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第37話「戸惑い」

「金崎さん、そろそろ授業に出てみる気はないかしらー?」

 翌日、学校に行く途中の道で三柴先生はそう言った。右隣に三柴先生がいて、左隣に一真君がいる。

「……ないです」

「そうー。上原君はどう思うかしらー?」

 私の返答に対して反応を示さず、今度は一真君へと質問をする。なんで、そこで彼に話を振るんだろうか。

「何でそこで俺に聞くんだよ。そういうのは先生が判断することだろ?」

 彼も私と同じようなことを思っていたようだった。

「それは、あなたが一番、金崎さんのことを分かっていると思ったからよー。一応、保護者みたいなものでしょー?」

「まあ、確かにこいつに対して保護者みたいなことはしてるな」

「どういうことですか、それは」

 彼が保護者のようなことをしている、ということが納得いかない。

「お前が、変な事をしないように見張ってるだろ?」

「私はそんなことしてほしい、って頼んでません」

「保護者、っていうのは保護のされるほうの意思なんて関係ないんだよ。お前みたいな聞き分けのない奴ほど必要だからな」

「人のことをすぐに叩くような人を保護者だとは認められません」

「昨日も言ったけどな、お前は何を言っても聞かないだろ?」

「一真君の言うことなんて聞く価値がありませんから」

 その場に立ち止まって、昨日のように私と彼は言い合いを始めてしまう。私も彼も相手の言うことを認める気にはならないので、この言い合いの終わりは見えない。

 だけど、今日は昨日と違うことが一つだけあった。それは、

「ほらほら、二人とも朝から仲良く喧嘩なんかしてるんじゃないわよー。ひとり除け者されてる私はなんだか惨めさを感じるわよー」

 言葉の割には何故だか楽しそうな声だった。というか、それよりも、

「なんで、これが仲良く見えるんですか!」

「どうして、これが仲良く見えるんだよ!」

 見事に私と彼の声が重なった。

「なんで、私の声と被せるんですか」

「それはお前が勝手に被せてきたんだろ。勝手に文句付けるな」

 私と彼は睨み合う。

「やっぱり、仲がいいのねー」

「だから、どうしてそういう風に見えるんですか!」

 私は彼から視線をそらして三柴先生にまた、そういう。今度は声が重なることはなかった。

「喧嘩をするほど仲が良い、とよく言うでしょうー?」

「そんなの、単なる妄言です。喧嘩をするほど仲がいいなんてありえません」

「それはどうかしらねー?なんだかんだで二人とも一緒にいるときのほうが自然体よー」

「なんでそんなのがわかるんだよ」

 私が聞こうと思っていたことを彼が先に聞く。

「ここ最近、ずっとあなた達の傍にいて、あなた達の行動を見ていたからよー。前も言ったけれど私は観察力は優れていると自負しているのよー」

「確かにそんなこと言ってたな。でも、自負なんて主観的なもんは当てにならないだろ」

「そう言い返されたら返す言葉もないわねー。まあ、あなた達が否定する、っていうならそういうことにしといてあげるわー。……それよりも、上原君は金崎さんが授業に出たほうがいいと思うかしらー?」

「……そういえば、その話をしてたんだよな。なんで本題に入るまでこんなに長くなるんだよ」

 一真君が疲れたような口調でそう言った。

「それは、上原君が素直に答えてくれないからよー。ほら、早く答えてくれるかしらー?」

 また、会話が脱線するとでも思ったのか三柴先生は一真君に早く答えるように促す。彼は、考え込んだ。

 私は、本当は少しだけ、迷っている。授業に出るべきか、そうするべきじゃないのか。

 一真君と、三柴先生といて、私は結構、周りの人に迷惑をかけていることに気がついた。

 私が死んでしまえば、いつかは忘れ去られて迷惑をかけたこともなかったことになるんだと思う。だけど、一昨日から、正確には彼が作ったお粥を食べたときから、死にたい、という気持ちが薄れてきているのだ。

 でも、だからと言って、授業に出たい、とは思えない。あのつまらない場所には行きたくない。

「……こいつの意思に任せる。でも、俺はこのままでいいとは思ってない。……こいつの生きる理由も探してやらないといけないからな」

 熟考の末、彼は口を開いた。そういえば、そういう約束をしていた気がする。私はすっかり忘れてしまっていたけど。

「そう、わかったわー」

 そう言った三柴先生の顔には何故か微笑みが浮かんでいた。嬉しそうな、そんな感じの微笑みだ。

 それに気がついた私は聞いてみる。

「あの、三柴先生、どうしたんですか?」

「何がかしらー?」

 私の方へと顔を向ける。

「なんだか、嬉しそうに見えるんですけど」

「あら、顔に出ちゃってたみたいねー。……あなたが、死のうとする理由はもうないんじゃないか、って思ったのよー」

 三柴先生の言葉はあまりにも予想外のものだった。私が死のうとする理由はもうない?私自身はそうは思ってないのに、どうして三柴先生はそんなことが言えるんだろうか。

「不思議そうな顔をしてるわねー。金崎さんも、上原君も。……じゃあ、とりあえず、確認させてもらうけれど、金崎さん、あなたが死のうとしていた理由は生きている理由がないから、よねー?」

「はい、そうですけど」

 戸惑いながらも私は頷く。それよりも、どうして三柴先生は私が死のうとする理由がなくなったと思ったんだろうか。

 まだ、なくなっているわけではないけど、死のうとする理由が薄れてきているから、三柴先生の言葉には衝撃的なものを感じている。

「なら、私がたどり着いた答えも間違ってないと思うわー。二人とも鈍くて頑固だから気がつかないのかしらねー?」

「えっと、三柴先生はどういう答えにたどり着いたんですか?」

「それは、秘密、よー。自分が生きる理由に気がつくために生きる、というのもいいんじゃないかしらー?」

「なんでそんなに勿体ぶるんだよ」

 彼が少し苛立ったような口調で言う。彼は私に約束をしたからか、三柴先生のたどり着いた、私が生きる理由、というのがとても気になっているようだ。

「私から教えてしまったらつまらないからよー。こういうことは当事者たちが自分で気がつくべきことなのよー」

 そういうと、三柴先生は歩き始めてしまう。

「さあ、早く学校に行かないと遅れてしまうわよー」

 私も彼もその背中に向けてそれ以上何かを聞くということはできなかった。

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