目が覚めると
ガタガタと音がする。体が小刻みに揺れる。まるで馬車にでも乗っているみたいだ。そう、あの日のように……
「――――――っハッ!……?馬車に乗っている?でも、俺は確か吊り橋で……夢、だったのか?」
もう森の中ではなかったので、町まであともう少しだろうか。
外の様子が見たくて身体を動かそうとすると、全身に痛みが走った。特に右足が酷い。
「いっ……!……夢じゃ……ないのか。なら、ここはどこだ?」
痛んだ右足を見ると、丁寧に包帯が巻かれており、他に怪我をしたところも手当てされていた。
全く状況が掴めない。頭が混乱して、しばらく動けずにいると、ゆっくりと馬車が止まった。
「おーい、物音がしたんだけど、目が覚めたのかな?」
そういう声とともに、俺のいる荷台に一人の女性が入ってきた。
肩くらいまである少し色素の薄いピンク色の髪を、ふんわりと三つ編みで二つにくくっている。頬には少しソバカスがあり、大きな丸い黄緑色の目と合わせて、活発さが滲み出ている。
「あ!やっと目が覚めたんだね!良かったー。やぁおはよう!名前の知らない誰かさん!」
……うん、予想通りだ。
「あ、あぁ……おはよう。えーっと……」
「私はリンカ。リンカ=アストラスだよ。よろしくね!」
「リンカか。俺はレン=ディオ……」
そこで俺ははたと気づいた。本名を名乗ると、色々とまずいのではないだろうか。名前=家名という形が一般的で、俺のように家名が2つあるのは珍しく、高等貴族か王族ぐらいしかいないのだ。
絶対に怪しまれる。それに俺は一応罪人という事になっているし、仕方ないか……
「俺は、レン=ディオルガンだ。よろしく。えっと……この怪我の手当は、リンカがやってくれたんだよな、ありがとう。」
「ううん、気にしないで!かなり酷い怪我だったから、放っておけなかっただけだから。まさかあんな所に人が倒れてるなんて思わなかったから、ビックリはしたけどね!」
あんな所……?そうか、俺は川に落ちたから、流されて普通は人が通らない所まで行ってしまったのだろう。
「馬車で移動しながらでいいから、俺を見つけた時のことを教えてくれないか?」
リンカの話によると、どうやら俺はマストニアとその真上にある国、ファーラントの境にある川の下流まで流され、ファーラント領に入り込んでしまったらしい。
リンカはフェアラート領に属する商人のようで、川で水を飲もうとやってきた所、倒れていた俺を見つけたらしい。
身元が分からなかったため、一番情報の集まるフェアラートへ行き、俺の情報を探すつもりだったらしい。
リンカが俺を見つけてから数日たっており、あともう少しでフェアラートに着くようだ。
「その……すまなかった。色々と迷惑をかけてしまったみたいで……」
「いいんだって!困った時はお互い様って言うじゃん!それに、只事じゃないって思ったからね。体中傷だらけだったし。……あぁ、そうだ。はいこれ。」
手渡されたのは城でマシュダルから貰った俺の相棒だった。あの日の事が遠い昔のように感じる。……そうか、俺はもうあの城へは帰れないのか。
そう思うと、胸が苦しくなって、気がついたら目から涙が溢れていた。
「あれ……?なんで……」
「ちょちょ、ちょっとレン大丈夫!?え、何?これ、泣くほど見たくないものだった!?ご、ごめん!」
「違う、違うんだ。……そうじゃないから……。」
俺は剣をぎゅっと抱きしめた。魔力を吸収して温かくなった刀身が、心を落ち着かせてくれる。
「……よく分からないけれど、レンにとって大事なものなんだね。川辺で倒れている時も、その剣だけだけは手放さなかったし。」
「……あぁ。すごく、大事なものなんだ。」
ぐぅぅぅぅぅぅぅ
「「……………………」」
豪快な音。どうやら俺の腹かららしい。
雰囲気もぶち壊しだ。数十mぐらいの穴を掘ってもぐりたい。走っている馬もヒヒィィンと鳴いた。……おい、馬鹿にしているのか。
「……ぷっ、アハハハ!!そうだよね、今までずっと眠ってたんだもんね、そりゃお腹も空くよ!大丈夫、美味しい物はすぐ食べられると思うよ。あっち見て!」
そう言ってリンカが指さした方を追って見てみると、そこには、大きな門に立派な城壁で囲われた街が見えた。城門の向こう側には赤・青・緑・黄色……様々な色の屋根の建物や、テントが見える。
「あれが、我らが中立国フェアラート!フェアラート領のど真ん中にあって、いろんな国から商人が集まっている、いわば商業の街!各国の名産品から物珍しい物まで、なんでもそろっているんだよ!……って、そのぐらい知ってるか。」
リンカは少し恥ずかしそうに笑った。自分の国のことだから、つい熱く語ってしまったようだ。でも、その気持ちはすごく分かる。俺もマストニアが大好きだからな。
「あぁ。でも、本で読んだことがあるぐらいで、実際に見るのは初めてだ。」
「そっか、じゃあ入ってすぐは驚いて動けなくなっちゃうかもねぇ。」
「いや、さすがにそれはないだろ。」
そんな事を話しながら、門を通るための列に並ぶ。門番が優秀なのだろう、すぐに俺達の番になった。
「次の者、こちらへ。」
門番は俺達を呼ぶと、片手に持てるほどの大きさの水晶を差し出した。それにリンカが手を当てる。
「さて、入国の目的は?」
「商売のために、他国からの商品の運搬です。」
「所属はどこだ?」
「フェアラートです。」
「なるほど……そちらの少年は?」
「こちらに来る途中で知り合った者です。この国は初めてのようですよ。」
「ふむ……おい!そこの少年!」
「あっ、えっ、はい!?」
完全にリンカに任せていたので、急に俺の方に話が飛んできて驚いてしまい、変な返事をしてしまった。くそ恥ずかしい……
しかし、門番はそんなこと気にも止めないかのように俺に近づき、言った。
「フェアラートへようこそ!」
門番はその厳つい鎧姿には似合わないような、満面の笑みを浮かべていた。