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第8話「三度目の正直?」

 海と空だけが広がる場所。私が死ぬ場所として決めた崖の上。ここに来るのはこれで三度目、ということになる。

 でも、三日連続でここに来た、というわけではない。今日は月曜日。前にここに来たときから三日が経っている。

 土曜日と日曜日は全く外に出ず部屋の中に引きこもっていたから外に出るのも三日ぶりだ。だからか、いつにもまして風が気持ちいい。

 でも、風が気持ちいいと感じるのは久しぶりに外に出るから、というのだけが理由じゃない。

 今日、やっと死ぬ事が出来る、という気持ちの昂ぶりもそう感じる理由だ。たぶん、こっちの方が主な理由じゃないかな、と思う。

 びゅうびゅう、と風が吹く。私が初めてここに来た時と同じくらいに強い風だ。今はまだここから落ちないようにその場で踏ん張っていないといけない。太陽はまだ見えてないから。

 私が死にたい時間になるまで、まだ少し時間はある。

 最後の最後に考えたいことは、ない。時間になったらすぐに終わらせてしまいたい、という思いだけがある。

 あの日、彼に邪魔されていなければこんなふうに待つ必要もなかったはずだ。彼に邪魔をされてしまったせいで死にたい場所を見つけてから死ぬ事が出来るまでに四日も待つことになってしまった。

 今、彼は学校に行っているはずだ。だから、絶対にこの場所にはこない。私は時間が来るまで焦らずに待っていればいいんだ。

 ……じっ、と海の方を見つめる。この行為にこれといった意味はない。時間が来るまで何をしていればいいのかわからないから海を見ていよう、って思った。

 揺れる海が私を手招きしているような気がする。自然と足が前に出る。

 ざぱーん、ざぱーん、と音を立てる波も私を呼んでいるような気がする。更に足が前へと進む。

 まだ、落ちたらダメだ、と冷静な部分が言う。だけど、海の誘惑から逃れられない私は冷静な私の声が聞こえない。

 直後、海が輝いた。そして、同時に混じったのは一つの音。それは、誰かの足音だ。それも走っているのがわかる。

 しかし、そんな足音は気にも留めず私の体はほとんど反射的に地面のない方へと跳んだ――いや、飛んだ。見えない翼を広げた気になり、遠い海へと落ちていくために。

 最初にここから落ちそうになったときとは違う。一瞬で足もとの感覚が消失する。

 そして、感じるのは浮遊感。目を閉じれば自分は飛んでるんじゃないんだろうか、と錯覚する。

 だけど、その浮遊感は一瞬後には消えてしまった。私が腕に感じた痛みとともに。

 知らずのうちにため息がこぼれてしまう。

「なに、こんな状況でため息なんかついてんだよ」

 頭上から聞こえてきた声は聞き慣れたものだった。そういえば、ここ一週間の中で声を聞いたのは彼だけだなぁ、と割とどうでもいいことを思う。

「落ちずに済んで安心したからため息をついたんですよ」

 上を向いて彼の顔を見ながら答えた。相変わらず私の答えは嘘なんだけど。

「嘘つけ。こんな状況で誰がそんな嘘を信じんだよ、馬鹿」

 彼が初めて私の言ったことが嘘だと言った。飾り気のない罵倒を混ぜながら。今までは気づいているような素振りを見せるだけで一言もそのことに関して触れてこなかったのに。

「……早く、その手を放してください」

 もう、嘘をつこうとは思わなかった。彼が私の嘘に騙されている振りをしないのなら嘘をつくだけ無駄だ。だから、私は今からは思ったことを包み隠さず言葉に声にする。

「私は早く死にたいんです。だから、早く手を放して私を落としてください」

「馬鹿か。引き上げてやるから、絶対に暴れんなよ」

 再びの安っぽい罵倒と共に私の要求は聞き入れられなかった。彼に手を掴まれてしまっている私はされるがままになるしかない。彼が私の要求を聞いてくれない限り私の望むとおりになることはない。

 でも、そうでもないか。彼の言ったとおり今ここで暴れてしまえばいい。そうすれば、彼は私の手を放すかもしれない。

 だけど、そうしようとは思わなかった。もしここで私が暴れてしまえば彼まで巻き込んでしまう可能性がある。他人を巻き込んでまで死にたいとは思っていない。だから、されるがままに彼に引き上げられていく。

 そして、三分ほどかけて私は崖の上に戻った。

 彼に引き上げられるとき崖の側面に当たったせいであちこちに小さな擦り傷ができていた。所々、血の滲んでいるところがある。

 でも、今はそんな傷、些細なものだった。私は地面に座ったまま名残惜しげに海の方を見る。

 もう少しで私は死ぬ事が出来ていたはずなのに、彼に腕を掴まれそれが実現することはなかった。もう少し、早く飛び降りていれば彼の手が私の腕に届くことはなかっただろうに。

 いや、今でも遅くはない。今から立ち上がってすぐに飛び降りればさすがに彼も反応できないだろう。でも、もしかしたら、彼がまた私を止めようとして、勢いあまって彼も落ちてしまうかもしれない。だけど―――、

 今からどうするか、という思考をしていたら不意に腕を引っ張られた。結構強く引っ張っているようで痛みを感じる。

「あの、痛いです」

「自殺しようとしてたやつがなに言ってんだ。お前にそんなことを言う権利はない」

 怒ったような口調で理不尽なことを言われた。

 抵抗しようかと思ったけどさすが私を一人で引き上げただけある。彼の手から、彼の力強さを感じた。これなら、抵抗しても私が無駄に体力を消耗するだけのような気がする。

 そうやって、無抵抗でいると森に入る一歩手前くらいのところまで引きずられてしまった。引きずられている途中で更に擦り傷が増えたような気がする。

「それで、お前はなんで自殺なんてしようとしたんだ?」

 私を無理やり地面に座らせた後、彼が立ったまま正面から睨みつけてきた。一瞬、逃げてしまおうかと思ったけど、すぐに無理だと判断した。

 今、私は座っていて彼は立っている。この状態からすでに逃げられない、と確定したようなものだ。しかも、私はあんまり走るのは得意じゃないからもし、今私が立っていたとしても追いつかれてしまうと思う。

 それに、私を見る彼の青い瞳が私を捕えて放さない。物理的ではない、別の力によって私はその場に捕らえられてしまっている。

 なので、私は素直に答えるしかないようだ。

「……生きてることに意味を感じないから死のうと思ったんです。……っ?」

 私が言い終えた瞬間に容赦なく頭を引っ叩かれた。私は痛む頭を手で押さえてうずくまる。

 かなり、痛かった。彼が相当力を入れていたことがわかる。

 それから、痛みをこらえて涙目になりながらも顔を上げて「何で叩いたんですか……っ!」、と抗議をする。眼尻に浮かぶ涙を拭う余裕はない。

「お前が、馬鹿だからに決まってんだろ。そんな安っぽい理由で死のうとしてんじゃねえよ!」

 強い語調で返される。それに対して私は何も言い返すことができない。安っぽい理由だって言うのは私自身もわかっているから。

「生きてることに意味を感じないって言うんなら自分で探してみろ。必要なら俺も手伝ってやるから」

 先ほどとは打って変わって落ち着いた声だった。

 なんで、彼はこんなにも私によくしてくれようとするんだろうか。彼も死にたいと思っていたことがあった、と言っていたからそれが理由なんだろうか。

「あの、どうして、あなたは、そんなに私に関わろうとするんですか?」

「そんなもん、お前が気にする必要ないだろ」

 答えてくれる気はないようだ。別に無理に聞こうとは思わない。気には、なるけど。

「……」

「……」

 二人して沈黙する。彼はこれ以上私に何かを言う気はないみたいだ。

 少し落ち着いたところで彼が制服を着ている、ということに今さらながらに気がついた。私が通っている学校の男子の制服と同じだ。ということは、彼は私と同じ高校に通っている、ということだ。

 でも、彼はなんで制服を着てこんなところにいるんだろうか。学校を抜け出して来たんだろうか。

「……学校は、どうしたんですか?」

 聞いてみることにした。とりあえず、どうにかして彼をここから離れさせないと崖から飛ぶことができない。

「お前のことが気になって、昼休みが始まる少し前に抜け出してきたんだよ」

 そう言ってから彼は腕時計の確認をする。私は空を見て今の時刻を確認して見ようとしたけどよくわからなかった。一番高い位置に行く前、くらいしかわからなかった。

「……そろそろ戻らないとやばいな」

 時計を見たまま彼は呟いた。これは、チャンスだ。

「私のことなら気にしなくていいですよ。もう、死ぬ気なんてありませんから」

 嘘をつく。あなたはもうここにいなくても大丈夫ですよ、と彼に伝えるように。

「……」

 彼がこちらをじっと見つめてくる。私の言葉の裏を探るように、私の嘘を暴き立てるかのように。

 私も彼のことをじっと見つめる。ここで、更に何かを言えば確実に疑われてしまう。だから、私はなにも言わない。

「本当に、もう死ぬつもりはないんだな?」

 先に口を開いたのは彼の方だった。まあ、私はもう特に言うことがないから当然と言えば当然なんだけど。

「はい、もう死ぬつもりなんて微塵もありません」

 一瞬の間を開けるとなく答えた。これだけはっきりと答えていれば疑われないだろう、そう思ったけど、

「……どうせ、嘘なんだろ?」

 と、ため息混じりの声が返ってきた。

「何言ってるんですか。そんなことないですよ。あなたは、初対面の人の言葉は疑ってばかりいる人なんですか?」

「まあ、そうだな。あんまり信用してはない」

 私もそうだから、彼の言葉はそれほど意外でもなんでもなかった。

「あと、お前、俺と初めて会ったときから死ぬ事が関わることは何かと嘘をついてただろ。誰が、そんなやつの言葉を信じられるか」

 やっぱり気がついてたんだ。あのときは死ぬ事が関わるような話題に関して彼に怒られるのと止められるのが嫌で嘘をついていた。

「……あれは、ああやって嘘をついたらあなたがどこかに行ってくれる、と思ったから嘘をついてたんですよ。でも、もうあなたは私の嘘を信じてくれないってわかってるから、嘘なんてつきません」

 絶対にこの嘘は見破られる、とわかっていても嘘をつくのをやめない。でも、嘘をつくことに何の意味があるのか私自身にはわからない。

「それも嘘だろ?」

 予想通り、彼は私のことが嘘だとわかっていた。けど、私はそれに対して否定も肯定もしない。嘘の上塗りもしない。

「……」

 彼は私の沈黙を肯定と受け取ったのか、それ以上何かを言ってくるような素振りを見せようとはしない。その代わりに何かを考えるかのような表情を浮かべる。

 何を考えてるんだろうか。彼のことをよく知っているわけでも、心理学者でも、ましてや超能力者でもない私にはそんなことわかるはずがない。だから、彼の中で考えがまとまるのを待つことしかできない。

「お前、ついてこい」

「え、あの、ちょっと、待ってください!」

 何かを言うんじゃないだろうか、という私の予想を裏切って彼は私の腕を掴むと何の説明もなしに森の方へと走っていく。当然、腕を掴まれている私は彼に引かれていく。突然のことだったので抵抗する、というところまで思考が追い付かない。

 出来たのは珍しく声を荒げて、彼を制止させようとしたことだけだった。

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