤしてるけど。まあそれが売ってたんだよ」
「へえ、米とめっちゃ合いそうだな。…でも高いだろう?」
「高かった…。4万コムとか書いてあったよ」
「高いな、俺の武器防具は…?」
「4万コム」
「同じ価格とか酷いな」
「まあ高級品だからそうなるね」
「なんか悔しいな!」
「まあまあ…。あ、壷ニラ?」
「ああ!そうだ、そんな名前だった」
「お土産のほうは『辛ニラの瓶詰め』って名前だったけどね」
「うーん、まあ買えそうもないし覚えてもしゃーないな」
「そうだね」
と、会話したところでシカが森からひょっこり現れたぞ。
「さて、やってくる」
やってくる、っていうのはあれか?ヤってくる?それとも殺ってくる?なんて考えてたのが顔に出てたらしい。
「さて、倒してくる」
言いなおしたよ、この子。
20メートルぐらい先にシカが居る。この距離だと視力の低いアイツは有紀に気付いてない。
というかシカって草食だろう?草食動物が視力低いって致命的だろって思ったけど、この付近にはシカの天敵が居ないのかも知れないな。…でかいしね。
まあ何にせよこの距離なら魔術でドン!だろうけども、今回有紀は敢えて龍牙穿空を取り出す。
お供え物するだけで威力変わるのか?変わるって言うか威力が戻るって言うのか、まあ細かい話は良いか。
「ふっ」と有紀が息を吐き、斬撃を複数繰り出す。勿論本来なら意味の無い斬撃だけど、彼女の武器の場合は斬撃を飛ばすことが出来る。ネーミングセンスの無さから「飛ぶ残劇」とか言ってるけど、もうちょいマシな技の名前つけてやればいいのに。
兎も角、複数…俺が確認してる範囲では4発だけど、それは全てシカにヒットした。前脚に2発、胴に2発。
「お?」
「どうだ、有紀」
「いつもと同じ威力で放ったけど普通に切れ味がアップしてる感あるね」
脚にヒットした斬撃はかなり深い傷を負わせたようで、これだけでシカは移動が覚束なくなっていた。…胴のほうは毛のせいで良く見えないが明らかに出血しているし、こちらも結構なダメージかな。
「っと、逃げようとしてるぞ」
突然の奇襲に驚いたシカは前脚に負担かけないように逃げ始めるが、もちろん俺達…じゃないや有紀がそれを許す事はない。あれ?俺達が悪役に見えてきた。
今回有紀はもう1つ、試したいことがあると言っていた。
サーベルの切っ先をシカに向け魔術の構築を始める。場所の指定を簡略化させる簡易魔術。そしてシカに先端の尖った岩が複数落下する。
2日目に見たロックフォールという魔術だ。…ただ岩は前よりもかなり小さく見えたけども。
ただその岩は確実に命中ズンという低い音を立てて体を貫通する。それにより、シカは牛のような鳴き声と共に絶命した。
「ふう…」
有紀が息をつきつつ、ドロップアイテムのシカ肉を拾ってくる。これが依頼終了の証拠だしね。
「なあ、有紀今のは中級魔術だよな?」
「そうだよ」
有紀は今後初級魔術だけではダンジョンのモンスターを倒し切れないという心配をしていた。中級は条件次第で打ち込めるが上級魔術は恐らく範囲的にも使えない。
「そこで、範囲を狭められないか、魔術の構築式を組みなおしてみたんだ。成功してよかったよ」
俺や普通の人は既に出来上がってる魔術の構築式に従って発動させる。一方、魔女…だけじゃないか。魔術の基礎を確実に押さえてる人なら、カスタマイズが可能だったりする。
カスタマイズと言っても何でも出来るわけじゃないようだ。範囲を狭める事自体は出来ても限界がある。中級魔術なら中級魔術としての最小範囲と最大範囲があるわけで、今回のように初級魔術並に抑えるのは初の試みだったようだ。
「ロックフォールは本来、大きな岩を作り出して落下させる魔術なんだけど、岩で潰すだけじゃなくて落下時の衝撃もあるからね。魔術の範囲は案外広いんだけど…」
有紀が戦闘の跡を示して更に説明する。
「ほら、今回は岩を落下させて貫く事を目的にして狭い範囲で発動させたから衝撃は抑えてるんだ」
俺も目を向けてみると、確かに落下による地面の陥没は見られない。初級魔術並の範囲なら俺を巻き込む恐れがない、と色々考えてたみたいだ。
だが有紀が言うには「威力も中級魔術より落ちてる」らしい。初級魔術より威力は大きいが中級魔術の水準としては低い威力って感じか。
「さしずめ準中級魔術みたいな感じか?」
「修司、それ良いね」
こうして有紀のカスタマイズした初級と中級の間に当てはまる魔術を準中級魔術と呼ぶことにした。