王様と会う2
「国王の甥…何があったんです?」
俺は待ちきれず話を切り出してしまった。
シュワシュワとした泡を楽しんでいた国王も真顔になり話を再会する。
「実は、甥が一目ぼれしてしまって、それはもう毎日通いつめるほどに…。」
あー、そういうパターン!?
「要するに先生はそのアプローチに押されて出て行ってしまったわけですね。」
「端的に言うとそうなるな…。」
ただ、直ぐに出て行ったわけではなかったようで、付き合う状態になっても暫く先生はここに残っていたし、国王の甥とやらも通い続けてたようだ。
それから暫くして失踪。クラス内部をなんだかんだでまとめることが出来ていた早乙女先生が居なくなった事で生徒達は混乱し、そして対立が抑えきれなくなった…と言うわけか。
「1人…2人とここから離れて、最終的に残ったのは当初の半数になっていた。」
半数というのは結局2つのグループのリーダーと彼らが信頼できる仲間かな。…あと寺崎達か。
「その半数もある日『旅立つ』と私に申し出た。勿論私も大臣も説得したが…。」
「ダメだった…と言うわけですね。」
国王は苦々しげに頷く。
うーん、早乙女先生が居るから、という事で守られてきた秩序が崩壊したというよりも抑制しきれなくなってしまったのかな。お陰で皆バラバラに動き出してるし。
世界の危機が迫ってる、という割にクラスメイトもそうだし国王達もそんなに焦っている様子はない。
焦っていたらそもそも晩餐会なんてやらないし、皆の身勝手だって許しはしなかっただろう。
これはでも仕方が無い…。エミリーによれば完全に崩壊するとしてもあと数百年は先の話らしく、寿命が100年に満たない国王も俺達も「今すぐ解決しなければならない」という気持ちにはなれない。
勿論、エミリーや有紀含めて魔女達にとっては「数百年しかない」訳だからこれは体感の差だと思う。
もっとも、彼女達は世界が崩壊して自分達も滅びるならそれでもって生きる苦しみからは解放されるし、不死の特性が消えずに新しく世界が作られた後も行き続けるハメになるかもしれないが、それはそれで「今と変わりなし」なので、数百年しかないと言ってもエミリーが魔女会で「関与しない」と表明した通り、何とかしなければならないという危機感はやはり薄い。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、王様!」
だが、今この席で一人だけ危機感を持っている人物が居る。
「世界の修正を行うチャンスな訳ですよね?私には『何とかしよう』という動きが見えないんですけど…。」
エンドレス・ソウルの副マスターである翡翠の魔女。彼女だけは今ここに居る中で唯一「数百年しかない」と認識している上に、クランとクラン員を守りたいという立場だ。多分誰よりも今回の問題に危機感を持つと同時に、国王やA組の動きに不満を持っているんだろう。
不満の空気を受けて、国王…ではなく壁に立っていた近衛兵が翡翠へ答える。
「翡翠様。それは誤解です。」
「え?」
近衛兵…いや、彼は近衛兵長らしいのだけど。
「何とかできないんです。」
「へ?」
「翡翠様は恐らくここに居られる4名の中で最も『政治』を知っていると思います。」
4人…、俺と有紀、エミリーに翡翠か。この中でクランを動かしてきた翡翠は最も社会を理解しているのはその通りだろうな。
自分の「翡翠の魔女」としての特殊性でエンドレス・ソウルは王都を拠点とするクランで最も新しいにも拘らず、老舗クランと政治的に対等で居られるよう奮闘してきたわけだ。そして、今回俺達を勧誘したのも今後増加する魔女・異邦人が他クランへ加入する事を踏まえても尚優位に立てるようにという長期視点からの行動だ。
「現在、北には帝国がその勢力を伸ばしています。我々ダース王国および周辺王国は連合を組んでいますが、何れ我々の勢力を超える可能性もあります。…既に北のイクシ王国では帝国側に付こうとしている小国と国境付近でいざこざが起きています。」
「その情報は私も分かります。でも…。」
「いえ、もう1つあります。ここダース王国も周辺の王国も『跡継ぎ問題』が発生しています。」
「兵長!その話は止しなさい!」
近衛兵長が跡継ぎ問題に言及したときに、国王の隣に居た王妃が兵長に怒りの声を上げる。
「いえ、王妃様…、ここは正しく情報を伝えるべきです。」
「それは貴方の領分ではないでしょう?弁えなさい。」
「…ハッ!」
先ほどまで説明してくれた兵長は壁際まで下がる。
「王妃様、それでは私は『王様達が動かない理由』に納得できませんよ。」
A組の奴らはまあ、召喚されて「数百年後に崩壊する」と言われても「関係ない」しね。目的を統一できずに異世界を堪能するなり、帰るための手段を探したりしてるのは仕方が無い。
だが、国王はこの世界の住民だから「ずっと先の話だ」と暢気に構えるのはどうなのか…。例えばここを出ると俺のクラスメイトが表明するにしても上手く説得すれば1~2人は残せたのではないか?
あるいは封印されている上層への扉を開けることも出来たかもしれない。使用者の限定が無いのであればその鍵を例えばそこに居る近衛兵長のように忠誠心に厚い人に託しても良いだろう。
だがそう言った行動は何もしていない。
勿論これらの事をする必要が無いと判断している部分もあるのだろうけど、する余裕がないと兵長は言いたいわけだ。
「私も少し気になるかな。世界崩壊するっていうのは、この世界に住む全員の命運が掛かった問題だよ。エルフやドワーフの長寿系の種族は生きてる間に巻き込まれる話だしね。」
エミリーも追撃すると今度は王妃が「う…」と引き下がる。
まあ「崩壊します」なんて情報はやたら流布するわけには行かない。混乱を招くからね。だからこの情報は女神と魔女、そして国王とそこに最も近い人物ぐらいに限定していると思われる。長寿の種族にとっては自分が生きてる間に起きる問題だがその情報自体知らないから行動も出来ずに居るわけだ。
俺は考えつつも有紀を見る。
彼女も考えてるようだけど、俺と同様「この話は聞き専にしとこう」という態度だ。いや、この子は普通の会話すらその態度だけども。