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第38話「わからない自分の心」

 授業が始まる前に三柴先生が再度、授業に出るかどうかを聞いてきたけど、私はやっぱり出ない、と答えた。

 三柴先生は、「明日から休みだからゆっくりと考えればいいわよー」と言った。その時に今日が金曜日だ、ということを思い出した。ここ最近、日にちとかを気にしてなかったから忘れていた。

 でも、明日明後日が休みだとしても考えがまとまるとは思わなかった。今、私が色んなことをどう考えているのか私自身がよくわかってない。三柴先生は私以上に私がどう考えているかを分かっているような気がする。だけど、聞いたところで、朝、学校に来る時みたいにちゃんと答えてはくれないと思う。自分で考えろ。そう言って。

 だから、私は自分ひとりで考えるしかない。相談できる相手がいないのだから。

 それで、今は何をしているかというと、昨日のように三柴先生に勉強を教えてもらっている。

 今日は三柴先生の担当教科である英語を教えてもらっていた。訳は結構得意な方なんだけど文を作るとなると途端にわからなくなる。たぶん、日本語と違って文の組み立て方がきっちりと決まってるからだと思う。詳しく勉強しているわけじゃないから本当にきっちり決まっているのかどうかはわからないんだけど。

「……そういえば、金崎さんが、自分に生きている意味がない、と思ったのはいつ頃からなのかしらー」

 そうやって、英語の構文が苦手な理由を考えていると三柴先生がそう聞いてきた。

「どうしたんですか?突然」

 私は問題集を解く手を止めて三柴先生の顔を見る。三柴先生は私のことをじっ、と見ていた。

「ちょっと気になったのよー。あなたの担任が言うには先週の頭から休んでるらしいけど、そう思うようになったのもその頃かしらー?」

「はい、そうです」

「やっぱり、金崎さん、って行動力があるのねー。普通は思うだけで実行しようとは思わないのよー」

 三柴先生は何を言いたいんだろうか。ただ、私がいつ死にたいと思うようになったかを知りたいだけだとは思わない。

「でも、思ってたよりも平凡な理由なのねー。私は特殊なあなたに興味を持っていた、と言ったけれどそういう理由だったから正直、拍子抜けだったわー」

「勝手に変な期待を持って勝手に拍子抜けしないでください」

「まあ、確かにそうねー。それよりも、最近、何か変わったこととかないかしらー?あなたの心の中でー」

「特にないですけど」

 本当にそうだったのでそう答えた。三柴先生はどうしてそんなことを聞いてくるんだろうか。なんとなく、それが本題だということはわかるんだけど。

「そう、でも本当にそうかしらー?」

「……あの、三柴先生は私にどうしてほしいんですか?」

「放っておいたら気がつきそうにないから少しだけ手伝おうと思ってあげたのよー」

 目的語がないので三柴先生が私に何を気づかせようとしているのかがわからない。けど、まあなんとなくわかった。たぶん、私が死ぬ理由を失くした、と三柴先生がそう思った理由を気づかせようとしてるんだと思う。

 回りくどい人だな、と思う。さすが、信念の一つが急がば回れ、と言っていた人だけある。

「……私が死ぬ理由を失った、ってことは私は生きる理由を見つけた、っていうことになるんですけど、私がそんなものを手に入れたと思ってるんですか?」

「ええ、そうよー」

 あの時は三柴先生の突然の言葉に戸惑って気がつかなかったけど要はそういうことだ。三柴先生は私が生きる理由を見つけたことに気がついた。

 でも、私はそんなふうには思っていない。相変わらず生きる理由はないままだし、少し薄れてきたとはいえ、死にたいと、思っている。

 結局はそんなものなのだ。三柴先生に私は死ぬ理由がなくなった、と言われた時は衝撃を受けたけど、今になって思えば何であんなに衝撃を受けたのかもよくわからない。私自身が気が付いていなければ見つけていないのと同じことなのだから。

「それで、三柴先生は私がどんな理由を見つけたと思ってるんですか?私自身が気が付いてないから先生の感違いなんじゃないですか?」

「そんなことないわよー。どれだけ、あなたみたいな子の相手をしてきたと思ってるのよー」

 そんな事を言われて納得できるはずがない。

「じゃあ、私が見つけた生きる理由。教えてください。それを聞いたら納得できますから」

「それはできないって何度も言ってるわよねー。私はあなたが自分で気が付いてほしいのよー。……なら、もう一度、洋介に会ってみるかしらー?」

「なんでそこで洋介さんの名前が出てくるんですか」

「あの子は私よりも他人の変化に敏感なのよー。それに、いろいろな人から変わったんだ、って言われたら自分が何か生きる理由を見つけた、と納得することができるんじゃないかしらー?」

「……でも、一真君は気がついてませんでしたよ」

 そうだ。彼は三柴先生が私が死ぬ理由はなくなった、と言ったとき彼は不思議そうな顔をしていたらしい。三柴先生がそう言っていただけで本当にそうなのかはわからないけど、実際にそうだったんだと思う。

「それは仕方がないわよー。彼はあなたに近づきすぎているものー。灯台下暗しの状態なのよー」

「……でも、三柴先生も私の家に泊まってますよね」

「そういう物理的な近さじゃないわよー」

「それって、心の近さ、とかそういうことですか?」

 物理的な近さでなければこういう精神的な近さしか思い浮かばない。これ以外の近さがあるなら教えてほしい。

「正解よー」

 満面の笑みを浮かべてそういう。なんでそんなに嬉しそうなんだろうか。

「一真君と心の距離が近いなんてありえないです」

「どうしてそう思うのかしらー?」

「だって、彼は言いたいことばっかり言ってくるんですよ。そんな人が私と心の距離が近いなんて考えられません」

「……だったら、一つだけ教えてあげるわー。上原君は教室ではあまり他人と関わろうとしていないのよー。まるで、金崎さんのようにねー。そんな人が何でもない人に言いたいことばかりを言うと思うかしらー?」

「たしかに、そうかもしれません、けど―――」

 自分でも何を言いたいのかわからないけど、何かを否定しようとした。だけど、それは三柴先生に遮られてしまう。

「けど、なんていらないわよー。私はあなたと接するときは他の生徒と同じように接しているわよー。その生徒がどうやったら一番安心できるか、を考えてねー。でも、上原君はそうじゃないわー。彼はあなたのことを特別な存在だと思っているのよー?」

 そこで、同意を求めるように首を傾げられても困る。

 だけど、先生の言った特別、という言葉に昨日の彼との会話を思い出す。

 昨日、私は彼に私のことを特別だと思っているのかどうか、と聞いた。彼は考え込んでから、特別だと言えば特別だ、と答えた。

 そして、それを思い出したせいで答えを聞いた途端に心臓の鼓動が速くなったことも思い出してしまう。今もまた心臓の鼓動が速くなってしまっているような気がする。

「あらー?金崎さん、どうしたのかしらー?なんだか、顔が紅いわよー?」

「え?」

「ほらー」

 そう言って三柴先生は懐からハンドミラーを取り出して私の方へと向ける。

 鏡に映った私の顔を見てみると、確かに微かではあるけど顔が紅くなっていた。更に、それを見続けていると顔が火照ってくるような気がしてきて私は鏡から顔を逸らす。

「なんだか、初々しい感じのする顔ねー。なんだか見ているこっちは微笑ましくなってくるわー」

 三柴先生は鏡を懐に収めながらそう言う。

「あの、何を言いたいのかよくわからないんですけど」

 鏡に映っていた自分の顔をできれば見せたくないので少し顔をそらしながら聞く。

「そういうことこそ、自分で気付いてほしいわねー。私が関わるべきことではないしー。でも、相談に乗ってほしいって言うなら乗ってあげてもいいわよー。先生と生徒なんていう限られた場所での関係としてではなくねー」

 相談に乗る、と言われても何を相談すればいいのか全く分からない。強いて言うなら三柴先生が自分で気がついてほしい、と言ったことを教えてほしい。さっき自分で気がつけ、と言われたから聞いたところで教えてくれるはずがないけれど。

 それに、先生と生徒という関係ではなく教えてくれる、っていうのがよくわからない。先生と生徒、という関係だと何か問題があるようなことなんだろうか。まあ、わからないことは聞いてみればいい。こういうことなら答えてくれると思うし。

「あの、先生と生徒ではない関係でわざわざ相談をする必要があるんですか?」

「別にそうする必要なんてないわよー。ただ、先生と生徒がするような話じゃないな、と思っただけよー。どちらかというと友達同士ですることが一番多い話ねー」

「三柴先生は、友達、って感じがしないんですけど」

 まあ、それ以前に友達、っていうのがよくわからない。

 今まで友達、というものを作ってきたことがないからどういうのを友達と呼べばいいのかわからない。

 同年代の知り合い、といえば麻莉さんがいるけど、あれは友達とは呼べない。できれば近くには行きたくない。あの人に近づくと危険しかなさそうだし。

 あと他に同年代の知り合いといったら一真君だけど……、今はできれば考えたくない。だから、彼は頭の中から無理やり追い出す。

 同級生のことはよく知らないので、これ以上、私の知り合いはいない。

「確かにそうねー。私と金崎さんだと友達、という感じはしないわよねー。相談される側と相談する側の二人の方がしっくりくるかしらー?」

「それって今のそのままの状態じゃないですか」

「そうよー。何か不満でもあるかしらー?でも、こういうと生徒と先生、だとは誰も思わないわよー」

「確かにそれはそうですけど」

 というか、なんでこんな話になっているんだろうか。

「まあ、そんなことはどうでもいいことねー。それよりも相談したいこと、あるかしらー?」

「…………いえ、別にないです」

 私自身の中で何か引っ掛かりを感じるようなものがあるけれどどう言葉にすればいいかわからないから、なかったことにした。その方が気が楽だし。

「本当かしらー?本当は聞きたいことがあるんだけどどう言えばいいのかわからないだけなんじゃないかしらー?金崎さんはあまり人に相談をするのが得意そうに見えないしー」

 三柴先生の言ったことはかなり鋭かった。どうしてそんなに当たってるんだろうか、と思ってしまうくらいに。

「それなら、金崎さんが顔を紅くする前に考えてた事を教えてくれるだけでもいいわよー」

「それだけで、いいんですか?」

「いいわよー。それに、相談っていうのは答えを見つけてあげることだけが相談ではないのよー。悩んでることを、気にかけてることを聞いて整理させてあげる、というのも一応相談、なのよー。話すだけ話してみればすっきりするかもしれないわよー?」

「じゃあ、少しだけ、話します」

 あの時のことは思い出すだけで落ち着かなくなるけど、その原因がわからないままでいるのも嫌だった。だから、三柴先生に話してしまうことにする。

「ええ、いいわよー」

「あの、私、昨日、一真君に言われたことを、思い出してたん、です」

 火照った顔の熱を感じながら少しずつ話す。彼に言われた特別、という言葉。それを思い出しながら。

「昨日、私は一真君に、私のことをどう思ってるのか、特別だとか、そういう風に思ってるのか、って聞いたんです。そうしたら、彼は、じっくり考えこんで、それから、真っ直ぐ私を見て、特別といえば特別だな、言ったんです。それで、その瞬間に、心臓の鼓動が速くなって、落ち着かなくなった、っていうところを、思い出したんです」

 話しているうちになんだかまた落ち着かなくなってきて顔を俯かせてしまう。本当に私はどうしてしまったんだろうか。なんだか、変だ。

「……なんていうか、聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるわねー。二人とも自覚がないのにそこまで言えるっていうのは何なのかしらねー」

 三柴先生の言っていることは独り言のようで何を言っているのかがよくわからない。

「それで、話してみて何か整理はついたかしらー?」

「全然、そんなこと、ないです。むしろ、余計にごちゃごちゃしてきたような気が、します」

 とりあえず、鼓動の速まったこの心臓を鎮めたい。ずっとこのままだとおかしくなってしまいそうだ。

「それはもう、あれ、としか言いようがないわねー。あ、先に言っておくけれど、あれ、っていうのは自分で気がついてほしいわー。……でも、金崎さんはそういうこと、疎そうだから少しだけヒントをあげるわー。たぶん、あなたの持っている、それ、は感情の中で一番揺れ動きが激しいものだと思うわー。上原君と二人でじっくり考えるのがいいかもしれないわねー」

 三柴先生は俯いたままの私にそう言った。

 感情の揺れ動きが激しいもの。それは、一体何なんだろうか。

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