挨拶まわりの日
「おはよう…有紀。」
「ん、おはよう修司。久しぶりだね。」
俺が目覚めたときには有紀はいつもの有紀に戻っていた。
ここ数日の記憶があるのかどうかは分からないんだけどね。主人格は副人格の事も把握してるようだけど、逆はどうなのか…。
とはいえ、聞くのも気まずい。
覚えていなかったら「ここ数日こういう過ごし方してたんだよ」なんて言ったら物凄く意識してしまいそうだし。逆に覚えてて平常の振る舞いに勤めてるのだとしたら、俺の一言が有紀の努力を無駄にしてしまうし。
よし、言うのやめとこ。
「先輩、戻ってしまったんですね。」
「残念ながらね。」
翡翠に挨拶に行くと少し寂しそうだった。
「けど、先輩は先輩ですしね。これからもよろしくお願いします!」
俺達が昨日クランに所属したのは伝えてある。知らない様子だったからやっぱりここ数日記憶は無いのかな。
「先輩っていうの、止めようよ。ボク新入りだよ?」
「あ、そっか…じゃあ、皆と同じように有紀さんって呼びますね。」
「『さん』も要らないね。」
「あ、はい…。では改めて有紀、よろしくね!」
「うん、よろしく、翡翠。」
握手…と思いきや2人は握手じゃなくて抱き合って挨拶を交わす。
うむ、尊い。
「先輩達はここでしばらく過ごすんですよね?」
「そうだね、ボクももっと修行しなきゃいけないし。修司もね。」
「分かりました。じゃあ次元の魔女様に頼んで定期的に約束のお友達の情報をお届けしますね。」
お友達…でもないんだけどね、クラスメイトだし。
ああ、ただ数人はオタクトークに付き合ってくれる奴らもいたし、辛うじて彼らは友人なのかな。
翡翠やそのお付きのクラン員は既に荷物を纏めていた。
「私達も仕事ありますからね、今日で一旦お別れです。」
エンドレス・ソウルは手広く色んな業界に食い込んでいる。勿論求人も常に人が応募しているような状態ともなると、人事に関わる翡翠と多分昨日手続きしてくれたお兄さんはずっと席を外すわけには行かないんだろうな。
エミリーの部屋へ…と思ったら行く必要が無かった。
廊下でばったり出会ったからね。
「お、有紀。戻ったね。」
「うん、残念なが…。」
「こら!残念だと思うと思った?私にとってはどちらも有紀だよ。残念なんて言葉を出したらダメだよ、有紀。」
軽くエミリーにお説教される。
有紀としては主人格のほうが皆がやり取りしてきたほうだから、副人格に戻った事で魔女達が残念に思うのかなと心配してたみたいだ。
翡翠も「先輩は先輩」と言ってたし、エミリーも今言ったとおり、彼女達はどちらの有紀も認めていたわけだし余計な心配だったんだろうけどね。
「この屋敷は自由に使って良いからね。私も勿論ココで生活するんだけど、地上に構えた家のほうにも様子見にもどらないといけないから時々不在になると思う。」
「わかった、ありがとうエミリー。」
「修司もね、別にどこで有紀とイチャイチャしても構わないから。」
「ふぁ!?い、いやしないよ!!」
からかわれてしまったけど、正直魔女会が終わったらこの広い屋敷に残るの僅かになるし、自由にして良いってなれば「気分を変えてここで…」みたいなことが出来るわけだ。
まあ、やらないけどね。
大樹の魔女と新芽の魔女とは最初に会ってから会話がなかったというかそんな暇がなかったのだけど、魔女会も本会議が終わって大半が既に帰っている中、彼女達はまだ残っていた。
テラスでお茶でも飲んでいたようだ。
「こんにちは、お2人とも。」
俺から2人に声をかけると、2人も笑顔で返してくれた。
「こんにちは、修司さん、有紀。」
大樹に促されて俺達もテラスに設置された席に着く。
「私達の住んでいる地域のお茶ですが、どうぞ。」
新芽が俺達にお茶を出してくれたので飲む。
「美味い…!」
スーっと爽快感がある。ジャスミン茶みたいな感じだな。
「今回は暖めて居ますが、冷やしても美味しいですよ。」
そうだな、これは暑いときにはキンキンに冷やして飲んでみたい。
「ボクは大樹と新芽がどこに住んでるのか分からないんだけど、このお茶からすると南方かな?」
「そうです、私達は南の王国…ウル王国で過ごしているんですよ。」
ウル王国はダース王国の南にある国で、周辺諸国から来る冒険者の出国対する課税を行っていない事から、周辺諸国との関係も悪くないと聞いている。食糧事情も良いようだしね。
「木に関する綽名だから、森に住んでると思ってません?でも私達、普通に王都ウルに住んでいます。ダース王国もそうですが、基本的に王国の王都はその国の名前を使用していますから、ちょっとややこしいですよね。」
大樹が笑いながら言うけど、まあその場合に備えて「王都」とか「王国」という単語をつけてるんだろうから、まあ分からないというわけでもない。
ややこしいといえばややこしいけど、俺も県と市の名前が同じという世界で育ってるわけだからニュアンスは伝わってたりする。
「もしこちらに来る事があれば遊びに来てください。私はまだ新米魔女ですから、大したことは出来ませんが…。」
「こちらこそ、ウルへ立ち寄ったときにはまたお茶頂きたいです。」
俺と新芽が挨拶を交わす。
この子は顔とスタイルから、完全に歳の離れた妹キャラだなー…。
ちなみに彼女達も明日には帰るそうだ。まあ、一応明日が最終日だしね。
さて、最期に会ったのは陽光の魔女・新月の魔女のペアだった。
そりゃ俺がこれから学ぶ相手なんだから、残っててくれないと困るんだけどね。
新月の魔女は他の魔女とは違ってネコミミが生えてる魔女だけど、エミリーよりも更に背が高いというか、俺よりもちょっと背が高いんだけど。顔つきもキリっとしてしているから、可愛いというよりも美人タイプの魔女だ。
一方の陽光は…まあ新芽と同じ位だな、うん。ただ彼女のほうが感情を表に出さないし、言葉も必要な量しか出さないから、何を考えてるのかちょっと分かりづらい。
「有紀さん、修司さん。こんにちは。もう他の魔女さんたちお帰りになってしまって、静かになりましたね。」
新月が話しかけてくれる。
魔女会の最中、色んな魔女達が「自分のほうが上だ」だのなんだので試合ばかりしてたから、爆発音だとか燃える音とか激しかったり、お祭りのようだった。
けどそれも新月の言うとおり、やる事が終わったから皆帰ってしまった。他にも何人か残ってるけど面識ないしなあ…。
陽光は有紀と話してるようだ。
「龍眼と有紀で分けたら話しやすい。貴女が有紀ね。」
「いや、ボクもそのほうが良いと思うけど、彼女が嫌がるんだよ…『私も有紀でしょ』って…。」
「紛らわしくて話が面倒になるのに。」
確かに紛らわしいな。俺もちょっと思ってしまったのは内緒だ。
「ボクも彼女の想いは大事にしたいからね、彼女もやっぱり有紀なんだよ。」
2人だけが抱える想いとかあるのかな?
まあ紛らわしくなりすぎたら新ためて考えれば良いね。
「陽光・新月の2人とも。これから暫く宜しく。」
俺は2人にお辞儀をする。
タメグチなのは別に俺が礼儀知らずなんじゃなくて、2人から「別にエミリーに話すような口調でいいんだよ」と言われているからだ。
「修司、貴方が持つ特性がどのような結果を引き起こすか今から楽しみ。」
「私も興味あります。あ、勿論陽光も私も、有紀のときのようなスパルタはしませんよ。」
「え…?ボ、ボクは?昔…ボコボコにされた記憶しっかりあるんだけど。」
「貴女は魔女だからスパルタ教育しました。…まあ今回の貴女は元の有紀よりも弱体化していることを踏まえて修司さんと同じように対応しますから、安心してください。」
「よ、よかった…。」
有紀はほっと胸を撫で降ろす。彼女の記憶ではどんな苦い思い出があったんだろうな。
兎も角、残っていた知り合いとの挨拶周りは終わった。
これから暫くの間、俺達はここで修行する日々を過ごす。ダンジョン生活と比べると風呂もあるしベッドもあるから大分過ごしやすい。
クラスメイトの動向を気にしつつも…情報集めが苦手なので「合流できなくても仕方が無い」という気持ちもあったわけだけど、とりあえず情報については翡翠が定期的に持ってきてくれるという事になったので、俺達は気兼ねなく修行していこうと思う。
「修司。」
有紀が声をかける。
「ん?」
「合流したときに、ボクらちゃんと活躍できるといいね。せっかく頑張るんだし。」
「そうだな。」
でも有紀はまだ良いだろ…。やっぱ問題は俺だ。
「とりあえず…、有紀。」
「ん?」
「飯、行こうぜ!」
腹が減っへは戦は出来ないからね!