狂い始める歯車
俺は相棒となった剣を腰に携え、浮ついた足取りで廊下を歩いていた。しばらくすると、兄の部屋が見えてきた。
「あれ…?兄さんの部屋の扉が開いてる。いつもは閉まっているはずなんだけどな…」
兄はあまり自分のことを話さないし、部屋にも誰もいれない。
自分の領域は徹底的に管理する人だ。そんな兄の部屋が開いている。
俺は気づくことができなかった。その事が、どれだけ異常なことだったのか―――
「……少しくらいいいよな?ずっと一緒に住んでいるのに、兄さんのこと意外と知らないし。」
もっと兄のことをしりたい。その好奇心を抑えられず、兄の部屋へ一歩、また一歩と近づく。
「失礼しまぁす……うわ、本ばっかり…!」
そこには、天井まである大きな本棚が整然と並び、これでもかと本を敷き詰めてある。本棚に入りきらなかったのか、床にも本がいくつか積み上がっている。
「部屋っていうより図書館だな……いや、本の森か。」
しばらく部屋を見ていたが、どれも難しそうな本ばかりだったので、すぐ飽きてしまった。
「本は本でも日記とかあれば良かったのにな。この部屋じゃ、兄さんが本好きってことしか分からない。」
ハァとため息をつき、側にあった机に寄りかかった。その時、肘が机の上にあった本の山にぶつかってしまった。
「あっ、やばっ……!」
時すでに遅し。本の山はバランスを崩し、ドサドサと音を立てて盛大に崩れてしまった。
「あちゃー……やらかした。元に戻せるか?いやでも順番なんか覚えていないし……」
これは諦めるしかないな。とりあえず、一冊ずつ机の上に置いていこう。……はぁ。
椅子に登り、自分の背より高く積み上がった本の山に、また一冊本を置く。
「ふぅ、これでようやく半分か。結構しんどいな、これ。」
一冊一冊が分厚く重たいので、かなりの重労働になった。
でも、ゆっくり休んでいる暇はない。いつ兄が部屋に戻ってくるのか分からないのだ。急がなければ、勝手に部屋に入ったことがバレてしまう。
「さて、次はっと……ん?何だこの本。」
何気なく目に入った本は、見慣れない文字で書かれてあった。
「全く読めない……兄さんにはこれが読めるのか?頑張って解読すれば俺にもよめるかなぁ。……そうだ。この間の“あれ”試してみよう。」
“あれ”というのは、数日前にマシュダルが教えてくれた魔法のことだ。
“記憶魔法”と呼ばれていて、対象を魔素自体に記憶させ、それを可視化させることによって、いつでも写真のように見ることができる魔法だ。
一般的には知られていない、珍しい魔法らしい。機械の構造や設計図などがいつでも見れて便利だからと教えてもらった魔法なのだが……何故そんな魔法をマシュダルが使えるのかは教えてもらえなかった。
記憶魔法を使いながら、1ページずつめくっていく。
「んー……やっぱり読めないな……。あ、これだけ読める。」
ページの端には兄の手書きだろうか、一言だけペンで書き加えられていた。
『選べるのは、一つだけ』
「……?この言葉、どういう意味だ?」
その見慣れない言葉と、兄が記した不可解な言葉に気を取られていた俺は気づかなかった。ゆっくりと近づいてくる足音に……
「――――――レン?」
「――――っ!?兄さん!」
俺は慌てて本を閉じ、兄と向かい合った。
「見かけないと思ったら、こんな所にいたのか。」
「あはは……まあな。落とした部品が兄さんの部屋に入っちゃってさ、探してたんだ。ほらっ。」
そう言って、マシュダルから貰った部品を見せる。部品持っていて良かった……。
「………………」
「……兄さん?」
「あぁ、いや何でもない。それで?部品を探していたら本の山にぶつかって、大惨事になったと。」
「あ……そうなんだよ。部屋散らかしちゃってごめん、兄さん。」
「いいよ。元から散らかってたし、後は俺がやっておくさ。お前、この後剣の稽古があるんじゃなかったか?」
「あっ!!」
すっかり忘れていた。時計を見ると、稽古が始まるまであと数分しかない。ケヴィンは元騎士だからか、時間にはやたら厳しい。
「遅れたら説教2時間コースっ……!じ、じゃあ俺行くわ。あと宜しく兄さん!本当ごめんな!」
「おー、稽古頑張れよー!」
部品の入った袋と、新しい相棒を持ち、全力で駆け出す。
そうだ、新しい相棒をケヴィンに見せてやろう。きっと羨ましがるに違いない。
慌ただしく弟が出て行った部屋は、急に太陽を失ったかのように暗く、静かになった。
「あいつ、見たのか……これを。」
何よりも大切なもの。俺がここにいる意味を示すもの。
『彼にはこの文字は読めないみたいだったね。いやぁ、不幸中の幸いってやつだ!』
他に誰もいないはずの部屋に、聞きなれた声が響き渡る。
『でも、不安の種はどんなに小さくても潰しておかなきゃ。……失敗は許されないんだからね。』
「分かっているさ。それが俺の使命、俺がここにいる意味だからな。」
『……分かっているならいいんだ。』
――――もう声は聞こえない。再び部屋に静けさが戻る。
時を刻む時計の音が、これは現実なのだと、俺に訴え続けていた。
遅くなりました、すみません!
ようやく話が動き出しました。ここからどんどん物語は進んでいきます!