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第39話「彼が伝えてくれたこと」

 私が何度か自殺をしようとしたあの崖の端っこに私は腰かけている。

 風が吹いてくる。それと一緒に私の髪が風の中を踊る。

 とはいっても、今の私はそんなことをぼんやり眺めているだけの余裕がない……ような気がする。

 もう、なんだか自分でもよくわからないのだ。三柴先生と話をしてから。

 あのあと、私は一人にしてください、と言って三柴先生に部屋を出て行ってもらった。あっさりと出て行ってくれたけど、たぶん私のことは少しぐらい放っておいても大丈夫だ、と思ってたからだと思う。私はそんな三柴先生の信頼を裏切って抜け出してここまで来た。

 なんだか、結構長い時間ここにいるような気がする。腕時計なんてものは持ち歩いてないから時間なんてわからないんだけど。

 空を見上げてみると、ちょうど太陽が視界のなかに入ってきて眩しかった。ほとんど反射的に視界を戻す。

「はあ……」

 ここに来てから何度目かわからない溜め息。三柴先生は、感情の揺れ動きが激しいものを私は持っている、と言った。

 けど、私が今感じているものは私を疲れさせてるだけのような気がする。

 崖の下の波を眺めていても遠くの空を眺めても答えは見つからない。

 なんなら、悩むのは止めてこのまま死んでしまおうか、とも思ってしまう。今はちょうど天気もよく陽も当たっている。

 だけど、そう思って立ち上がろうとすると、彼の、一真君のことを思い出す。それだけならいいんだけど何故だか立ち上がる気までなくなってしまう。そして、結局、座ったままなのだ。

 そんなことを私に陽が当たるようになってから何度も繰り返した。たぶん、十回以上は。

 自分が自分じゃないようなそんな感覚に苛立ちを覚えてその辺りにあった石を適当に掴んで海に向かって投げた。

 私の投げた石は弧を描いて飛んでいき海の中へと消えていった。水飛沫は小さすぎて見えなかった。海に入っていく音は波にかき消されて聞こえなかった。

 なんだか、その中途半端さに余計に苛立ちが積もる。もう一度、石を掴んで海へと向けて投げる。

「やっぱりここにいやがったか」

 不意に聞き覚えのある、彼の声が聞こえてきた。石が海に消えていくのを見届けることなく私は振り返る。

「…………なんで、一真君がこんなところにいるんですか」

 かなり不機嫌な声が出てくる。一人でいたいのに私のところに来る彼が悪いのだ。ほとんど八つ当たりのようにそう思っておく。それ以外にどうすればいいのかわからない。

「はあ……、お前がいなくなったから探しにきたに決まってるだろ」

「なら、あなたは私を見つけたんですから早く帰ってください」

 彼から顔をそらし、再び海の方を見ながら言う。

「じゃあ、お前を探し出して連れて帰りにきた。だから、帰るぞ」

「嫌です。今は一人でいたいんです」

 彼の顔を見ずに答える。見れないのか、見たくないのかどちらなのかはわからない。

「そんなことさせられるわけないだろ。お前は放っとくと危ないからな」

 当然、私が一人でいたいと言ったところで彼はこの場を立ち去ろうとしない。

「というか、どうしたんだ?なんかお前らしくないな」

「何がですか。私はいつもどおりですよ」

「どこがだよ。お前がそんなに不機嫌そうに話してるの初めて聞いたぞ。いや、昨日先生から掛かってきた電話を取ったときも少し不機嫌そうだったよな。……とりあえず、不機嫌そうなのはいつものお前じゃない」

 彼は断言するように言う。というか、昨日、私が電話に出た時に不機嫌だったことも覚えてたのか。私は彼に言われるまで忘れてたというのに。

 でも、よく考えてみれば何であのとき私は不機嫌になってたんだろうか。そうだ、確か彼が料理をしている姿を見ていてそこに平穏さを感じたのだった。そして、それを電話に、三柴先生に邪魔されたから不機嫌になっていたのだ。

 だけど、なんでそれだけで私は不機嫌になってしまったんだろうか。本当に私らしくない。

「昨日のことと今のことが関係があるとは思わないけど、どうしたんだ?あんまり役に立てるとは思わないけど、聞けるだけは聞いてやれるぞ?」

 時々見せる、彼のその優しさは少し卑怯だと思う。何故だか私はその優しさに逆らえないのだから。

「……私自身、よくわからないんです」

 彼の顔は見ないまま言う。

「一真君が私のことを特別だと言ったときから、そのことを思い出すたびに落ち着かなくなるんです。三柴先生に相談してみても、その原因は感情の揺れ動きが激しいもの、と言ってはぐらかすだけで答えてくれないんです」

 彼なら、答えてくれるのだろうか。彼は私が抱えるこの何かが何なのかが分かっているんだろうか。

「一真君なら、私が抱えているこれが何なのか、わかりますか?」

「……お前は、俺のことをどう思ってるんだ?」

 私の質問に対して彼は質問を返してきた。それも私の質問とはあまり関係なさそうな。

「え?」

 私は戸惑ってしまう。

「お前は俺のことを特別だと思ってるのかどうか、って聞いてるんだよ」

 それは、私が昨日彼にしたものと同じだった。

「……特別だと、思ってますよ。私が死のうとしたのを止めた人ですから」

「ふーん、そうか。じゃあ、なら、今は死にたい、っていう気持ちがあるか?」

「…………あります」

 薄れてきている、というのを自覚してはいるけどそれを認めたくなくて、ただある、とだけ答える。

「なら、なんでまだここにいるんだよ」

「……そんなこと言うなら、今すぐ落ちますよ」

 そう言って私は体を前に倒そうとした。このままある程度体が傾けば私の体は崖から落ちていく。だけど、彼が私の両肩を掴んで草の上に私の体を倒した。

「俺の目の前でそんなことさせると思ってんのか?」

 私の両肩を押さえたまま覗き込んでくる。私の視界に彼の逆さまの姿が映る。彼の青い瞳が上から睨みつけてくる。

「思ってませんよ」

 今までの経験から彼の前で死ぬことができない、というのはわかりきっていることだ。

「じゃあ、なんでそんなことしたんだよ」

「それは……」

 それは、なんでだろうか。今までは、彼がいないとき、彼に止められない、と思ったときだけ死のうとしていた。

 なのに、なんで私は今彼の前でこんな行動に出たんだろうか。彼は近くにいて、絶対に彼に止められるとわかっていたのに。

「それは、私の意地です。このまま、何もしなかったら、死のうとしていない、と言っているみたいですから」

 でも、とりあえず、何かを答えないと、と思って適当に答える。

「馬鹿か。そんな適当なこと言ってんじゃねえよ。俺には、お前が俺の質問から逃げようとしてたように見えたぞ」

 適当に答えていた、ということが彼には見破られてしまっていた。

「……確かに、適当に答えましたけど、逃げようとはしてませんよ」

 そうだ、そのはずだ。私は逃げようとはしていない。……でも、だったら、なんであんなことをしたのだろうか。

「だったら、なんであんなことをしたんだよ。ちゃんと答えてみろ」

 私の疑問を彼が質問として聞いてくる。彼は私が嘘をついてもすぐに見破るつもりなのか、私を真っ直ぐに見詰めてくる。

 私は彼と目を合わせていられなくて顔をそらしてしまう。

「それは…………私もわかりません」

 嘘も付けず、自分自身本当のことがわからないから、そうとしか言えなかった。

「はあ、そうかよ」

 彼は呆れたように溜息をつく。それから、すぐに、彼の纏う雰囲気が変わる。

「……まあ、それはいいとして。それで、お前はなんで、死なずにここにいるんだ?」

 私が中断させてしまった問いの続きを彼は発する。

「……」

 私は黙ってしまう。どうして、私は死のうとしなかったのか。その理由は私もよくわからない。だけど、その一言では終わらせたくないような気もして、私はなんと答えればいいのかわからなくなってしまう。

 彼の姿を思い出すと、何故だか死ぬ気がなくなった。それは、一応、事実ではある。

 でも、どうして、彼の姿を思い出すと死のうという気がなくなったのか、どうして、あの瞬間に彼の姿を思い出したのか。それが、わからない。

「……」

 彼は何も言わずに待っている。

 どうして彼は私に関わろうとするのか。どうして彼は私のことに色々気付くのか。どうして彼は私と一緒にいるのか。

 どうして、彼といると、私は、落ち着かなくなるのか。

 たくさんのどうして、が重なる。今まで私が答えを見つけられなかった疑問が積み重なる。

「……どうして、あなたは、私に関わるんですか?」

 そして、口から出たのはそんな問い。今まで、何度か彼に聞いたこと。今まで、彼が一度も答えてくれなかったこと。

「……やっぱり、お前は、自分で気が付けないんだな。まあ、あんまり俺も人のこと言えないんだろうけど」

 彼がぼそり、とそんなことを呟いた。

「やっぱり、ってどういうことですか。というか、それよりも、私の質問に―――」

 抗議をしようと思って彼の顔を見た途端に私は声を失ってしまった。

 真っ直ぐにこちらを見据える彼の青い瞳が今まで見たことないくらい真剣そうだったから。彼の青い瞳があまりにも綺麗で見惚れてしまったから。

 そして、私がそうやって呆けているうちに彼が口を開く。

「俺は、お前のことが好きなんだ。だから、今まで俺はお前に、関わろうとしてきた」

 しっかりとした口調でそう言ったのだった。

「私のことが、好き、です、か?」

 私は彼の言ったことが理解、出来ていなかった。そんなことを言われたことなんて今まで一度もなかったから。

「ああ、俺は、お前のこと、好き、だ」

 彼は私が理解できていない、ということがわかっているのか、ゆっくりともう一度そう言う。

「えっ……と……?」

 それでもやっぱり、理解はできなくて、だけど、顔が紅くなってくるのは自覚できて、余計に混乱してきて、訳がわからなくなってくる。

「その……あの…………」

 意味のない言葉を呟く。でも、何かを言葉にしたくて、何かを彼に伝えたくて、言葉を探す。だけど、それは見つからない。

 それに、彼の顔を見ていられない。心臓の鼓動が速くなってきて落ち着かなくなる。

「なんだ?」

 彼は私が何か言うべきことがある、と思っているかのように私に先を促す。

 私は何を言いたいんだろうか。私は何を彼に伝えたいんだろうか。それを、今、もう一度考えてみる。

 私は、彼に好きだと、言われた。そうして、私は気持がむちゃくちゃになって今、こうして少し冷静になるだけでもかなり難しい状態になった。

 でも、なんでそれを言われただけでそうなったのか。初めてそんなことを言われたから、というだけではないと思う。

 私の中にある何か。私の中にあるこの正体不明の感情。それが、彼に、好きだと、言われた瞬間に大きく揺れ動いたような気がした。

 ……あ、そうか。そういうこと、だったんだ。

 私はあることに気がついた。それは、私が今まで探していたもの。彼に伝えるべきもの。

「……私は、―――」

 だから、彼に伝える。今さっき気がついたばかりのものを。

「―――あなたのことが、好き、なん、です、……多分…………」

 だけど、結局私が自分で気がついた答えに自信が持てなくてそんな微妙なものとなってしまった。

「なんだよ、それ。もっとはっきりしろよ」

「……私自身も、よくわからないんですよ」

「じゃあ、お前は、まだ、死にたいって、思ってるのか?」

 数分前にも彼は同じことを聞いてきた。だけど、私はその数分前とは違う答えを持っていた。

「……そんなことは、ないです」

「なら、今はそれで十分だ。お前の気持ちをはっきりさせるのはまた、今度にしてやる」

 そう言って、彼は私の両肩を押さえたままだった手を離した。

 私は自由に動けるようにはなったけど、動こう、という気持ちはなかった。もう少し、落ち着いてから体を起こしたい。

 流れていく雲の姿が視界に入る。木のざわめきが、波が押し寄せる音が聞こえてくる。

 穏やかな風景。穏やかな音たち。いつかも同じようなものを見て、聞いたような気がするけど、穏やかだとは思わなかったはずだ。

 これが、心情の変化、というものなんだろうか。

 不思議な感じだ。今までずっと死にたい、と思っていたのにそれをしたいと思わなくなる、ということは。

「……そういえば、お前、生きる理由は見つけたのか?」

 彼が私の隣に腰掛けるのが雰囲気でわかる。彼の姿は見えないけど、その存在感は感じることができる。

「えっと、わかんないです」

 死にたい、と思わないようにはなったけど生きる理由を見つけたのかどうかはわからない。

「……なんか、お前、わかんないことばっかりだな」

「仕方ないじゃないですか。本当にわからないんですから」

「別に、悪く言ってるわけじゃない。わかるようになるまで、一緒にいてやるよ。わかった後も、俺にいてほしいかどうかはその時に聞く」

 何の気負いもなく、彼は私のために一緒にいてくれる、と言う。それは、なんだか心がくすぐったくなって不思議な感じを私に与えてくれる。

「じゃあ、見つけるまで、よろしくお願いしますね」

「ああ、任せろ」

 彼の返事はとても短いものだったけど、とても頼りになるものだった。

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