星の子
宇宙や星、流れ星。小さい頃から大好きで、空の向こうの星たちに手が届けば良いと思っていました。大切な何かをさしだす。尊い行為は、蛮勇とも愚かな行為だとも言われます。だけど、誰かの胸を強く打ち、また広まっていくでしょう。
気がついたら長く長く横たわる天の河のまんなかでぼんやりと座っていました。自分が何者なのか、どうしてここにいるのかさっぱりわかりません。きょろきょろとあたりを見てから、胸の前で薄く青白く光る水晶をペンダントのように首から下げていることに気がつきました。
(これは、絶対に手放しちゃいけない)
不思議なもので、胸の前の水晶を手放せば自分はここから消えてなくなってしまう。このことだけははっきりとわかりました。
さっと立ち上がると金や銀に輝く星屑の上をスタスタと歩いていきます。
どこへ行こう。どこへ向かえば良いのだろう。ただただ気の向くまま歩いていきます。
この子は星の子。最近寿命を迎えた星が爆発しましたが、その時散らばった星の欠片から生まれました。
赤茶の髪の毛を頭の上で二つにくくり、髪の毛と同じ赤茶色の瞳をした女の子です。白いワンピースに水晶と同じ薄い青色の靴をはいています。
月を遠くに眺めながら歩いていくと、黒く艶やかな髪に朱色の衣を着た女性に出会いました。その人は、薄く青く輝く星を見ながら時折ため息をついています。
「どうしたんですか?」
星の子に声をかけられたことに驚き、恥ずかしそうに扇で口元を隠します。女性は月に住む者なれど、少しの間だけ地球に住んでいたことがあると話します。
「地球?」
「ええ、あの青く輝く地球には様々な生き物がいるの」
地に住み、空を飛び、海を泳ぐ。生きている者の声がそこらじゅうに響き、今でも懐かしいのだと寂しげに微笑みました。
星の子はよくわからないながらもうなづいて、どこまでも続くのではないかと思う天の川を再び歩き始めました。
歩きながら先ほどの女性のことを考えます。寂しそうだけど幸せそうな様子を羨ましく思い、星の子は地球はきっと素晴らしい場所なのだろうと思いました。
あてもなく歩く星の子に、みんな優しく接してくれました。月でついたお餅をわけてくれたウサギは、ぴょんぴょん跳ねて仲間と一緒に行ってしまいました。
誰も乗っていない木の小舟がどんぶらことやってきたので、楽ちんだとばかりに乗り込んで進んでいきます。
さらさらと流れる天の川の星屑を眺めていると、遠くから声が聞こえてきました。
声のする方を見ると、白い大きなマントを身につけた少年が走ってきます。小舟に乗ったままでは少年は追いつけません。星の子は小舟から降りて、少年が来るのを待ちました。誰も乗っていない小舟は、どんどん流されて淡く光る天の川の輝きに溶けるようにして遠ざかっていきました。
「君が星の子だね」
星の子と同じ赤茶色の髪の毛は、くせっ毛であちらこちらにはねています。薄い緑の瞳がきらりと光り、親しげに笑いかけてきました。
「君の水晶が必要なんだ」
会ったばかりだというのに、ずいぶん探したと嬉しそうに笑ってから自分の故郷を救ってほしいのだと話し始めました。
少年の住む星は、清らかな水と見ただけで清められるような美しい水晶でできた星でした。あらゆる鉱物がありましたが、そのなかでも珍しい水晶が地下の奥深くから採掘されたことで、他の星の人たちに高額で売るようになりました。そのお陰で、一時は豊かになりましたが採掘を進めるにつれ星がボロボロになっていることに気がつきました。
美しかった水も水晶もかげり、以前のように美しい姿を取り戻すには、星の子の持つ水晶が必要だとわかりました。多くの人が宇宙に飛び出していきましたが、水晶を持ち帰った人はなく、星の子に会えたという人もいないので、ただの伝説ではないかと言われました。
「君に会えたことは奇跡だ!」
両手を高くあげて喜ぶ少年に星の子は困ったような顔をしました。水晶を手放せば、ここに存在することができなくなってしまいます。ですが、星の子は少年の願いを叶えてあげたいと思いました。先ほどの女性といい、目の前の少年といい自分にとって大切な場所があるということが、星の子には羨ましくてなりません。
(いいな。私にもそんな場所があればいいのに)
胸の前の水晶に触れながら思った時、遠くでぼんやりと光る青い地球に気づきました。地球を見て、水晶を見て不安そうな顔で星の子を眺める少年を見て、星の子はひらめきました。
「わかった。私の水晶、あなたにあげる」
「いいの?」
「うん」
「ありがとう」
首から下げている水晶を少年の手にわたした途端、星の子は薄くて青い光に包まれました。少年はびっくりして星の子を眺めます。星の子はふわりと浮いて宙返りをすると晴れやかな笑顔で手を振りました。
「どこへ行くの」
「地球に行くの!」
口から飛び出した言葉に、星の子も驚いたようです。くすくす笑って、あっけにとられている少年には目もくれず、飛んで行ってしまいました。
星の子はさらに光を強くして勢いよく地球に向かっていきます。まわりを見てみると自分と同じように地球に向かう星の子を見つけました。
(仲間だ)
思いもかけず出会った同胞に笑みを投げかけて前を向こうとした時、一人の青年がじっと立って星の子を見ていることに気がつきました。
星の子は前に前に進んでいるのに、青年は静かに立ったまま微笑んでいます。
「あなたは、だあれ?」
星の子の問いかけには答えず、ぐっとそばに近寄ると低い声でささやきました。
「君はとても大切なものをあげてしまったね」
青年の言葉に星の子は少し寂しくなりました。胸の前にあった水晶は、薄い緑の瞳の少年が故郷の星を救うために使うでしょう。
何も言わない星の子に、青年は青く光る星を星の子の胸の前におきました。
「持っていきなさい」
「これは何?」
「旅のお守り」
青く光る星は、すうっと星の子の胸の中にとけて消えてしまいました。いつの間にか青年は星の子から離れていて、あっという間に小さく小さくなっていきました。
星の子は胸に手をあててにんまりと笑います。ずっと持っていた水晶とは違うけれど、確かに青い星が星の子を励ますように脈打って、きらりと光ったように思えました。
青く光る地球に飛び込む寸前、少年のことが頭に浮かびました。
(彼の故郷が救われますように)
あとは何もわからなくなりました。
何かを決意して飛び込む時の覚悟とエネルギーは、半端ないですね。自分が砕けて散らばってしまうんじゃないかと思います。もし柔らかく受け止めてもらえたら、泣いてしまうかも。星の子から水晶をもらった少年の話を考えています。