帰り支度
俺達はエミリーに「どこに転送されるか」を確認しておく。
「私の家はここ以外にも複数あるのだけど…王都に行く?クラスメイトはもう居ないだろうけど、私と一緒に行けば国王と会えるんじゃないかな?」
エミリーは魔女を束ねるトップなだけに、どこからも引っ張りダコらしい。
最近までヴィルヘルムに遊びに行ってたので貴族からのお誘いは収まっていたが、戻ってきたという情報を入手した貴族達からまたお誘いが掛かっている。…勿論王族からも。
「丁度向こうも私に食事に来いと連絡してきてたし、丁度良いでしょ?」
「どうする?修司。ボクは悪くないと思うけど。王様から皆がバラバラになった経緯を聞いておいても損はないだろうし。」
「うーん、そうだな。王都に行こうか。」
俺はエミリーの提案に乗る事にした。
翡翠にはクラスメイトは皆王都から居なくなったので行く意味がないと言われたが、その経緯は恐らく王都に行けば得られるんじゃないかな。
「ああ、なるほど。それもそうですね。」
翡翠に事情を説明すると納得された。
恐らくエミリー経由で国王と会えるから納得したのかもしれない。俺と有紀だけじゃ王様に会うなんて無理そうだし、王都で知らない人に話しかけて情報集めなんて高等コミュニケーションスキルは持ち合わせていないからね。
翡翠は月に1度来訪して俺達に状況を教えてくれる。
「正直、中々情報が入らないんですよ。ご友人方、まとまり悪くないですか?」
集団であれば色んな動きが目立つので所在も掴みやすいが、個人単位で動きを把握するのは難しい。彼女が言いたいのは要するに「バラバラに散ってしまっている」という話だ。
「うーん、一応リーダーシップある奴は居たし、先生も人気あったからそんなにバラバラになるっていうのはないと思ったんだけどなあ。」
「他所のクラスよりは真面目だったよね…。」
俺も有紀もクラスでは主流のグループには所属してなかった。というかそもそも日常的に関わりあうような友人は居なかった。精々休み時間にアニメ・漫画の話が出来るオタク友人ぐらいか。
それでも俺達の目から見ればグループ同士の諍いは見られなかったんだけどなあ…。
「…あの。」
翡翠が声をかける。
「ん?」
「先輩達、それは多分お2人はご友人方の表面しかみてなかったからでは?」
「え?」
「派閥っていうのは必ず出来ます。勿論派閥が出来たから対立するというわけではありませんし、仲良くやる事もできるでしょう。ただ、それは表面上の話です。裏ではマウントの取り合いに必要な情報戦が広げられていたと私は思いますが…。」
「…俺達そういうのは見てなかったな。」
「ね…。てっきり『皆仲良いね。他のクラスでは喧嘩とかイジメとかあるのに。』なんて思ってたよ。」
「先輩…、逆ですよ。まだ表面化してるほうが良いんです。発散できてますからね。私から見たら先輩方のクラスが一番怖いですよ。溜まりに溜まったフラストレーションは爆発したときにとんでもない事になりますからね。」
表面化してないっていうことは、裏では陰湿な人間関係が繰り広げられていた、ということになるわけだ。
この世界でも貴族同士は自身の優位性を確保するために握手をしながら机の下では蹴りあうような生活をしているが、貴族同士が戦争するのは「同勢力同士」が多い。要するに「埒が明かない」から交渉を引き出すために戦争という手段を選択するわけだ。
クラスが皆仲良し…というのは逆に派閥同士の対立が表面化していないだけで燻っていた状態なんだな。恐らく俺の知らないところで対立する勢力の交渉材料となるような情報を集めたり、あるいは派閥内でのイジメとかはあったのかもしれない。平和に見えていたのは派閥間がお互い不満を蓄積させていた状態だったのかもな。
「…まあ先輩方は本当その辺無頓着だから仕方ないですね。寧ろ良くその派閥争いに巻き込まれなかったなと関心しますよ。」
翡翠はため息をつく。
多分それは俺達2人が「クラスにおいて何の影響力もない」からだと思うけどね。当たり前の話だけど勢力を左右するような人材でもない2人を抱きこむ人が居るわけがないし、排除する意味も無い。寧ろ俺達に何かしようとする労力があるなら対抗勢力に費やしたほうがまだマシだ。俺達はそんな立ち居地だったんだろうな。
「うーん、ボクは今の話が結構衝撃的だったよ。」
「先輩が鈍いんですよ…。」
まあ、そんな訳で俺達のクラスメイトは派閥争いから崩壊したんだろう、という仮説に至った。
あとは国王と会って話を聞けば裏付けも取れるだろう。
「というか、なんか王様からも話を引き出すのが出来無そうで怖いので私も参加しますよ。」
翡翠も加わる事になった。
エンドレス・ソウルは王都に拠点を置くクランで歴史的にも割と長い。…王都に拠点を置くクランは更に老舗があるらしいから珍しいというほどではない。それでも色んな業界に幅広く食い込んでいる事から王都でもまず上位に名が上がる。というか何よりも魔女が居るというアドンバンテージがある。
「ん。あれ?翡翠、キミが王都を拠点にしてるなら、キミを経由して王様に会っても良かったのかもしれないね。」
「そんな事言ったら次元の魔女様がふて腐れますよ、先輩。…それに私はあくまでも『クランに所属している』わけで、王様とのコネクションは無いんですよ。」
クランに所属している、と言う部分を強調していたけども、これはちょっと理由があるみたいだ。
陽光・新月の2人が拠点としているブシ市と王都は書物の扱いをめぐり関係が良くない。まあ戦争になるという事はないし、人や物の移動制限が掛かってる訳でもないから、最悪の関係という訳ではないのだけど。
以前、彼女のクランは国王の側近よりブシ市への圧力を命じられ、断っているという経緯があったらしい。
その際に「私はクランの所属であって、王都に所属しているわけではない」と伝えたそうだ。勿論クランとしても「他所の都市に圧力を掛けたらクランの名声が落ちる」ということで拒否の姿勢だった。
こうして王都に拠点を構えるエンドレス・ソウルとそこに属している翡翠の魔女は有名ではあるし、クラン同士では優位に立っているが、国王側近には邪魔者扱いを受けている。
最も側近としても追い出すという選択肢は取れない。そんな事をすれば「王都は魔女を追放する」という噂が流れるし、それは周辺の貴族や国王以外の王族に漬け込まれる恐れがある。そしてそれは自身の地位を安泰なものにするためにも避けねばならないという自己保身的な考えがある。
ただ、ブシ市への圧力についての依頼は「国王の判断」なのかどうかは定かではない。と言うのも国王は「国政」には関与するが「都政」には関与しない。側近も本来なら国政に関与するが…恐らく王都の議員から金を積まれて動いたのだろう。
「そんなわけで、王様と会うなら次元の魔女様のほうが適任ですよ。あの人は王様から招待されてるらしいですし。」
エミリーの招待で俺達と翡翠が付いてくる、と言う感じになるけど…凄いな。
魔女が3人って言うのもそうだけど、3人とも器量良しの見た目な訳だからその華やかさが凄い。絶対じろじろ見られるよな。俺と有紀、そういうの苦手なんだけどね。
特に俺、3人に囲まれて「何だアイツ」なんて思われたらちょっと辛い。居心地の悪さを感じてしまいそうだ。




