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第40話「前進」

「金崎さん、心配したわよー……」

 既に通いなれた第二生徒指導室へと戻ると三柴先生がそう言った。目尻には涙が浮かんでいた。本当に、心配してたんだな。

「あの、三柴先生心配かけてすいません」

 本当に悪いことをしてしまったように思う。

「金崎さんが出て行ったことに気がつかなかった私が悪いのだから謝る必要はないわよー」

 そう言って三柴先生が目尻の涙を拭って私に微笑みかける。

「でも、本当によかったわー。私と話してる時はすごく、悩んでたみたいだったけど、今はそんなことないみたいねー。答えがわかったのかしらー?」

「別に、そう言うわけじゃないです。……ただ、彼が手伝ってくれるって言ったんです。だから、今はこれだけでいいかな、と思ってます」

「そう、なら、もう私の役目は終わりかしらねー。まあ、私は最初から役に立っていなかったみたいだけれどねー」

 三柴先生が一真君の方を見る。一真君は、私の隣に立っていてくれている。

「別に、そんなことはなかったぞ。先生がいたおかげで俺も千智の世話をしやすかった」

「ふふ、やっぱり上原君は金崎さんの保護者みたいねー」

「誰がこんなやつの保護者なんかになるか」

「じゃあ、千智ちゃんの、夫、とかかしらー?」

「そんなんでもない。ただまあ、護っていきたい、とは思ってるけどな」

「一真君に護ってもらう必要なんてないです。今まで私は一人でいたんですから、一人でも何とかなります」

 変な意地を張る。素直に、一真君にはもう迷惑をかけたくないから、と言えばよかったのに。

「何言ってんだよ。お前は一人にしとくと不安すぎる」

「でも、私を護ろうとするなら、一真君は自分のやらないといけないことをしなくなるじゃないですか。そんなのは、私が嫌です」

 ちょっと素直じゃないけど、私の言いたいことは言えた。

「今更そんなこと気にすんな。俺はしたくてやってる。それなら、お前が気にする必要なんてないだろ?」

「そんなことないです。私があなたを関わらせた張本人なんですから、気にしないなんてことはありません」

「じゃあ、そう思うんなら授業に出てみるつもりはあるのか?」

 朝は三柴先生に聞かれて出たくない、と答えた。だけど、今は、彼がいるのなら、出てもいいかな、と思ってる。それに、彼に迷惑はかけたくないとも思っている。だから、

「はい、出てあげますよ。あなたに、これ以上の迷惑をかけないために」

 そうきっぱりと答えた。

「なら、来週からは俺と同じ授業に出る、ってことだな」

「そうですよ。先に言っておきますけど、私は助けなんて絶対に必要ないですから、勝手に助けようとしないでください」

 迷惑をかけない、と言ったのだ。授業に出てまで彼に迷惑をかけるわけにはいかない。

「お前に、その必要がなさそうだったらな。お前の判断では決めさせない」

「何でですか!何で私のことなのに、一真君が勝手に決め付けるんですか!」

「今までのお前を見てたら、とてもでもないけど、放っておけるわけがない。だから、お前は、絶対に、誰かに保護される必要がある」

 彼は絶対に、の部分を強調するように言った。彼も私と同じように意固地になりやすい人だから何かこれ以上言って彼の意見が変わるとは思わない。

 ……こう思ってしまう、ということは私の方が、折れやすい、ということなんだろうか。いやいや、そんなことはないはずだ。

 そう思い続けるために、

「一真君の保護なんていりません」

 と、彼を睨みながら言う。

「お前がなんと言おうとも俺が勝手に助けるから好きなだけ言ってろ」

 彼は表情一つ変えずに言う。やっぱり、これぐらいでは考えを変えてくれない。かと言って他に何を言うべきなのかわからない。

「……」

 なので、結局、睨むだけ、ということになってしまう。

「……お前って、いつもそうだよな。気に入らないのに、言い返さないときは睨んでくるだけ、っていうのは」

「それは一真君もです」

「俺が言い返せなくなったことがあるか?」

「……でも、睨んできます」

 それだけを言うのが精いっぱいだった。

 さっきは、適当にあんなことを言い返したけど、彼が私と言い合いをして、彼が言い返してこなくなったことは一度もなかった。でも、それを素直に認めるのが悔しいから出てきたさっきの負け惜しみのような言葉。

「確かに睨んではいるけど、言い返せなくなったことはないだろ?」

「……う〜」

 変な声を出して睨むことしかできなくなった。

「上原君、そんなに金崎さんのことを苛めたらだめよー」

「千智が睨んでくるのが悪い」

「それは、まあ、一理あるかもしれないわねー。でも、男の子が女の子を苛めるのなんて言語道断よー」

「そんなもん関係ないだろ……って言っても納得しないんだよな。わかった、これからは少しくらい手加減してやる」

「止めることはできないのかしらねー」

「千智がつまらないことで言い返してくるのをやめない限り無理だ」

「……そう、これ以上、私が何かを言ったところであなたが考えを改めるとは思えないからこれ以上言うのはやめておくわー。まあ、苛めすぎないようにするのよー」

 そう言って、三柴先生は次に私の方を向く。

「金崎さんも、上原君が言ったことに変に抵抗したりせずに素直に認めるのよー」

「……じゃあ、少しだけなら素直に認めてあげないこともないです」

 それが、私の最大譲歩だった。というか、彼も三柴先生が言ったことを少ししか聞き入れていないのだ。ここで、私だけが三柴先生が言ったことを全部聞き入れるなんてことはできない。

「既に素直じゃないわねー」

「そんなことないですよ。私は言いたいことを言わせてもらってます」

「そうかしらー?ならいいのだけれどねー」

 簡単に引き下がってくれた。

「でも、金崎さんがあんな声を出すとは思いもしてなかったわー。思ってた以上に可愛いところがあるのねー」

「えっ?なんのことですか?」

 本当に何のことを聞かれているのか分からず、そう聞き返す。

「上原君に言い返せなくなったとき唸ってたじゃないー。あの時のことよー」

「あれは……」

 それ以上は続けられなかった。私も何を続けたいのかわからない。何であんな声を出してたのか自分自身でもよくわからないから。

「あれは、何なのかしらー?上原君の気を引くために可愛さをアピールしてみたのかしらー?」

「そ、そんなのじゃないです!」

 私は力強く否定する。そういうのは、普通本人の前で言うものなんだろうか。

「じゃあ、もうちょっと深く行って、上原君に好きになってもらうためかしらー?」

「そ、そういうのでもないです……」

 一真君に好きだ、と言われた時のことを思い出して顔をあげていられなくなる。今の顔はできるだけ見られたくない。

 そんな私の心の内を知ってか知らずか、

「金崎さん、なんだかからかいがあるようになってきたわねー」

 楽しそうに三柴先生は言うのだった。



 土曜日、日曜日と日にちが過ぎて行った。その間も一真君は私の家にいた。もう、私に死ぬ気がない、というのがわかったから夜は自分の家に帰っていた。

 と、そうなると思ってたんだけど、彼は美沙都さんと一緒に私の家に来てしまった。美沙都さんの希望だったらしい。

 なんとなく思うのだが、もしかして、当分、私が家に一人でいられることはないんじゃないだろうか。別に、嫌だとは思わないけど。

 まあ、そんなこんなで週末は過ぎ去って月曜日が来た。

 今、私は自分の教室の扉の前に立っている。隣にはもはや当然のように一真君が立っている。

「千智、大丈夫か?」

 今まさに扉を開けようとしたところで彼がそんなことを聞いてきた。

「何がですか?」

 私は彼が何について大丈夫なのか、と聞いているのかわからなくて首を傾げる。

「いや、大丈夫そうだからいい」

「?」

 私は首を傾げたけど、彼は答えてくれそうになかった。まあいいか、と思って私は扉の方に向き直る。

 ここに来るのは二週間ぶり、ということになるんだろうか。はっきり言うと、席の位置なんて覚えてないし、もともと、はっきりと覚えてなかった同級生の顔と名前は完全に忘れてしまっている。

 ある意味、転校生と同じような状況にいるはずだけど、緊張とかそういうのは全くなかった。

 まあ、転校生の人が緊張する主な理由なんて言うのは知らない人たちの間に溶け込んでいくことができるかどうか、っていうのに対する心配だ。私は溶け込もうなんてつもりは一片もないから、心配をする必要なんてない。

 そんなことを思って、私は今度こそ扉を開いた―――。

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