龍牙穿空3
アリアの話は続く。
正直、正直に言うと、俺ではなく有紀の話という事もあって俺はあんまり聞いてないんだけどね。
ただ、俺や有紀は知らない人と話すのは得意ではない、というかしてない。
他の冒険者なんて旅館にも冒険者ギルドにも居るのに俺達は話かけたりしてないんだよなあ。
有紀をチラチラ見てるなと言うのは何となく分かったけど、逆に俺もケモミミ冒険者をチラチラ見てたり、まあそのくらいか。
ただ、情報が大事なのは理解しているので、今行われてる龍牙穿空の強化の話にしてもいつか俺に必要な話になるかもしれないと考えると完全に聞き逃すというのも良くない。
「天龍山脈の山頂は下界とは違う清浄な空気が澄み渡ってる、と言うのは私達は行ったことが無いものの文献で見たことがある。龍眼の魔女、お前は実際に行ったわけだし空気の違いは良く分かってるだろう?」
「あ~うん、多分…?」
「多分って…まあ昔の話を覚えてろって言うのも難しい話だしな。とりあえず複数の文献から天龍山脈の山頂の空気は澄み切ってるらしいんだ。そこまでは良いか?」
「うん」
「そうそれで、アトス山って言うのは山の周りを覆う霧がここと外界を遮断する役割を果たしているんだ。霧の中を突き抜けると外に向かっていたはずが山に戻ってきてしまう…そんな場所なんだよ」
「外界から遮断…と言うと環境的には天龍山脈と似ている…ってこと?」
「特に山頂付近はそうだろう。まあ文献の話で悪いけど、澄み切った空気という記述は類似しているから、間違いは無いと思う。勿論同一ではないだろうが似たような環境と言う意味ではここの山頂は当てはまるだろう」
「なるほどね」
有紀が頷き、俺も合わせて頷く。
まあ確実に言えるのは山頂に行かないといけないな…ってことだ。
うーん、修行にはなるかな?
他にも色々話をして、工房を出たのはもう暗くなってからだった。
「ひええ…寒い…」
俺はマントをぐるっと巻いて寒さを凌ぎながら帰り道を歩いていた。
有紀は平然としてるけど、結構寒いんだぞ、ここ。
「修司」
「ん?」
「申し訳ないけど、武器と防具…作れたら少しずつ山頂目指しても良いかな?」
「俺は今日の話聞いた時点で行くものだと思ってたぞ」
「そっか、それは助かるよ」
「それより、俺と居ると有紀は中級魔術も使いづらいんじゃないか?もし効率重視なら1人で向かっても良いとは思う」
「うーん、ボク1人がどんどん先に進むのは意味がないよね?思い出して欲しいんだけど、ボク達魔女には入れない場所に修司は行かなきゃ行けないんだよ」
そうだった。
次元の魔女エミリーの方針もあり、魔女は全員覇者の塔の攻略には関与しない取り決めになってる。
言い換えれば有紀も参加は出来ないし、俺しか行けないわけだ。
「ああ、有紀じゃなくて俺が強くなる必要があるもんな」
「そう…だからボク1人頂上向かう意味がないんだよ」
まあ今のペースで覇者の塔攻略って何時になるんだろうな…。
多分早乙女先生がクラスを纏め続けていればそろそろ攻略が始まってたかも知れないし、そしたら俺が参加できず魔女達の願いもクソもなかったわけだけど、不幸中の幸い…なのかな?とりあえずクラスのメンバーは割と皆バラバラに動いてて当分攻略の気配はなさそうだ。
女神が好きに世界を弄った結果の歪みとして魔女が生まれだした一方で、彼女達が覇者の塔攻略に乗り出せば女神達は排除に乗り出してくる。
女神達が望むのは世界の修復で、魔女達が望むのは世界の改変だから協力しあえるわけがないんだよな。
ただの人間だからこそ挑める覇者の塔…って考えると俺1人が魔女達の願いを背負ってるのか…重いな。
「オッケ、じゃあやっぱり2人で上ろう」
「そうしよう」
また暫く歩く。
「ああ、そういえばね」
有紀が話しだす。
「ちょっと考えてる事があってね」
「うん?」
「中級魔術以上はその範囲から使いづらいとボクは避けているんだけど…あれを威力そのままで範囲だけ狭めるような制御できないかな、って…」
有紀の考えは、例えば教室一個分の範囲攻撃を威力そのままで範囲だけその半分ぐらいまで狭めたい、という感じだ。
アーツは体の中の魔力を集中させるって話だけど、有紀の場合は…と言うか魔力が無駄にある魔女には難しいようで、月で修行してたけど結局上手く出来てないんだよな。
なので視点を変えて、魔術の構築の一部を改変させて範囲を集中させる方法を思いついた、という感じか。
「それに龍牙穿空が強化できればアーツ使えなくても戦闘全般のレベルが上がると思う」
なるほどね、でも俺のレベル上がらないんだけどね。
「ボクの動きの幅が広がれば修司のサポートがしやすくなるだろうし、そしたら修司ももっと戦いやすくなるかなって思う。…思うけどどうかな?」
「いいんじゃないか?俺もまだ自信がないし、有紀のサポートが見込めるのは助かるよ」
「…ふふ、良かった」
「お、今の笑顔良いな」
「へ!?いきなり何!?」
「あ、声に出てたか」
工房から旅館までの道は昼間に吸収した太陽の光を放つという鉱石が所々に設置されている。
この鉱石はオレンジの暖かい光を放つので視覚的には寒さを紛らわせる事が出来るが、均一の光を放つのではなく蝋燭のように揺らめくような光り方をする。
丁度有紀が笑ったところとその鉱石の蝋燭のような揺らめく光が合わさって可愛いよりも美人の印象を受けた。
「いや、言われて嫌な気分ではないんだけどね」
「知らない男に言われたら?」
「それは微妙」
「なら俺だからってことで」
「ノーコメントで」
ともあれ、有紀の戦闘力が上がるのは悪い話ではない。
龍牙穿空の強化にしても、中級以上の魔術を常用できるようになることも。
今の有紀の戦闘力はソロなら依然高い状態だろうけど、俺をサポートしつつとなると覇者の塔1層でも厳しかったりするわけで、この先更に強敵と戦う事を考えると、トラブルに備えて戦闘力に余裕があるのは安心する。