はじまりの話
「ここを……こうして……」
真っ暗な部屋の中、カチャカチャと響く音。鮮やかな赤髪は動くたびにゆらゆら動き、透きとおった緑色の眼は真剣に目の前の物を見つめていた。
ぼんやりと明かりを灯しながら、俺はある物を作っていた。
「もう少し……んで、最後に……」
キュッキュッとネジを絞める。待ちわびた完成に、自然と笑みがこぼれる。
「──っできた!ついに出来たぞ!!」
興奮で心臓がドクドクとうるさい。顔が熱い。完成したばかりの機械を手に持ち、高く掲げる。その手は完成した喜びからか、はたまた達成感からか小刻みに震えてしまう。
「──っ!やったあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そう叫んだ瞬間、部屋の扉がバンッと大きな音をたてながら勢いよく開き、大きな声が響き渡る。
「うるさぁぁぁい!!今何時だと思ってるんだ、レン!とっとと寝ろ!」
「ぐっ……ごめん兄さん……」
このレンと呼ばれた人物こそ、この物語の主人公、つまり俺、レン=ディオ=オストルフだ。
太陽が登り、小鳥のさえずりが聞こえだし、静かだった街から人や機械たちが働く音が聞こえ始めた。
新しい朝がきたこの国、マストニアは、近くに石炭と鉄山があるため、機械が他国と比べて発達している。この国の中央には、周囲を圧倒するような巨大な建物がたっており、大きな歯車がトレードマークのその建物は、マストニアを象徴する城である。
その城の一画に設けられている中庭から、金属同士が弾き、擦れ合う音が響いていた。
「でやぁぁぁぁぁ!!」
今日は朝から剣の稽古をしている。
俺は、両手で剣を振り下ろしたが、相手は軽く受け流し俺の懐に一気に入り込み、剣を横に振ろうとした。
「──っ!やばっ!」
キィィィィン
「……咄嗟に剣で受け止めたか…ふむ、反応はいいのですが、剣の使い方がまだまだ荒いですぞ、レン殿下」
俺は息も切れ切れなのに、全く疲れた様子を見せていないこの老人の名は、ケヴィン=アレウス。かつて、マストニア騎士団第一騎士団隊長だったが、今はもう引退しているらしい。
──騎士についてよくは知らないけれど、とてもすごい人らしい。よく分からないけど。
「ハァ……ハァ……剣の扱いが、荒い…?」
「無駄な動きが多いのです。脇はしっかり締めて、何処を狙うか剣を振る前にしっかり見定めて、一つ一つの動きに意味を──」
あぁ……始まってしまった。ケヴィンは歳のせいか話がとても長い。いつもはなんとか話を変えて逃げてはいるが、今回はどうするか……
「レン殿下ももう15歳、大人の仲間入りをしているのですから──」
剣とは全く関係のない話に逸れてしまい、うんざりしていると、こちらに向かってくる人影が見えた。深い赤髪と澄んだ黒色の眼を持つ青年だ。
「おーい!レン!ケヴィン!!」
「兄さん!」
「これはこれは、セレス陛下ではございませんか。公務に出かけていたはずですが、今お帰りで?」
「あぁ、予定よりも早く終わったんでな。」
俺が兄さんと呼んだあの人は、セレス=ディオ=オストルフ。マストニアの現国王だ。俺達の父である前国王は、病のためにもうこの世にはいない。今は母が女王として国を治め、兄が国王として母のサポートをしている。
兄は頭が良くキレ、剣術が上手ければ魔法も上位魔法まで使える。俺の自慢の兄だ。
おっと、1人思いふけっている間に、二人の話はいつの間にか剣の稽古に戻ったようだ。
「んで、レンの調子はどうだ?ケヴィン。」
「なかなかいい反応をするようになりましたぞ。しかし、まだまだ一つ一つの動きに集中できていないようで、そこが今後の課題になるでしょうな。」
ケヴィンは課題があるといいながらも、どこか楽しそうに話している。……これは変に期待されているのか?正直やめて欲しい。俺には重い。
ケヴィンの話を聞いていた兄は何かに気づいたのか急にこちらを向いた。
「集中って……レン、お前昨日の寝不足が稽古に響いているんじゃないのか?夜遅くまで機械弄りをして……そんな事ばっかりしてないで、ちゃんと寝ないと。」
そ、そんな事!?俺の愛する機械たちを、そんな事呼ばわりするなんて、たとえ兄でも許さん!
呆れたように言う兄に、俺は思わず声を荒らげてしまった。
「兄さんには分からないのか!?いいだろう、ならば俺が機械の素晴らしさについて教えてやる!徹底的にな!!まず、昨日作っていたこいつは……」
「あー!分かった!分かったから!!お前の作る機械はどれもすごいよなー!兄さん感心しちゃう!立派な弟でいてくれて、兄さんは嬉しいなー!」
物凄く白々しいが、俺は敢えて気にしないことにした。
俺がため息をついたその時、兄の護衛と思われる騎士がこちらにやって来た。
「陛下!そろそろ時間であります。次の公務に関する資料に目を通して頂きたいのですが…」
「む、もうそんな時間か。すぐ行く。…あまり構ってやれなくて悪いな、レン。ケヴィン、後の事は任せたぞ。」
「かしこまりました。」
「兄さん、頑張れよ。」
じゃあなと言いながら、兄さんは中庭を後にした。
全く、忙しない人だ。
兄さんを見送った俺達は、稽古を終わりにしてそれぞれ自由にする事にした。
ケヴィンはこの後、城で勤務している騎士達と話をするそうだ。
「さて、俺はどうするかなー」
特にすることもなく、城の中をぶらぶら歩いていると、ふとある肖像画が目に入った。
男性と女性がこちらを向き、笑いかけている絵だ。描かれているのは前国王と現女王──俺の父と母だ。どちらも幸せそうに笑っている。……深い赤髪に、闇夜のような黒い眼で。
俺だけが、みんなと違う。普段はあまり気にしていないが、ふと、思い出す時があるのだ。
あの時のことを──
最初の方は説明が多めになると思います。
世界観を知っていただければと……