ある少女の記憶
初投稿となります。よろしくお願いします。
「やめてくれぇっ!」
「キャァァァァア!!」
真っ暗な夜空の下、悲痛な叫び声が聞こえる。隣の家からだ。
いつも私に優しくしてくれたオバさんとオジさん。でも、もう二度と会う事はできないのだろう。
私の目から涙が止まらない。思わず声を出して泣いてしまいそうな私の口をお母さんがふさぐ。
「今だけは我慢して!お願い…」
とても悲しそうな顔をしていた。お母さんも私と同じ気持ちなのだ。でも、今は見つからないようにしなきゃいけない。
古い木製のベッドの下に、二人で息をひそめて隠れている。
盗賊たちに見つかれば、私もお母さんも慰み者にされてしまうだろう。
私は彼女の言葉に頷き、溢れる気持ちを必死に抑える。
震える私の身体を抱きながら、お母さんは私に優しい言葉をかけてくれる。
「大丈夫、大丈夫だから!」
その言葉に私は頷く。
「うん…」
大丈夫、大丈夫。きっと見つからない。きっと誰かが助けてくれる。
そう信じると少しだけ心が楽になった。
「この家を見るぞ!」
乱暴な声と共に、私の家の扉が勢いよく開かれる。盗賊が私の家に入ってきたのだ。
お母さんは抱きしめる力を強め、私はいっそう身を小さくする。
こっちに来ないで!早く出て行って!
そう何度も強く願った。
盗賊たちはタンスやクローゼットの中をあさり、金目の物を探しているらしい。
男たちの大きな足音が近づくたびに私は泣きそうになる。
たった数分のことなのに、その数分は今までにない程に長く感じた。
足音が外に行き、扉がバタンと閉まる。どうやら盗賊たちは出て行ったらしい。
良かった。本当に良かった。
お母さんと顔を合わせ、喜びに顔を綻ばせる。私もお母さんも、身体中にびっしょりと汗をかいていた。
「後は盗賊たちが村から去ってくれれば…」
私達は助かる。お母さんの言葉に私は安堵の表情を浮かべた。
「また、いつもみたいにみんなと」
私はそこまで言いかけて、言葉を止める。お母さんの悲しそうな顔が目に映ったからだ。
そうだ、みんな死んでしまった。盗賊たちに殺されてしまった。
忘れていた悲しみが再びこみ上げてくる。泣き腫らした目から涙がまたこぼれてくる。
そんな私の顔を見て、お母さんは私の頭を優しく撫でてくれる。その手は暖かくて、撫でられるたびに心が少し安らぐ気がした。
しかし、お母さんの手がふと止まる。
私も異変を感じた。何かが燃えているような、焦げた臭いがする。
家の中を見渡してみると、玄関の方から白い煙が出ているのに気づいた。
「火が!」
私の悲痛な声は、幸いにも炎の音にかき消されて盗賊たちには気づかれなかったようだ。
しかし、このままでは私達は焼き死んでしまう。
私が茫然としていると、お母さんは意を決したように私に言った。
「窓から逃げましょう。私が盗賊たちを引き付けるから、あなたは北の村に向かって走りなさい」
頷くことはできなかった。お母さんを置いて私だけ逃げるなんてできない。
嫌だ、と大きく首を横に振った。
お母さんは私の肩を強く掴んで、首にかけていたネックレスを外し、私の手に握らせた。
お母さんがいつも大事にしていたネックレス。荘厳な装飾が施された見事な首飾りだった。
「このネックレスを手放さないで。きっとあなたを助けてくれる」
そう言うと、窓を開けて私を引っ張りながら外に出ようとする。
分かっていた。二人でここから逃げ出すことなんてできないと。
私がお母さんの言うことに従わなければ、二人して捕まってしまうだけだと。
お母さんに生きてほしい。だけど、彼女の心はもう決まってしまっているみたいだった。
逃げなければ。お母さんの気持ちを無駄にしないためにも。
私は走り出した。
後ろの方で母の大きな声が聞こえる。盗賊たちを引き付けるためのものだろう。
でも振り返れない。絶対にここから逃げ出さなきゃいけないから。
裸足で土の上を走る。小さな枝や石が足に刺さり痛みを感じた。けれど止まることはできない。
森に向かって駆けていく。森に入りさえすればもう見つからないだろう。
そして、後一歩で森に入るという瞬間、右肩にとてつもない激痛が走った。
痛みに耐えられず転んでしまった。パニックになりながら右肩を見ると、矢が刺さっている。
そして後ろの方から下卑た笑い声が聞こえた。
「おいおい、一匹逃げ出そうとしてるぜ!」
見つかってしまった。そして、転んでしまった。もう逃げ出せない。私はもう助からない。
私に矢を撃った男が近づいてくる。他の盗賊たちも気づいたらしい。
「お母さん、ごめんなさい。逃げ切れなかった」
右肩をかばいながら身体を仰向けにした。
自分を待っている凄惨な未来を想像しながら空を見上げる。
真っ暗な夜空は私の未来とは違って、星が強く輝いて見える。
絶望の中、何故か少し笑ってしまいそうな気持ちになっていると、不意に星が何かに遮られる。
いつの間にか私の横に大きな人型のものが立っていた。
暗い闇の中、薄っすらと銀色に光る鎧が見える。
「騎士…様?」
いるわけがない。こんなに早く騎士様が助けに来てくれるはずがない。
そう思いながらも私は聞かずにはいられなかった。
そして、その大きな人影は私に顔を向け、ゆっくりと頷いてみせた。
言い知れない安堵感が私を包む。
もう助からないと思っていた。私にはもう明るい未来はないと。
でも、騎士様が助けに来てくれた。
まだ私には未来があるのかもしれない。
「ありがとう…、ありがとうございます騎士様…」
そう言いながら私は自分の意識が薄れていくのを感じた。限界だったのかもしれない。
朧げな意識の中で見た騎士様の背中は、さっき見たどんな星々よりも輝いて見えた。