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第3話「帰り道」

 結局、私と彼はあれから一言も喋らず顔も合わせないまま夕方を迎えた。夕陽が水平線の向こう側へと沈んでいく。

 明日もきっと晴れるんだろうなあ、と自殺しようとしてる人が考えるべきでないようなことを思う。

 結局、今日は自殺することが叶わなかった。それは、彼がいたせいだ。

 とは言っても、彼がいたせいでできなかったのなら別の場所に移っていればよかっただけの話だ。私がそれをしなかったのは単純にここが気に入ったからだった。

 自殺なんて言うものはどんな人間だろうと一度しかできないことだ。富があろうと、権力があろうと、能力があろうと、そんなことは関係なく一度しかできないことだ。ただ、挑戦は何度でも出来る。一度しかできない、というのは成功の話だ。失敗したのなら、何度でも挑戦できる。

 と、少し脱線しすぎたけど簡単に言うと、自殺をすればそこで終わるんだから終わる場所くらいは自分が決めたい、ということだ。そして、私はこの場所を気に入った。ついでに言うと、死ぬ時間も大体この時間がいい、っていう希望がある。

 太陽がしっかりと昇っている時間帯。今の時期なら午前の十時から午後の四時くらいまでの間だ。それ以外では太陽は傾きすぎているか、沈んでしまって太陽の姿そのものが見えないかのどちらかだ。

 少し、私はこだわりすぎているのだ。自殺をする、ということに関して。だから、今はもう死ぬために行動はしないだろう。死にたい、という気持ちを抱えたまま。

 だから、今日はもう帰ろうと思う。今、私の前に広がっている光景は私が望むものとはあまりにも違う。こんなにも赤い世界で死にたくはない。夜になったときの暗い世界も同様だ。

 そう思いながら私は立ち上がった。

「……帰るのか?」

 今までずっと黙っていた彼が話しかけてきた。私は彼のいる方へと振り向く。

「はい、そろそろ暗くなってきますから帰ります」

「そうか」

 そう言って彼は私から顔をそらして別の方向を見る。

「あなたも帰るんですか?」

「……お前が知る必要なんてないだろ。だから、お前は俺のことなんか気にせず、さっさと帰れ」

 彼は右手の指で森の方を指さす。森の中にはもうほとんど光が入り込んでいないようで木々の間から覗くのは真っ黒な闇だった。

 帰る途中に道に迷わないかな、という心配が頭をよぎる。死にたい場所を見つけてしまったから森の中で道に迷って変な場所で死にたくはない。

 そうやって、迷っちゃうんじゃないだろうか、という心配を抱えて前に進むのを躊躇してると、

「お前、もしかして、帰り道がわからない、とか言うんじゃないだろうな」

 彼が私にそう聞いてきた。

 ただ自信がないだけなんだけど。でも、考えてみれば帰り道がわからないのとそんなに大差ないのかもしれない。

「えっと、まあ、そういうことです」

 だから、そう答えておいた。それから私はもう一度、どうしようかな、と考え始めようとした。だけど、

「はあ、本当にそうなのかよ……。しょうがない、送ってやるよ。まともな道があるとこまでは」

 呆れているような、面倒くさがっているような口調で彼はゴミの入ったコンビニ袋を持って立ち上がった。

 頭の片隅で彼に案内を頼んでみようかな、とは思っていたけど彼の邪魔をするかもしれない、と思って素直に頼むことが出来なかった。それに、彼が私のために動いてくれるとも思わなかったのだ。

 だけど、よくよく考えてみれば、私はすでに彼の邪魔をしてしまっている。その上、彼は私に昼食を分けてくれたり、飲み物を買ってくれたりしたのだ。そう考えれば、彼が私のことを助けてくれるのは自然なことなのかもしれない。

「ありがとうございます。あなた、優しいんですね」

 頭を下げながら礼を言う。そのついでに、私が彼へと抱いた印象も言う。

 彼が私のために何かをしてくれるのは私が私だからじゃない。彼自身が優しいから助けてくれてるんだ、とそう思っておく。私と彼は出会ったばかりだ。それに、私はすぐに消えてしまうつもりだから、もし、彼が私自身のために助けてくれているとしても、それは悪い気がする。だから、彼は優しい人なんだ、とそう思う。純粋な優しさじゃなくて、偽善的な優しさ。私は人の感情を真っすぐに受け取るのをやめたからそう思ってしまう。

「勝手に言ってろ」

 そう言って彼は暗い森の方へと歩いていく。少し速い。

 私は彼に置いて行かれないように彼の少し速い歩調に合わせて歩き始めた。



 私の見慣れた場所まで来ても私は彼と一緒に歩いていた。森から抜けた後、そこで別れるんだと私も彼も思っていた。

 だから、私は森を抜けた時にもう一度、ありがとうございます、と言って、さようなら、と言った。彼も、二度と来んなよ、と一応、別れの言葉は言ってくれた。

 そうして、そこで私たちは別れるはずだった。だけど、その後、私達が最初に踏み出した一歩の方向は同じだった。

 私たちは顔を見合わせた。と言っても、顔が合った瞬間に彼は溜息をつきながら顔をそむけたんだけど。

 どうやら、私たちが帰る方向は同じだったようだ。あの森を抜けてから行ける道は三つもあるのに、この偶然はなんだろうか、と思う。

 しかも、彼と一緒に歩き始めてからかれこれ二十分ほど経った。ここまで同じということは、彼は私の家の近くに住んでいる可能性がある。

 私たちが今歩いているのは暗い住宅街の中。暗いと言っても、所々に街灯はあるし家に灯った電気も明かりとなっているのでそれほど暗くはない。だけど、影となっている部分は真っ黒となっている。もし、あそこに何かがあっても私は気がつかないだろう。

 そういえば、こんな時間帯に外に出ているのは初めてかもしれない。さっきから新鮮さを感じていたのはそれが原因なんだと思う。

 時々、車が私たちの横を過ぎていく。

 今が夕食の時間だからかさまざまな場所から美味しそうな匂いが香ってくる。自然と今日の夕食は何にしようかな、なんていうことを考えてしまう。

 私の両親は共働きで、遠くへ出張に行くことも多い。だから、私は家に一人でいるのが常だった。両親と話したことなんてすでに思い出の中だけでの話だ。

 昔は今ほど遠くへ出張することもなかったからお母さんが料理を作ってくれていたけどもともと自分で料理をすることが多かった。だから、もともとあまり家にいることのなかった両親が出張でいなくなってもそこに何かを感じることもなかった。私と両親の繋がりは希薄だったのだ、昔から。

 お母さんもお父さんも私が小さい頃からほとんど構ってくれなかった。だから、今の私は両親の存在はどうでもいいと思っている。たぶん、二人がいなくなってしまってもまず考えるのはお金のことで、それ以上のことは考えないだろう。けど、死んでしまおうと思っている今では何も思わないし何も感じないと思う。それに、今でも既にいなくなってるのとほとんど変わらないし。

 と、そんなふうに考え事をしながら歩いていたら家の前についていた。通り過ぎる前に私は足を止める。

 彼が、私が足を止めたことに気がついて立ち止まって私の方を見る。その目は無言で「どうしたんだ?」、と聞いてきている。

「私の家、ここなんです」

 周りの家は明かりがついている中、一軒だけぽっかりと暗闇に埋もれている家を示す。今、家の中には誰もいない、ということを主張していた。

 それを見ると、安心するような、物寂しさを覚えるような。なんだか曖昧なものを感じる。

「そうか。……じゃあな」

 彼は短くそれだけ言って立ち去っていく。私はその後ろ姿に向かって言う。少しだけ、大きめの声で。

「あの、今日はここまで送ってくれて、ありがとうございました!」

 今にも命を捨ててしまいそうな私なんかをわざわざ送ってくれてありがとうございます。そんな言葉は呑み込んで言った。

「ただ帰り道が同じだから一緒に帰ってやっただけだ。別に感謝されたいと思ってやったわけじゃない」

 彼は振り返るとそう言った。本当についでにやった、というような声だった。

「それもそうですね。……さようなら」

 普通の声でも向こうまで声が届くとわかった私は普通の声量で言葉を返す。

 別れの言葉はまた明日会うためのものじゃなくて、一生の別れのための言葉。彼と私はここで別れたらもう会うことはなくなる。

 彼は何も答えることもなく私に背を向けて行ってしまった。私は彼の背中が曲がり角の向こう側に消えるまでその場に立ち止まっていた。

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