表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/43

第5話「望むもの」

 翌日となり私はまたあの崖のところへと来ていた。まだこの場所は私の死に場所として完成されてないので私は崖の端に座っている。

 今日の空は快晴。雲ひとつない、とまではいかないけど小さい雲がいくつか浮かんでいるだけだ。これは、私が望んでいる天候だ。

 だけど、まだ太陽が低い。この辺りは昼ごろにならないと日が当たらないようで私が座っている崖の端にまで影がかかっている。

 ここも日で照らされるくらいの時間帯じゃないと嫌だ。影になっているようなところで死にたくはない。だから、こうして待っているのだ。私が死ぬ、その時が来るのを。

 今私が座っている場所は後ろから誰かに押されればすぐに落ちていきそうな場所だ。だけど、今ここには私以外の人はいない。だから、誰かが私のことを後ろから押すとは考えられない。熊や猪みたいな生き物がそう簡単に出てくるとも思えないし。

 風が吹く。いつからか伸ばし始めた腰まである髪が風の中で踊る。私はその髪を押さえようともしないで背中に髪が当たる感触へと意識を向ける。

 私の髪は背中を離れたり叩いたりを続けている。なんとなく、それは早くここから飛び降りて、と私のことを押しているような感じだ。私の身体や本能までもが死にたいと思っているようなそんな錯覚を抱いてしまう。

 ずっとこうしてここに座っていたら望みもしないのにここから飛び降りてしまいそうな気がした。

 だから私は私自身が変な行動をとらないように、と横になる。それと同時に私の髪は私の背中を押すことをやめて地面の上に広がる。

 私の視界を青色が埋め尽くす。視界の端には木の姿がちょっとだけ見える。

 昨日もこうして横になった気がするけどこういう風には見えなかった。どうしてだったんだろうか。

 ああ、そうだ。まぶしくて目を閉じてしまったんだった。あの時は私が死ぬのにちょうどいい時間帯だった。けど、彼が私のためにその場を離れていたから飛び降りることができなかったんだ。

 けど、今、彼はいない。それ以外に私が死のうとするのを止めようとする人もいない。

 だから、あとは太陽がこの場所を照らすのを待つだけだ。

 もう少しで終わりがくるんだ、と思うとなんだか緊張してきた。少し心臓の鼓動する速度が速く、高くなってきているような気がする。

 そういえば、最近こうやって緊張したことなんてなかった。ずっとつまらない、つまらない、と思って感情をほとんど閉じていた。

 死ぬ、というのが近寄ってこないと動かない感情ってどうなんだろう。全く動かないよりはいいんだろうけど。

 私は自分自身に対して苦笑してしまう。でも、すぐにその苦笑は純粋な笑みへと変わっていく。

 そう、もう少しで終わるのだ。私のつまらない生活と命は。いや、終わる、ということが楽しみなのではない。私が私の望んだとおりに望んだとおりのシチュエーションで死ぬ、ということが楽しみなのだ。

 誰かに告げたらたぶん、狂ってる、異常だ、って言われるだけだと思う。これが私の最初で最後の芸術作品なんだ、と。映像として残せばそれなりにいいものになるんじゃないかなって、思う。当然、崖の下は写さない。私が崖の下へと消えていくところだけを移すのだ。

 そうすれば、私の体が光り輝く海の中へと消えていったように見えるかもしれない。光を持たない私が光の中に消えていく。そんな光景を他の人にはどんなふうに見えるんだろうか。

 私は生まれ変わるための旅立ち、と見る。光を持っていないなら光に取り込まれてそこで光を手に入れればいい。光があればこの世界でまともな生活をできるんだろうから……。

 そんなこと、ないか。光を持たない人は光に呑まれてしまえばそれでおしまいだ。もう、戻ってこれることはない。絶対に。

 だけど、それが悲しいとは思わないし、嫌だとも思わない。とにかく、飛び降りて、目を覆いたくなるような無様な死体は残したくない。呑み込まれて消えてしまうほうが何千倍もいい。

 まあ、そんなことをいくら考えたところで光に呑み込まれるだとか、私の亡骸が消えてしまうだとかいうことは絶対にない。もしかしたら、見つからなくなることがあるかもしれないけど、それはあくまでもどこにあるのかがわからない、というだけで本当に消えてしまった、というわけではない。

 だから、そのかわりにせめて楽に死ねますように、と願う。自分から死のうとしている人にそんな資格なんてないと思うけど、願いたい。終わりの終わりが痛みにまみれているなんて私は嫌だ。終わらせるなら綺麗に終わらせたい。

「おい、なんでお前がまたここにいるんだよ」

 突然、聞き覚えのある声が聞こえてきた。その声を聞いた瞬間に私の緊張は消えてしまった。そして、同時に失望を感じた。

「あなたこそ、なんでいるんですか。学校はどうしたんですか」

 彼に邪魔されたように思って言葉に少しトゲが混じる

「俺は最近こっちに引っ越してきたばっかりだしちゃんとした手続きをしてなかったから来週まで学校に行けないんだよ。……つか、もう二度とここに来るな、って俺言ったよな?それに、学校に行かないといけないのはお前も同じだろ?」

 横になったままの私を見下ろして言う。彼はしゃがんで出来るだけ私と視線の高さを合わせようとするつもりもないらしい。私もそういうつもりがないから横になったままなんだけど。

「確かに、あなたは二度と来るな、って言いましたけど、私はあなたの言ったことなんて聞き入れてませんよ」

 学校のことも彼は聞いてきていたけど無視した。私に答える義理なんてないし。

「二度と来るなって、言うのは命令だ。お前の意志なんて関係ない」

「私があなたなんかの命令を聞く理由なんてありません。しょせん、あなたは他人なんですから」

 彼に邪魔をされて少し機嫌が悪いからいつもよりも語調が荒くなってしまう。

「ああ、確かに他人だな。けどな、俺は自分から死のうとしてるやつを放っておけるほど他人に冷たい奴でもない」

 その言葉を聞いた瞬間私の中で熱くなっていた何かが急激に冷えた。それと同時に、私は冷静さを取り戻す。

「……そうなんですか。でも、私は死のうとなんてしてないですから私に対しては冷たい態度を取っても問題ないですよ」

 彼はすでに私が自殺をしようとしているのに気が付いている。そうとわかっていても私は嘘をつく。私が認めてしまえば彼はこれから私に付きまとうことになるかもしれない。

 それは、すぐにでも死んでしまいたいと思っている私にとっては好ましくないことだ。

「じゃあ、なんでまたこんなところに来たんだよ。学校まで休んで」

「この場所が気に入ったんですよ。あんなつまらない所に行くくらいならこっちの方がましです」

 昨日と同じで嘘は言っていない。喋ってないことがあるだけだ。

「そうか」

 呟くようにそう言って私の隣に腰をおろす。

「なんで私の隣に座るんですか?私、あなたとは一緒にいたくありませんから早くどこかに行ってください」

 このままだと昨日みたいに死ぬ機会を失ってしまう。だから、自然と私は彼に対して邪険な態度を取ってしまう。

「俺も同じなんだよ、お前と」

 彼は私の方を見ずにそういう。対して私は内心首をかしげてしまう。彼の言っていることがよくわからない。何が私と同じなんだろうか。

 死にたいと思っていることが?この世界がつまらない、と思っていることが?それとも、それ以外の何かが?

「俺もお前と同じでこの場所が気に入ったんだよ」

 私の予想してなかった答えだ。だけど、そんなに意外性はなかった。もしかしたら、頭の片隅で彼もこの場所が好きなんだろうと思っていたのかもしれない。だって、彼は昨日お昼御飯を持ってこの場所に来ていたのだから。

「そんなこと、私には関係ないです。だから、早く、どこかに行ってください」

 それでも、そんなのは彼が私の隣にいていい理由にはならない。

「俺もお前がどう思っていようとも関係ないんだけどな。お前が俺の命令を聞かなかったように」

 そう言われて、私は返す言葉が見つからなかった。こういうのを、墓穴を掘る、って言うんだろうか。今までの人生の中でそんなことを思ったのは初めてかもしれない。人生の終わり間近で思うことじゃないなぁ。

「なに、微妙な顔してんだよ」

「別に、なんでもありませんよ」

 そう言ってから私は彼に向けていた視線を空に向ける。

 まだ太陽の姿の見えない真っ青な空が広がってる。でも、今太陽が私の視界に入るくらい高い所に来たとしても彼が私の隣にいる限り私は私のやりたいことができない。

 と、突然、視界が真っ白に染まった。私は反射的に目を閉じて手で顔を隠した。

 薄く目を開けて何が起こったのかを確認してみると木の上で少しだけ顔を覗かせた太陽が白く光っていたのが見えた。それ以上見ていることができなくてまた目をつむってしまう。

「お前、眩しいんなら起きたらどうだ?」

 確かに、そうした方がいいんだろうけど彼の言われたとおりにするのが何となく嫌で起き上がらずに寝がえりを打って横を向く。ついでに言うと、彼に背中を向けるような感じで。

「……まあ、別にそれでもいいけどな」

 彼の声は少し呆れているような感じだった。それでも、ここから立ち去ろうとする気配は微塵も見せない。

 どうやったら彼をここから離れさせられるだろうか、と考えを巡らせる。ここから突き落としてしまおうかと思ったけど、すぐにその考えは破棄した。

 彼が死にたいと思っているならそうしてしまってもいいけど、彼がそんなことを思ってもないのに死なせてしまうわけにはいかない。

 彼は死にたいと思っているんだろうか、それともそんなこと思っていないんだろうか。私が死なせる死なせない、というのは置いておいて彼がどう思っているのか気になる。私以外で死にたいと思っている人はどんな考えを持っているのか、っていうことに興味があるから。

「あの、一つ、聞いてもいいですか?」

 体の向きは変えないままに問いを発する。それに対して彼は何も言ってこなかった。とりあえず、その沈黙は肯定だと受け取っておく。だから、私はそのまま問いの続きを言葉にする。

「あなたは、死にたい、って思ったことがありますか?」

 思ったよりも私の声には感情が込められていなかった。白々しいとまではいかないけど淡白な声音。私にとって大切なことを聞いているはずなのにどうでもいいことを聞いているような感じ。

「……なんで、いきなりそんなことを聞くんだよ」

 少し長い沈黙の後、彼はゆっくりとそう言った。彼の声からも色が消えていた。

「ただ、聞いてみたくなっただけです。……答えたくないなら、答えなくてもいいです」

 また、沈黙が私たちの間に落ちる。

 周りにはいくらでも音があるはずなのに何も音がしていないような錯覚。私は彼に背を向けたまま動かない。彼は今、どこを見てるんだろうか。私の背中を見ているのか、海の方を見ているのか、それとも、全然関係ないところを見ているのか。

「……死にたいって思ったことはある」

 その言葉は少し意外で、私は驚いて半身を起して彼の方に顔を向けた。彼は私の方も海の方も見ておらず、視線を下に向けていた。

「まあ、でも、今はそんなこと思ってないんだけどな。死にたい、なんて思うのは一時的な衝動だ。だから、お前もそう簡単に死ぬんじゃねえぞ」

 最後に私の方を見てそう言った。今日初めて見た彼の青い瞳には何かの光が宿っているように見えた。

「別に、私は一度も死にたいと思ってるなんて言ってませんよ」

 嘘ではないけど彼の顔を真っ直ぐ見ていられなくて顔をそらして答えてしまう。

「お前がそう思ってるならそれでもいいけどな」

 私が何かに気が付いていないとでも思っているような口ぶり。

 やっぱり彼は私が死にたい、と思っていることに気が付いてる。そうじゃないと、ここまで思わせぶりな発言はしないと思う。

 出会いがあんな形だったから気がつかれるのは当たり前なのかもしれない。あの状態で私の嘘を信じる人はどれくらいいるんだろうか。あんまり人と関わったことがないから、そういうことはよくわからない。

 それに、彼が私の思っていることに気が付いているとして、どうしてここまでしてくれるのか、というのもよくわからない。

 昨日は彼が優しすぎるから、って思ってたけど、今日もここに来てるってことはそれだけじゃすまないような気もする。けど、逆にその理由だけでもすむような気がする。

 ばたっ、ともう一度地面の上に倒れる。なんだか彼のことを考えるのが面倒くさくなった。もともと、私は他人と関わるのが苦手なのだ。それなのに他人のことを考える、なんて煩わしくて嫌になってくる。

 こうしていると眩しいけど手で顔を覆うのも横に顔を向けるのさえも面倒くさくて目を閉じるだけにしてしまう。

「おい、お前、昨日みたいにまた寝るつもりか?」

 少し呆れたような声。

「寝ませんよ。眩しいから目をつむってるだけですから」

 そう答えたけど、実はじわーっ、と眠気がにじみ出てきている。それと同時に、眠気のなんとも言えない気持ちよさも広がっていく。

「まあ、俺は別に寝てもらっても構わないんだけどな」

「だから……寝ない、って言ってるじゃ、ないですか……」

 言葉とは裏腹に声音はふわふわと頼りない。

 ちょっと頑張ってまずは目を開けてみようとする。少しだけ開くことは出来たけど、結局眠気には抗えずにもう一度目を閉じてしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ