引き離される思い
ガタガタと軽快なリズムを刻みながら、俺を乗せた馬車は木々が生い茂る森の中を走っていた。
ルシエールに行くには、この森を通り、吊り橋が架かった川を渡らなければならない。
空からは心地良い陽が差し込み、木漏れ日となって俺を照らしている。
「ふぁ……眠い……。兄さんが言っていた通り、平和な森だな。野生の魔物がいる様子がどこにもない。」
魔物が出てきたらちゃんと戦えるか自身のなかった俺は、少しほっとした。
「ルシエール……どんな町かな。」
道中に見たマストニアは話で聞いていた通り、配管まみれで機械で溢れた、賑やかな街だった。ルシエールも機械がたくさんあるのだろうか。それとも、全く別の想像出来ないような物で溢れているのだろうか。
……自然と胸が高鳴っていくのを感じた。
どうにも気持ちが落ち着かない。
「一眠りすれば、少しは落ち着くかな。」
さすがに浮ついたまま任務をするのもいけないだろうと、俺はゆっくりと目を閉じた。
どれくらいそうしていただろうか、ふと意識の遠いところから別の馬の足音が聞こえてきた。
「ん?俺達以外にもルシエールに行く人がいるのか?どれどれ……」
頭がハッキリしない中後ろの様子を見てみると同じように馬車が……という訳ではなかった。
「あれは……マストニア騎士団!?」
俺の目に映ったのは馬車なんかではなく、全身を赤を基調とした鎧を身につけ、馬に乗ったマストニア騎士団の者達だった。
3人ほどしかいないが、少しずつスピードを上げこちらに近づいてくる。
「ははーん……何だかんだ言って、兄さんも心配だったんだな?わざわざ俺に内緒で護衛を付けるなんて―――――」
……何かがおかしい。
護衛を付けることを俺に秘密にする必要は無いし、秘密にするとしてもこんなに堂々と後ろを追ってくるはずがない。そもそも……
――――――何故剣をこちらに向けている?
「……っ!おい!馬車のスピードを上げろ!!」
「えっ、スピードをですか!?」
「後ろからマストニアの騎士が追ってきている!」
「?我々の騎士団なら、逃げる必要はないのでは……?」
「分からない、分からないけれど……捕まったら駄目な気がするっ……!いいから早く!!」
俺の焦った声に驚きながらも馬車はスピードを上げた。馬車から見える森の景色が一気に変わっていく。
より強くなった風に耐えながら俺は後ろを振り返る。
どんなにスピードを上げたところで所詮人を運ぶための馬。騎士団と共に戦うために鍛えられた馬から逃げられるはずもなく、あっという間に距離を詰められてしまった。
「もっと早く走れないのか!」
「これ以上は無理です!!」
ギシギシと何かが軋む音が馬車からは聞いたことのないほど大きな音で響き出した。
どうすればいい、どうすれば……!
遂にすぐそこまで近づいてきた2人の騎士が、俺達の馬車に飛び移ってきた。
騎士が馬車に降り立ったと俺が認識した瞬間、騎士のひとりが俺との間合いを一気に詰めてきた。
頭が真っ白になりながらも俺はとっさに剣を抜き、騎士の剣筋を受け止める。キーンと高い音が鳴り響く。
次の瞬間、背後からもう一人の騎士が切りかかってきた。
目の前の騎士に集中してしまった俺は、振り返ることができずそのまま身を屈めた。ギリギリ避けることはできたが、剣が空を切る風圧が髪のすぐ上を掠めた。
「1対2は反則だろ……!」
目の前にハラハラと落ちてくる髪にヒヤリとしたが、そのお陰か少し頭がスッキリしてきた。
俺は身を屈めたまま背後からきた騎士の足をはらい、相手のバランスを崩した。そしてすぐ思いっきり騎士に体当たりをし、猛スピードで走る馬車から突き落とした。
うぅ……
自分の国民を突き落とすのには胸が痛むが、そんなこと言ってられない。
俺は一息付き、残った騎士と向き合う。相手は一瞬怯んだように見えたが、再び剣を構え俺をじっと睨んできた。
「お前ら……一体誰に剣を向けているか、分かっているのか!」
「もちろん、分かっていますよ……レン殿下!!」
騎士はそう叫び、俺に切りかかってきた。
キンキンっと何度か剣同士がぶつかり合う音が鳴り響く。
受けきれなかった剣筋が、少しづつ俺の皮膚を切っていく。
相手は鎧を着ているため、こちらの攻撃はなかなか通らない。
相手に押され、馬車の中心から少しづつズレていく。
どんどん力が入りにくくなっていくのを感じる。
でも、まだだ……まだ耐えろっ……
無我夢中で耐えていると、突然ぴたっと相手の攻撃が止んだ。
どうやら、なかなか倒れない俺に痺れを切らしたようで、俺に狙いを定めると声を上げながら、こちらに突進してきた。
―――――きたっ!
俺はそれをギリギリで躱し、騎士の背後に回る。そして相手の背中を全力で蹴飛ばした。
突進の勢いで止まることができなかった騎士は。そのままバランスを崩し馬車から落ちていった。
「はぁ……はぁ……。これでも一応、元騎士団長さんに…鍛えられたんだ……。そう簡単に負けてたまるかっ……!」
戦いはいつだって耐えとタイミングが大事だ。決して相手のペースに呑まれるな。
いつだったか聞いたケヴィンの話を思い出す。
……おっと、のんびりしている場合じゃないな。
俺は息を整え、顔を上げる。
ふと馬車が走る先を見ると、吊り橋が見えてきていた。
「もうこんな所まで来てたのか……あっ、そうだ!おい、お前、大丈夫か?」
御者がいるはずの方を向く。俺が狙われていたみたいだったが、御者の方も襲われているかもしれない。
そう思い、近寄って声を掛けたが、御者は特に怪我もしてなさそうだ。
「良かった……。それにしても急に襲ってくるなんて……兄さんに確認しないと……っ!?」
気が付くと御者が握りしめた剣が、俺の頬を掠めていた。
咄嗟に俺は後ろに下がり、ゆっくりと立ち上がる御者を見つめる。頬からはなにか生暖かい物がつたって落ちていく。
「……お前も、なのか?何故…何故なんだ!どうして俺を殺そうとする!」
「それは……殿下自身が一番よく分かっていらっしゃるのではないのですか?」
「何……?」
「……俺は騎士だ。陛下の命令は絶対に果たさなければならない。それが、どんな命令であったとしても」
それは小さな声だったが、俺にははっきりと聞こえた。
しかし、その後御者は俺に剣を向け、大声で叫んだ。
まるで、何かの迷いを振り払うかのように。
「罪人レン・ディオ・オストルフ!国王の座を狙い、国王セレス・ディオ・オストルフに手をかけようと目論みた罪として、ここで処刑する!これは……陛下からのご命令だ!」
「罪人……?俺、が……?」
何を言っているのか分からなかった。分かりたくなかったし、分かったとしても信じたくなかった。
そんなこと、あるはずがない。
「な、何を言っているんだ!俺はそんなことをした覚えは―――っぐ!」
突然、右足に激痛が走った。後ろを振り返ってみると、まだ残っていた騎士が馬車を追いながら弓を構えていた。
そういえば、まだ騎士が一人残っていた……くそっ!すっかり頭の中から抜けていた!
魔法を付与していたのか、どんどん力が抜けていく。
そのまま俺は抵抗もできず、吊り橋のほぼ真ん中で馬車から突き落とされてしまった。手足に力が入らず、身動きがとれない。
御者は馬車をUターンさせ、来た道を戻っていく。途中で俺が落とした騎士達を拾い上げ、吊り橋がを渡りきる。
俺はそれをただ見つめることしかできない。
「くそっ!動けよっ……!動けよ俺の身体……!」
吊り橋を渡りきった御者は、馬車を止め、橋の入口に立った。そして先ほど俺に向けていた剣を、今度は吊り橋のロープに向ける。
「ま、まさか……おい!止めろ!!」
御者がしようとしていることに血の気が引いていく。俺は身動きがとれないのに、このままじゃ……
俺は全力で叫んだ。その剣をしまえと、俺は何もしていないと。
だが、その声は御者には届かなかった。
御者は剣をギラリと光らせながら、遂にそのロープを断ち切った。次の瞬間、支えを失った吊り橋が凄まじい音をたてながら、ガラガラと崩れ始めた。
「なんで、こんなこと……何でだよっ……何でなんだ、兄さんっ!!」
俺の悲痛な叫びは、橋が崩れていく音にかき消され、誰にも届かず空気に溶けていった。
体が宙に浮く。俺は成す術も無いまま橋だった木屑達と伴に川の中へと落ちていった。
―――――その時、雲一つない真っ青な空の中、一際目立つ真っ黒な何かが見えた。俺はそれを最後に、意識を手放した。
窓の外から、俺の使い魔である1匹の真っ黒なコウモリが飛んできた。
「……そうか、川に落ちたか。」
これでいい。これでいいんだ。でも―――――
コンコンと扉をノックする音がした。それに驚いたのかコウモリは陰に溶けて消えていった。
「……カールか。」
『あれぇ?ちゃんとノックしたから、僕だと分からないと思ったんだけどなぁ。』
「ずっと一緒だったんだ。嫌でも分かるさ。
……なぁ、お前なんだろ?あいつがあの本を見るように仕向けたのは。」
『なんのことかな?僕はただきっかけをあげただけだよ。君の部屋の扉を少し開けてね。
……何でそんなことをって言いたげだね。』
「そんなことない。」
『セレスは顔に出やすいんだよ。昔からそうだ。……正直、最近の君の行動は少し気になってたんだ。地上でどんな人生を送っていてもいいけれど、もしかしたら彼に絆されて、僕達の使命をわすれるんじゃないかって。 まぁ、それももう過ぎた話だ。彼は死んだ。これで君は使命に集中することができる。めでたしめでたしってね。』
「俺に決別をつけさせる為に、あんな回りくどいことをしたのか?」
『大正解!こういうのは自分で決着をつけるべきでしょ? 』
「まんまとお前の策略にハマったってわけか。……悪趣味な奴だ。」
『褒め言葉として受け取るよ。……おっとそろそろ時間だ。さぁ行こう、みんな待ってる。頼りにしてるよ?リーダー。 』
「あぁ……。」
決別をつけなければならない。俺は期待に応え、使命を果たさなければならない。どんな手を使ってでも。それでも、心のどこかで願わずにはいられない。身勝手だと言われるかもしれないが、どうか……
生きていてほしい。
切りのいいところまで……ということにしたら、いつもより多くなりました。
遂に第1章が終わりました。次回から本格的にレンの冒険が始まります!