魔女会5
女神の息が掛かった異邦人が支配者の間に入り、世界を直すというのが今回の召喚の意図ということは分かった。全部の納得は無理でも、なるほどねって感じだ。
「ちなみに放置するとどうなる?」
エミリーの話を聞いて魔女が一人質問をした。
「うん、良い質問だね。私がとある異世界を訪問したときに『次元科学』という分野で研究をしている学者がいて、彼の論文によるものだけども…。簡単に言うと『一度世界が消去されて、新しいルールで世界が再始動する』という可能性が非常に高いらしい。」
町を作るシミュレーションゲームがあったけど、あれで手詰まりになるところまで行ってしまったらプレイヤーはリセットボタンを押して、また新しくやり直すだろう。少なくとも俺はそうした。それに近い感じだろう。
で、何が問題になるかと言うと、結局全てが一度消滅するという点だ。
今ある文化も人もダンジョン、モンスターもひっくるめて全て一度消滅する。魔力とかも消滅する。
女神はそれを避けるために支配者の間を利用して今の歪みを調整したいんだろう。出来るのか知らないけど。
ただ、それはまずくないか?
ここにいる魔女達も同じく消滅するということだ。それならここの魔女の総力を以って支配者の間に向かえば良いのではないか?
「それは無理だよ。」
有紀が周りの邪魔にならないように小声で話す。
「私達はこの世界のルールに縛られた『不老不死』の特性がある。これは逆に言えば死ねない呪いだよ。」
先ほどのエミリーの話では世界の修復を行っても魔女としての特性は消えないだろうとの事だった。
特性というのは「歪みが人に対して固着してしまった状態」なんだとか。床の汚れを雑巾で落せるとしても、床の模様は落せない。そういう感じだな。摩擦で削るよう雑巾がけして模様を消した事がある俺がこういう例えを出すのも変な話だが。
魔女はその永遠の人生の中で魔女となった運命を呪う。そこに例外はない。
次元の魔女は他世界を渡る事で永遠の生について割り切る事にした。
陽光の魔女は自分の知的好奇心を満たし続ける事で乗り越えたし、新月の魔女は陽光というパートナーを得た事で生きることを肯定できた。
「割り切る」「生きがい」を見つける。こういったことが出来れば長い命も何とかやっていけるだろう。
だが、大半はそんな事も出来ず、ひと時の慰めに「転生」をさせて貰う。そうする事で「死」を体験する事は出来る。
ところが、それでも暫くすればまた死ねない事に対して絶望し始め、ついには魂のみ他世界へ飛ばし肉体は封印せずに捨て去るという方法で自殺(と言えるかしらないけど)する。
この自殺は実のところ「生を終わらせる唯一の方法」ではあるが、魔女の最も嫌う最期らしい。
「私達は生を全うしたいんだ。寿命と言う形で死ぬ事に憧れてるんだ。だからこそ、生きる事に絶望して肉体を捨てる形で終わらせるのは本当に最期の手段なんだよ。自分の生きてきた意味すら無にしてでも消えたいぐらい絶望した魔女の末路なんだ。」
そっか…。思った以上に魔女というのは悲惨な想いを抱えてるんだな。
でも、その話と今の世界を救う話との関連性は…?
と考えたところでエミリーは話を続ける。
彼女の提案は「魔女としては『支配者の間』には関与しない」というものだった。
会場はざわつく…と言う事も無かった。が魔女の反応は大きく分けて3つあった。
1つは世界が消滅することを心配している魔女達。翡翠の魔女もそこに該当していた。
彼女らは普通の人間との交流を持っているしコミュニティに属しているので、そのコミュニティの消滅に対する危機感を持ったようだ。だがエミリーの決定に対して異論を挟むことはないが、自分達の周りの人間に対する心配の声が出ていた。
もう1つは全く興味を持たない魔女達。
これは一度…もしかしたら何度も転生したのかもしれないが、エミリーよりも古参の魔女達の大半はこの反応だ。自殺するほどの絶望はしていないが世界が終わるならそれでOKという感じか。
彼女達は特に何の反応も示さない。
残りは1つは「支配者の間」を知り、目をギラ付かせる魔女達だ。
このまま普通に修復しても自分達は魔女のまま行き続ける事になるが…、もし自分達が支配者の間を持って新しくルールを作る事が出来たら?魔女から不死性だけでも取り除く事が出来るかもしれない。僅かな可能性でも賭けたいというグループだ。
彼女達はエミリーの方針に対して酷く不満な声を上げていた。
「まあこうなるよね」と有紀。
彼女も魔女である以上、エミリーの方針に従う事になっちゃうと思うんだけどな。
「支配者の間に至るダンジョンは一緒に行けるのかな?その辺りのライン引きもあとでエミリーに聞いてみようか。」
有紀は少し困った感じで俺に言う。でも俺としては別に女神から加護貰ったわけじゃないし、従う必要もないし、「世界を救う異邦人達」にカウントされたいとは思わないんだけどね。
「まあまあ皆落ち着いて!もう少し話を続けるよ!」
エミリーが声を発すると魔女達は大人しくなった。これが最強の魔女ってやつよ。
彼女が関与しない、とした理由はちゃんとある。
魔女の中には自分達の不死性を失わせ、天寿を全うさせたいと願う魔女が居るのも彼女は分かっている。だが一方で女神が持てずに居るこの世界に対する管理権限を手中に収めたいと野心を持つ魔女も居るというのも分かっている。そして危惧すべきは後者だ。
「私達魔女がもし支配者の間を目指せば、必ず女神達と対立する事になるよ。私達が女神達を好かないように、彼女達も私達は好ましく思っていない。どんな理由であれ『管理権限』を私達が持つことを避けたいでしょう。」
もし魔女が管理権限を持てば、ルールの書き換えでもしかしたら女神が影響を及ぼせる権限が無くなるように設定されてしまう可能性もある。女神達が恐れているのは恐らくその点だろう。
「で、もし、土壇場で女神が降りてきたら…。私達は秒で塵になるよ。…まあ再生力があるから、戻るには戻るだろうけども。そもそも、召喚…転生…どちらも異次元に対する干渉能力だけど、女神の能力は私よりも能力が断然上だよ。魔女のリーダーの私よりも上ということね。なので、女神と対立するような方針は得策ではない。」
次元の魔女エミリーは歴代の魔女で最も強い。というのも女神しか持てなかった「次元干渉能力」を持ち、制御できるだけの能力を持っているからだ。
ところがそのエミリーをして「自分より遥かに上」と女神の力を断じているわけで、女神との対立は「魔女が一方的に駆逐される」だけという事になる。
そりゃ関与したくないよな。
ただ、エミリーはもう1つ案を出した。
「消滅で自分の守りたいものまで消えるのを我慢しろ、とは言わないよ。自分の身内や仲間を一時的にヒルメルへ転送避難をするという手を使おうと思う。」
またザワつく。
ヒルメルは次元の穴が少し開いているところを広げれば移動可能だろう。まあ向こうの瘴気はビーナの人には毒だから、魔女が365日24時間結界を設置しないといけないが、このくらいは魔女にとっては苦にもならないだろう。そしてビーナが新しいルールで生まれ変わったところで戻せばよい、という感じか。
世界の消滅でコミュニティを失うことを恐れていた魔女達にとってはありがたい話ではないか?
魔女の中には不満そうなのもチラホラ居たが、参加した魔女の大半がエミリーの意見に追随したため表立った対立は無く、この話は終了した。
ここで出された方針に対する「強制力」は一切ない。そもそもこの魔女会に欠席している魔女もいるしね。
だからエミリーはあくまでも「方針に従って欲しい」程度の感じだけど、少なくとも参加した魔女の中にはエミリーにひと時の恩がある者が多いので方針に逆らう事はないだろう。
不参加の魔女はエミリーの影響外の魔女ばかりなので自由に動くだろうけど、いざとなったらエミリーを初めとした魔女達が物理的に止めるかもしれない。
「これはやっぱ…どこまでOKか確認しないと、うっかりライン越えて私が皆からボコボコにされてしまうかもしれない。」
有紀は心配そうに声を出していた。どの道確認はしておいた方がいいね。