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狭間の鬼神姫  作者: 廣本 涼
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第五章

狭間の鬼神姫、第五章を掲載します。

序章の注意事項をご理解くださった方のみ、この先にお進みください。

今回は短いです。


それでは、始まります。

 昼の蕎麦屋は、注文を取る店員の声や客達の話し声で大変騒がしかった。

 この店には昔からよく来ている。周りがざわざわしているので話をしていても人に聞かれる事が無く、話しやすい店だ。

 菊鶴と福野は席に座り、注文した蕎麦を待っていた。

 冷たい茶を一口飲んで、福野が「そういえば」と口を開いた。

「貸した本、そろそろ返してくださいね」

 菊鶴は首を捻る。

「忠助から借りてた本なんてあったっけ」

「ありますよ。半年前に貸した本が」

 しばらく家の本棚を頭に浮かべて探すと、端の方に借りた本を置いた記憶がぼんやりとよみがえってきた。

「……ああ、思い出した。あったあった。そういや、とっくにもう読んでいたんだった。ごめん、また返すよ」

「やっぱり、言わないと返してくれないんだから」

 福野がぶつくさと文句を言う。ごめん、と菊鶴はへらっと笑った。

 福野とは気が合う。本の貸し借りをしたりと、仕事上だけではなく友人としても付き合っている、良い相棒だ。菊鶴は不老が始まっているのでいずれは福野の方が容姿が年上に見えるようになっていくのだろうが、それでもこの穏やかな信頼関係は続いていくだろう。

「この店に来るのは久しぶりですね」

「最近忙しかったからなあ」

 一ヶ月前、とある村で起こった惨劇の後処理に、源魔対策対応課は最近までずっと追われていた。通常業務も行わなければいけないので、仕事は倍増だ。猫の手も借りたいとはまさにこの事だった。

 惨劇を引き起こすきっかけを作った視察の倒魔官二人は、五年前に村の視察に行ったあと、暫くして辞めている。二人共、他の部署から移動してきた者で、勤務態度はまあまあだった。良くも悪くも目立たない存在で、菊鶴も含めて五年前から対魔課で勤務していた者は今回の事があってから、そういえばそんな人達がいたなと思い出したくらいだ。そして現在は連絡が取れない。

「取り敢えず、課長達が責任を取らずに済んで良かったです」

「本当にね」

 現課長、副課長である和豊と藍沢が源魔対策対応課に来たのは、問題の倒魔官が辞めた後だ。彼らをあの村に送った問題には和豊達は関わっていなかった。なので、お咎めは無しという事になったのだ。当時の課長、副課長には話を聞いているそうだ。

 和豊と藍沢は優秀だ。それに、倒魔官達からの意見を聞き、必要があれば上に掛け合ってくれる。それで状況が改善した事が何回もあるので、菊鶴は二人が課長と副課長でいる事を望んでいた。和豊達が来る以前は、上に掛け合っても話を聴き入れてくれた事など殆ど無かったのだ。それが今は、全ては無理でも前からは考えられないほどに対魔課の意見が通っている。二人の交渉術はかなりのものだろう。

 注文した蕎麦が届き、二人は食べ始めた。

「科乃達は落ち込んでるけど、今回の事はまだ運が良かったよ。村人達が生きているうちに話を聞けたんだから。あと一日遅ければ、村人みんなが死体で見つかった状態で、何が起きたのかも分からなかったところなんだからさ」

「それでも、もう少し早ければ避難させられたんじゃないかと花菱さん達は思っているみたいですけどね」

「それはもう考えても仕方がない事だよ。よみがえりの術が調べてみたら実は強力な呪いだったって事も、最近になってやっと判明した事なんだから。あの時はそれが分からなかったでしょ。情報が無い中で、あの四人は最善を尽くしたよ。どうしても救えない事は、残念ながらある。大事なのは、その後どうするかだ」

「その通りですけど、菊鶴さんはそういう所は冷めていますよね」

 そう? と菊鶴は笑んだ。

 あの村の事件を受け、源魔対策対応課から全国の対魔分所に連絡をした。近くの対魔分所やその土地に異変が無いか確認せよ、という内容だ。異変を報告してきた分所や返事が無かった分所は五か所。それぞれに源魔対策対応課の倒魔官を二組ずつ派遣し、それぞれでよみがえりの術と称して呪いがかけられた死体を発見した。どれも、周囲から孤立気味な町や村だった。無理矢理にでも死体から人々を引き離して避難させ、問題の死体は灰になるまで燃やし、器を失い出てきた源魔を退治した。話を聞くと、どの町や村でも訪ねてきた術人の旅人からよみがえりの術だと言われ手順を教わったという。その旅人の容姿の情報を集めると、同一人物である可能性が高いと判断された。呪いの方法をよみがえりの術と偽って人々に教えているその旅人の行方も追っているが、発見するのは難しいと考えられる。

 あの村が見つかったのは、近くの町の分所に視察に行ったからだ。そこに行かなければ、死体の発見も無く、呪いがあちこちで発動してもっと被害をもたらしただろう。藍沢によると、村の倒魔官達が避難していた町の分所に視察に行かせる事を決めたのは、神領省の上層部から『偏りが無く視察に行けているか確認するように』などと珍しく源魔対策対応課を気にする発言があったからだそうだ。それを受け、五年近く行っていない分所を早めに視察に行かせようと和豊と藍沢は考え、その中の一つがあの町だったというわけだ。

「定期的に視察に行けば防げたことなのかもしれないけど、現状この人手不足では無理な話だからなあ。これで上の方もちょっとはうちに人員を回す気になるといいんだけどね」

「あまり期待しないでおきましょう」

 今までの事から考えて出てきた言葉だ。源魔対策対応課の冷遇がそう簡単に改善するとは思えない。そうだね、と菊鶴は同意した。


          *


 菊鶴は声を潜めて言った。

「そういえば忠助、ちょっと気になる噂を耳にしたんだけどさ」

「何です?」

「この間、統領の厳柳が突然辞めただろう」

 その時は国内がざわついた。心身共に調子を大きく崩し、激務に耐えられなくなったというのが公式の理由だった。その後すぐに人間の木津橋義晴きづはしよしはるが統領に就き、今は何事も無かったかのように落ち着いている。元々厳柳は、目立たない統領だった。

「でも厳柳は体調を崩したわけじゃなくて、本当の理由は統領を辞めざるを得なくなるような問題を起こしたからじゃないかって神領省内で言われてるんだよ」

 ああ、と思い当たったように、蕎麦を咀嚼しながら福野が頷いた。

「それは聞いた事があります。対魔課の中でも、何人かが言っていました。何でも、源魔に関する事で何かおかしな事をしようとして、それがばれたとか。本当なんですかね」

「省内の噂だし、そこそこ信憑性はあると思う」

 国の政を支える神領省の中での噂だ。巷で面白おかしく流れる噂とはわけが違う。

「それでさ、源魔に関する何かおかしな事と言えば、一ヶ月前のあの村の惨劇を僕は思い出すんだ。村に行って余計な事を吹き込んだらしい倒魔官達は五年前の視察の後に突然辞めて、何故か行方が分からない。それに全国を回って呪いの方法を撒いている旅人。これも人々に名乗っていた名前が偽名だった事が判明して、その正体が分からない」

 情報を集めても、倒魔官達も旅人も煙のようにふっと行方が消えているのだ。

「神領省が本気で探しても見つけられないなんて、おかしいと思わない?」

「つまり、厳柳さんがやっていたという『何かおかしな事』がよみがえりの術と称したあの呪いで、それを広めるのに使ったのが旅人で、村に争いを起こした原因の倒魔官達も厳柳さんの関係者で、彼らは匿われている。だから神領省が探しても見つからない。そして、厳柳さんはその呪いの事がばれて辞めさせられた、と言いたいんですか」

「凄いなあ忠助は。察しがいい」

 福野は呆れた表情になった。

「それはちょっと飛躍し過ぎなんじゃないですか」

「そんな忠助に追加情報だ。あの村を追い出された倒魔官に給料を流していた給与課の術人。あれも履歴書に書いてあった入省前の経歴を調べたら、全て嘘だったと判明したんだよ」

「また省内のあちこちの知り合いに聞きまくっていたんですね」

「情報は大事だよ。とにかく、あの村に関わっていた者で行方が分からなかったり正体不明な者が多い気がする。それに、一ヶ月前のあの事件があってから暫くして厳柳は辞めた。そして今回の源魔に関する事で問題を起こしたという省内の噂。どうも気になるんだ」

 うーん、と福野は考え込んだ。

「もし菊鶴さんが睨んでいる事が本当だとしたら、相当前から動いていたという事になりますね。あの村に旅人が訪れたのが六年前、倒魔官達が視察に行ったのが五年前、そして給与課の術人が村を追い出された倒魔官に給料を渡して村の存在を隠し続けた。倒魔官達や給与課の術人が本当に厳柳前統領に関係しているというのなら、彼らをその部署に配属したという事で、もしかすると人事部も何か関わっているかもしれませんね。倒魔官達が配属された後に、使えそうだと仲間に引き込んだという事も考えられますが……」

「あと、あの村の問題が発覚したのは近くの町に視察に行ったからだろう? あの町の視察は、あと一ヶ月くらい後の予定だった。それを課長達が早めたのは、上層部から視察に偏りが無いか、とか色々と言われたからなんだそうだ。普段、そんな事を言ってこない上層部が偶然あの時期に遠回しに早く視察に行くように、なんて言ってきたのは本当にただの偶然かな。それで時期を早めた視察先にあの町が選ばれたのは、偶然だろうけど」

 そうでないと、和豊や藍沢も関わっているという事になる。それはあまり考えられないし、考えたくもないと菊鶴は思った。

「もしかして、厳柳がやっていた事を知っていた人が神領省の上層部にいるのかもしれない」

 福野が眉間に皺を寄せた。

「そうすると、問題はかなり深刻になりますね」

「でも、これらは全て僕の推測だ。凄く怪しいと思うけど、忠助が言った通り飛躍した部分もある。だから課長に報告するのはまだやめようと思う。もっと固めてからでないと、報告された課長も困るだろうからね」

 そう言いながらも菊鶴は、あの課長達はこの程度の事くらいは可能性として考えているかもしれないなと思った。もしかすると、既に上層部を探っているかもしれない。

「じゃあ、暫くは様子見ですか」

 いいや、と菊鶴はニヤリと笑う。それでは時間が勿体ない。

「幸いにして、我が後輩にはあの苑条家の者がいる」

 それで福野は察したようだった。

「苑条さんに探らせるんですか。確かに苑条家は国の上層部に深く関わっていますし、厳柳さんの噂の真相を知っていてもおかしくないですが」

「もちろん、強請じゃない。お願いするんだよ。っていうか、もう頼んじゃった」

「いつの間に……」

「昨日だよ。あの村に関係しているかもしれないと言ったら、利輝も目の色を変えていた。救えなかった事を、よっぽど悔いているらしい。信頼できる家の者に探らせてみます、って言ってたよ。だから今は結果待ち。もし上手くいけば、省内でちまちま情報を探るよりよほど確実で重要な話が手に入る。そうしたらもう少し推測もしっかり固められるだろうさ」

 福野が苦笑いを浮かべる。

「重大な秘密を知ってしまって消される、なんて事が無いように気を付けてくださいね」

「大丈夫だよ。僕はいつだって慎重さ。もし上層部すらも関わっていた重大な事なら、絶対に暴きたいなあ。末端の部署が組織の闇を暴く、なんて最高に格好いいと思うんだよね」

「普段の冷遇の恨みをここで晴らしたいという事ですか」

「さあね?」

 菊鶴はとぼけて笑って見せた。

第五章でした。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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