有紀との夜
「では、これで加入が終了しました。冒険者カード確認してください。」
言われるとおりに見てみると、名前とランクの下にクランの名前が記入されていた。
「これで終了です。それとこちらを受け取ってください。」
翡翠ではなく、付き添いのお兄さんが手続きを手伝ってくれた。人当たり良さそうで優しそうなタイプだな。
受け取ったものは直径5センチほどの銀色のメダルだった。良く見るとメダルの縁にはエンドレス・ソウルと書かれているし、炎のような形をした模様の中心には宝石のジェイドがはめ込まれている。
「これがクランメンバーである事を証明するメダルです。冒険者ギルドならカード見れば伝わりますが、それ以外の人には冒険者カードは見せないでしょう?」
そりゃそうだ。冒険者カードは自分のスペックを示す情報が書かれているのに、それを赤の他人に見せる人は居ない。ショボい能力なら足元見られるし、高い能力ならより一層勧誘がウザくなる。
「なので、このメダルが冒険者カードの代わりに提示できるクラン所属の証明になります。我がクランに所属する人をヘッドハンティングする人は居ませんよ。」
なるほどね。これでクラン勧誘のときに提示すれば引き下がるだろう、ってことだな。
しかも大手クランだし手広くやってる事も関係しているんだろうけど、無闇にこのクランからヘッドハンティングする者は居ない。報復があるからね。
「先輩方が居ればウチのクランは安泰ですよ!」
こうして俺達はエンドレス・ソウルのクラン員になった。
「もういいかな?」
エミリーはすっかりテーブルに座ってお茶を飲んでた。・・・麦茶かな?
「まず修司君はここに残って陽光と新月に面倒みてもらってね。その間翡翠が情報を集めてくれるはずだから、地球に戻るときに最新情報を貰って移動先の方針を決めればよい。・・・って事でいいね?」
「分かった。移動するよりはこっちのほうが人居なくて気楽だもんな。」
戻って人目につくような所であれこれやるのは俺は好きじゃないが、ここならそんな心配が要らない。修行に没頭できそうだ。
勿論有紀も残る事になったけどね。
「・・・って、有紀、どうした?」
何か頭を抑えてるのが気になり、声をかける。
「ん?いや、なんでもないよ。」
「?」
気になるけど、まあいいか。
あとは少し話をして、俺達は退室した。
夜、俺はソファーで寝ようとすると有紀に止められてしまった。
「いやいや、キミ何そっちに行こうとしてるの?」
「え、ええ…!?流石に男女で同じベッドは恥ずかしくない?」
「昨日あんなことしたのに?」
う…そうだ。俺昨日凄い経験してたんだけど、今日もするの?しちゃうの?
「今日は何もしないからさ。ね?修司、ほら怖くないよ。」
布団をポンポンと叩きながら催促する。いや別に俺は怖くて避けてるわけじゃないんだけども。
あ、でも怖いと言えば…俺が有紀と一線を越すのは確かに怖いかもしれない。今の関係が崩れやしないか、と。
「本当に今日はしないよ。それよりもちょっと話があるから、大人しくこっちに来て欲しい。」
半ば強引に(バインドされて)俺はベッドに戻される。
「な、なに!?」
「修司こそ、怯えすぎじゃない!?私そんなに迫ってるように見えちゃうかな?」
俺は怖くないと言いつつも怯えたウサギさん状態になってた。それに少なくとも昨日は迫ってきたしね、今日もか!?って思うよね。思わない?
「まあいいか。えっと修司に2つ話をしておかないといけないんだけども…」
有紀からは真面目な雰囲気が出てたので俺も気を引き締める。なんだろう?
「1つはもう一人の有紀の復活について。これは、私の予想よりもちょっと早い。明後日には元通りかもしれないね。…言い換えれば私と一緒に居られるのは明日までって事になるけど。」
そうか。それは嬉しい報告だけど、逆に少しだけ寂しい報告でもあるね。
「あ、修司、寂しいって思った?」
「いや、そんな事は…。」
「…そんな事はない…?」
「素直に言うと少しだけ寂しくはある。」
この子も有紀だし、寧ろ好意を隠さない所は俺としては自分がどう思われてるかはっきりしてスッキリするしね。普段の有紀を甘えモードにしたらこんな感じかな?
有紀の俺への好意はしっかり伝わってきたし、これはもう一人の有紀も持っている感情らしい。ただ、向こうの有紀は俺と昔から親友としてやってきたせいもあって、今更距離の埋め方なんて分からなかった。それを埋めてきたのがこっちの有紀なわけで、俺としてはこの子との別れも寂しいという気持ちは出てしまう。
「私は凄く寂しい。このまま人格明け渡すのもなんだか嫌だなって思っちゃったんだ。…ああ、勿論明後日にはちゃんと明け渡すよ。でも、隙を見て表層に現れちゃおうかなって思う。」
少し悪戯っぽい笑みを浮かべつつもそう語る有紀。
彼女は有紀の元々の人格で、コミュ障な所もココから来てる。…まあ今回は知り合いばかりだったから普通だけど、良く考えたら会ったことがない魔女とは一言も会話してないんだよなこの子。
特に異性がらみでは全く交流を持ってこなかったようだけど、俺と触れ合う事で寂しいと思うようになったようだ。
「また暫く奥に引っ込んでおくけど、たまに出てくるから、その時にはまた可愛がってね?」
ドキっとするような目線。俺にはヤバイです。魔女には魅了の力でもあるんじゃない?
「わ、わかった。と、それでもう1つの話は?」
俺はごまかすように次の話を催促する。
「もう1つ話しておきたい事は『加護』について、だよ。」
「加護?って、有紀!?」
有紀がモゾモゾと俺の腕を枕にするように潜り込んできて、その覚悟が出来てなかった俺は慌てる。
何ヶ月経っても手を出せないのはへタレな気がしなくもないけど、普通だよな・・・。
「まあまあ、別に修司が何か減るわけじゃないし、良いじゃない。腕枕とか一度やってみたかったんだよね。」
有紀が笑う。でも彼女に触れてるところが熱い。有紀も恥ずかしい気持ちがあるんだろうか、体温が上がってるような気がする。
「加護は、本人の能力を一気に引き上げる特殊な力のことを言うんだけども、皆は女神の所に飛ばされて『女神の加護を受けている』訳だよね?でも修司は何も受けてない。」
「そうだな。それで『魔女の加護』という単語が出てたのは覚えているよ。」
それを俺に与えるという話も出てたな。
「そう、その話だよ。私が加護を付与しようかと思っているんだけど、どうだろう?」
「あんまりイメージしきれないな。どんな加護がくるんだろうか?」
「女神と違うのが『決められない』点かな、彼女達は自分の任意の能力を加護として与えられるけど、私がやる場合にはランダムになっちゃうんだ。…でも、ある程度方向性を定める事は出来るから戦闘向けの加護を与えるようにするよ。」
ほう、難しいような難しくないような…。
「でも、正直もう少しレベルアップしてからのほうが良いなって思う。もう一人の私も加護の与え方は理解してるはずだし、修司がもっと強くなってから付与すればいいかなって考えてたりするんだよね。」
と有紀が言いつつ柔らかい手を俺の首に回してくる。こういうの本当弱いね、俺。
「ちょっと…。」
俺は一応止めようとするが、当然本心から嫌がってるわけじゃないから力は入らない。
「いや、本当に今日は何もしないよ。触れて居たいだけだからね。…修司、私が魔女の加護渡すから、他の子から貰わないように断ってね。多分エミリーと陽光は修司に色々と興味持ってるみたいだからね。」
ああ、魔女の加護と言うのは1人からしか受けられないのか。
「女神のほうは複数の付与が可能だけど、やっぱりその辺も私達の加護は格下なんだよ。修司にはこっちに召喚されてから申し訳ないという気持ちばかりだね。」
申し訳ない、なんてずっと思ってたんだ?
これは2人の有紀に共通してる思考なんだろうけども、気にしなくて良いのにね。
「暫くは2人の魔女に修行させられるし、加護貰うのはその後のほうが良いかな?ああ、勿論有紀から加護を貰うつもりだよ。」
「うん、私も2人が何かしないように監視しておかないとね…。」
そんな必要あるかはわからんけどな。俺そこまでの対象としては見られていない気がするけども。




