アトス山の宿にて
<神城有紀の視点>
昔から修司はガツガツ行かないタイプというか、冒険をするタイプではない。
冒険、というのは別に今ここで冒険者としてやってる事ではなくて対人関係…例えば男女の関係とか。
ボクとしては別段彼を嫌う事はないし、多分修司もボクを嫌っているわけじゃないのは普段の態度からわかっている。
要するに「何で一線越えようとしないのか」という部分にボクは時々モヤっとする。
ああ、勿論分かっているんだけどね。
ボクが元の世界に戻れるかどうか、そして戻れたとして男?女?どっちだろうね、という事はボクにも分からないし、恐らく修司もそこで悩んでるのかなって思う。
多分慣れている男なら「そんなの関係ない!」とボクを襲っていたと思うし、ボクもそれを受け入れてると思う。
ただ、修司は根が真面目だからなあ…。
じゃあボクから行けばいいんじゃないか?と言われると悩む。
ボクもまた冒険をするタイプではない、というか主体的に動くタイプではないしね。
詰まるところ似たもの同士だからお互い「ここから先に行くのは良いのか、悪いのか」と悩んで動けなかったりする。
言い訳になるけど、ボクは仲の良い誰かを失うのが怖い。
仮にこの世界に留まる事になって修司とべったりになっても彼は先に死ぬ。
これは確定事項だ。
その喪失感はどうなんだろう?ボクが耐え切れるものなのか?と想像すると怖くなる。
いや、アルカ村に居た家族も友人も亡くなったときは多分悲しんだんだと思うけど、多分修司を失うのはそれ以上に怖いことだと今ボクは思ってる。
だからボクがガツガツ行くのはやっぱり難しい。
次元の魔女みたいに「色んな事して人生楽しもう」みたいなスタンスだったり、翡翠…あの子は実は意外と男性遍歴凄いんだけども、翡翠のように「次の男」との人生を楽しむスタンスなら、ボクはもっと気楽に修司と接する事は出来るんだろうなと思う。
と、修司はレザーの防具を外している。
そのときにチラっと腹筋が見えるわけだけど、ボクはその一瞬を何気なく、でもしっかりと目に刻む。
勿論夜は彼も上は脱いでるんだけど暗くて見えづらいしね。
昔・・・修司の世界ではもっとブヨブヨだった腹も今ではバキバキになってる。
いやあ、男の筋肉って良いよね!
と言うよりも「バキバキになっていく」と言うのがボクにとっては心惹かれるポイントだ。
彼の成長を実感するし、男らしい筋肉だって感じ。
眼福だ…。
思考が外れた。
とにかくボクは受け派だけど、修司もあんまり攻めて来ない。
お互いに悩んでる部分は同じだろうけど、とにかくそのせいで今の構図から進展はしないんだろうなって気はする。
でもそのうちボクの中のもう一人のボクが寝取りに動きそうだからずっとこのままと言うのも良くは無いかもしれない。
結局は自分だから寝取りじゃないような気がしなくもないけど。
「ふう・・・。やっぱ寒いな」
「お疲れ様、修司」
有紀はマントを脱ぐ。こいつ寒くないのはズルいよな。
ギルドにニラとシカ肉の納品を行い、今日の依頼は終了した。
皮は納品アイテムではなかったようなので俺達が持っている。
ギルド出張所は受付がオッサンだったんだけど、中々親切な人で今回の依頼についても色々と話を聞けた。
「このアトス山産のニラは更に穂先と根元に価値が高い。穂先には美容効果があるし、根元は疲労回復の効果がある。味と健康、この両方から貴族や王族に愛されてるというわけだ。」
ただ・・・とギルドのオッサンが続ける。
「そのニラの側にスイセンが生えているだろう?結構冒険者のつまみ食いでスイセンを食ってしまうことがあってな、その治療費で依頼の報酬が相殺されるケースがあるんだ。しかもあそこにはデカいシカも居ただろう?あれの討伐は基本的にランク6以上の冒険者が討伐するレベルなんだ」
俺達二人でそんなモンスター倒せたわけだ。ランク6認定されるんじゃない?
「まあ、ニラの採集自体は低ランク向けなんだが、そこに現れるシカが中ランク向けのモンスターという事もあって、依頼は毎日出るが受注する冒険者は少ないんだよな。中ランク冒険者ならもっと奥のほうが美味いし…」
なるほど、結構川辺にニラが生えてたにも拘らず、それを収穫する冒険者が少ないから市場への流通も少ないわけか。
王都に居た時に見たような気がするけど当時はその価値なんて知らなかったし。
「うーん、君は…ランク2か!低いな!」
オッサンに指摘される。
「全然ギルドの依頼受けてなかったんで…」
「ああ、履歴確認してるが…確かにランク上昇させる要件満たせてないな」
ですよねー。
「ただ今日のような依頼を受けてもらえればランク3まではすぐだぞ。特にシカ討伐は受注者が少ない上に、討伐してもらえれば食害を抑えられるから貢献度が高いんだ。もしかしたらここに居る間にランク4まで行けるかもしれないな。」
「そうなんですね。どの道暫くシカを相手に修行したかったので丁度良いですね」
「おう、死なないように危なくなったら撤退するんだぞ!」
そしてオッサンは有紀を見て…。
「ランク0は俺は初めて見たけど、正直あんまり強そうに見えないが、人は見た目によらないんだな」
「でも流石に今のボクじゃこの辺りは厳しくなってきてるよ」
「そうか!まあ綺麗な顔に傷つかないよう、危なくなったらちゃんと守ってもらえよ、そこの彼氏にさ!」
オッサンはガハハと笑いつつそう言う。
いやあ、カップルじゃないんだけどね?まだ…。
ただ有紀もここは否定しないあたり彼女の望む方向も俺と同じなのかもしれない。
まあ、守ってもらうのは俺だけど。