繋がり
「嘘だっ…!ウソだ!!」
あれは、今から六年ぐらい前。
幼かった俺は、その事実を受け止めることができず、不安・怒り・恐怖・絶望・悲しみ、そんなものが混ざったどうしようもない気持ちから逃げたくて、ただただ走っていた。
前をよく見ないで走っていた俺は、歩いていた兄に気づかずぶつかってしまった。
「うぉっ!……いってぇ、一体何が…ってレン!大丈夫か!?そんなに泣いてどうした!怪我でもしたのか?どこが痛いんだ?」
「兄……ちゃん、うぐっ……お、俺…グズッ…弟……違うって……」
泣きながらも必死に紡いだ言葉を聞いた兄は、表情を強ばらせた。
「……誰から聞いた?」
「さっき……:メイドさん達が…話してるのを……グスッ聞いて……」
「…そっか、レン、ごめんな」
そう言って兄は俺をそっと抱きしめた。
「こんな形で知るんだったら、もっと早く言うべきだった。本当にごめん……辛かったよな。」
俺は我慢できなくなって、大声を上げながらただ泣いた。一通り泣き終えてから、俺は兄から離れ、向かい合う形になった。
兄の真剣な眼差しは、これから話されることの重さを感じさせた。
「レン、よく聞けよ。レンがさっきメイドから聞いた通り、お前は……俺達、オストルフ家の血を受け継いでいない。お前の鮮やかな赤い髪も、透き通るような緑の目も、俺達とは全く違うんだ。俺とお前は……本当の兄弟じゃない。」
そう言い切った兄を、あの頃の俺はどんな顔で見ていたのだろう。まぁきっと、かなり酷かったに違いない。
「……ちょっと昔話でもするか。俺が、ちょうどお前くらいの時だ。」
そういって、兄はポツリポツリと話し始めた。
「その日は、朝から城内が騒がしかった。執事やメイドが忙しなく動いていて、父も母もどことなくソワソワしていたんだ。聞くと、50年に一度ある、ファラートからの養子を受け入れる準備をしているそうだった。レンも聞いたことぐらいあるだろ?」
「うん……国の接点…だっけ?」
合っているか自信はなかったが、兄は満足そうな顔をしていたので、大丈夫みたいだ。
「さすがだな!その年が、マストニアが国の接点を授けられる年だったんだ。それから数日後、俺達の元に赤ん坊がやって来た。鮮やかな赤い髪に透き通るような緑色の目……それがレン、お前だったんだ。」
俺は、兄が告げる事実に呆然としながら聞くことしかできなかった。今まで本物だと信じて疑わなかったものを、全て否定されたようだった。
じゃあ、今までの日々は何だったんだ?皆、俺にずっと嘘をついていたのか?悪い考えしか浮かばない。本当は、俺なんか―――
「最初は俺も戸惑ったさ。母にいきなり弟ができましたよーなんて言われて。でも……―――うん、嬉しかったんだ。」
「え……?」
思わず顔を上げて、兄の顔を見た。そこには、あの日を懐かしみ、どこか幸せそうな兄の顔があった。
「レンは覚えていないだろうけど、俺ははっきり覚えている。初めて目を開けたお前は、俺を見て、笑ったんだ。知らない人ばかりで泣いたっていい状況だったのに、お前は楽しそうに笑った。それだけで、不安とか、戸惑いとか、全部消し飛んだ!
レン、確かにお前は、俺達とは血が繋がっていない。でも、だからといって、家族になれない訳じゃない。周りから指差されようが、悪く言われようが、俺はお前の兄でいたい。家族でいたい。
……お前はどうなんだ?レン。」
兄の言葉一つ一つが、深い海の底に沈み込みそうになっていた俺の心に光を照らし、染み込んでいった。まるで白黒になっていた世界が色付くように、じんわりと、けれど確かに俺の心に広がっていった。
それと同時に、もう枯れ切ったと思っていた涙が、また溢れ出した。
「お、おれも、かぞくが…いい、いっしょが……いい!」
「うん…ありがとう。父さんも母さんも、同じ気持ちさ。みんな、一緒だ。」
それから後の事は、よく覚えていない。きっと泣き疲れて、眠ってしまったのだろう。
あの時の兄の言葉があったから、今も俺は、こうして城の中で暮らせている。大好きな家族と一緒に……。