アルカ村ダンジョン3層1週間後
<神城有紀の視点>
修司が武器を新調してから1ヶ月。
最初はボクが依頼をこなして宿泊費用を賄うこともあったけど、今じゃ3層の狩りはお手の物だ。
イノシシの攻撃は基本タックルだけど、修司はしっかりバックラーを使って受け流し、カウンター気味にショートソードで切りつける。
一発で倒せるほうが良いだろうけど、被弾しないことを優先した動きだ。
その繰り返しである程度ダメージを負わせれば、イノシシは撤退しようとする。
そこを魔術で仕留めれば良い。
この動きは1層から積み重ねてきた結果でもあるし、装備の質が向上した結果でもある。
とにかく地道だけどコレなら大きな怪我を避けられる。
しっかりとした動きが出来るようになってから、ボクは敵の位置を伝えるのを止めた。
もちろん不測の事態に備えて龍眼による索敵は欠かさないけど。
ボクは修司に申し訳ないという気持ちばかりある。
彼はきっと気にすることはない、と言うだろうけど。
転送された日、本来なら彼はクラスメイトと共に女神の加護を受けてこの世界に降りただろう。
でも修司とボクの距離は凄く近い。
女の子達に「ホモじゃない?」と噂されていたのも知ってる、もちろんそんなつもりで修司に接したわけじゃないけども、ともかくそのくらい親密だった。
だからこそ一緒にボクの元に来てしまったんだろう。
そのせいで、この世界で彼は凡人としてやっていかないといけなくなったわけだ。
ボクが修司に出来るのは冒険者としてのボクの経験や技術を伝えていくこと、まずはこれが第一だ。
『魔女の加護』という女神の加護の下位相互のスキルがある。
本当ならその加護を与えればかなり基礎があがるけど、加護を与えるか凄く悩む。
ボクとしては与えられるものは与えたいけど、王国で合流後に女神の加護を受けることができるだろうから。
もし、ボクが修司に魔女の加護を与えてしまえば、彼は女神の加護を受けることが出来ない。
加護と言うのは同質の力を持つ者に対して「この人は自分のものだから手出しするなよ」という印でもある。
その辺の話はいつかしなきゃいけないし、その時に修司の判断に任せよう。
それともう一つ。
1週間、二人で同じ部屋を借りているものだから、絶対修司は性欲溜まってるんだよなぁ・・・。
そう思わせないように振舞ってくれてるけど、ぶっちゃけトイレでヤってるよね?
これまた申し訳ないと思ってしまう。
自分が手伝ってやれれば良いんだけど、「ヌこうか?(キリ」なんて言えるわけが無い。
勇気がない、名前は有紀なのにね。
今は見て見ぬ振りする、いつか何とかするから、それまでごめんね。
でも修司から迫られたらどうしよう?
長い人生を生きてきたけど、魔女の力の制御だとかダンジョン攻略だとか、そういうのばかりだったから、結局男女の情事なんてぜんぜん分からなかった。
いや、確かに宿の隣の部屋だとかダンジョンの人気が無いところでアンアン聞こえたけどナニをしてるのかは分からなかった、転生して男として修司と拾ったエロ本みて初めて理解したぐらいには、ボクは何もしらなかった。
だからどうすればいいのか、全然分からない。
「うーん・・・。王国ついたら聞いてみるかな・・・。」
「ん?なにを?」
「いや、なんでもないよ、修司。」
つい独り言がでちゃった。
今は部屋で魔術の勉強をしている。
って言っても、ボクの持っているモノを伝えるだけで、あとは修司の中で馴染ませていくだけだけど。
今回伝えるのはウォールという魔術。
これは魔法には存在しない、というか少なくとも100年前には無かった。
対象(自分でも他人でも指定した人物)の前にバリアを張ってガードする、という魔術。
ハードスキンは防御力を上げるけど、こちらは1発分のダメージを丸々ガードするのでこちらのほうが防御としては優秀だ。
「今回のは使えるまで少し時間かかるかもしれないけど、ゆっくり馴染ませてね。」
先に教えた防御系の魔術に比べてこちらのほうが術式構築が少し複雑なので、実践で使うのは少し難しい。
ボクは息をするように発動するけど、修司はそうもいかない。
「この魔術は組み立て時間が少しかかるから、次回教える『キープ』と言う魔術を併用するんだよ。」
彼に解説をしてあげる。
キープはあらかじめ組み立てた魔術を発動させずに保留させる魔術で、これは魔法にも存在する。
大魔法の規模になると魔術と同じく発動まで時間がかかるらしく、その流れで向こうでも開発された、という流れのようだ。
ちなみに、魔法にウォールが無いのは、より短時間で発動できる「バリア」と「マジックバリア」があるからだ。
バリアは物理ガード、マジックバリアは魔法ガードで、用途を分けることによって発動までの時間を短縮させたらしい。
それにしても、何故ボクらは召喚されたのか?
ボク自身は「生を全うしたら戻ってくる」前提で転生しているけど、死んだわけでもないのに戻ってきているわけだ。
そして修司も・・・。
以前彼に話した内容の通り、この召喚は女神達・・・この世界に居る4人の女神による仕業に違いない。
女神単独でも1人ぐらいなら召喚する力はあるけど、その場合はボクがここに戻ってくるわけが無い。女神と魔女の力量の差は大きくても、異世界から魔女を引っ張ってくるほどの権限はない。
と言うことは、女神達全員が必要を感じたから召喚をした、と言うことになる。
クラスを対象とした召喚となったのは・・・女神達が必要とする人材が複数人同じ空間に居た・・・?
修司を見る、ゆっくりと術式の構築をしているのが分かる、もうすぐ発動まで行けるね。
ボクも修司も前の世界ではクラスの中で空気のように溶け込んでたから、いじめられることも無く、スクールカーストに組み込まれることも無く・・・ただ「居る」だけの日々だったから、女神達が必要とする人材を絞れるわけがないんだよね。
恐らく目的も、クラスメイトが知ってるだろうから、これも確認しないといけない。
問題はボクがクラスメイトに話しかけるだけの度胸があるか、ってことだけど。