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第36話「彼の言葉」

 私は机に突っ伏して彼が皿を洗っているのを見ていた。突っ伏しているのは食べすぎが原因だ。

 一人分くらいを食べ終わって、もう半人分も半分くらい食べ終わったときに満腹感を感じていた。それでも、自分が言ったことは覆さない、というのと残すのはもったいない、という二つの思いがあって意地で食べきった。美味しいからこそ、意地でも食べられた。

 でも、その結果、胸が苦しくなり、気分までも悪くなってしまった。後片付けは私がやろう、と思ってたけど彼が私に休んでいるように言って彼に全て任せてしまっている。

 本当は無理にでもやりたかったんだけど、彼のことだからきっと私のことを無理にでも止めようとするだろう。それに抵抗するだけの元気がないことは自覚していたから素直に従っただけだ。

 彼は慣れた様子で皿を洗っている。家ではいつも彼が料理を作ってるんだろうか。

 でも、それだと彼が私の家にいる間、彼の家族が困ることになるか。だったら、彼も、作っている、ということなんだろう。そう考えるのが一番それらしい気がする。

 そんなことを考えながら彼の後姿を眺めていると皿を洗い終わったようで蛇口から水が流れる音が止む。

 流しのすぐ近くに掛けてあるタオルで手を拭くと彼がこちらに歩いてきた。

 私は机に突っ伏せさせていた体を起こす。

「大丈夫か?」

 反対側の椅子に座りながらそう聞いてくる。

「大丈夫です。ちゃんと、皿も洗うことができましたよ?」

「まあ、洗うことは出来てただろうな。でも、無理してすることでもないだろ。それに、万が一皿を落としたりでもしたら危ないしな」

「そんなことは絶対にしませんよ。誰がこの家の家事をしてると思ってるんですか?」

「お前だな。でも、今はいつもより調子が悪いんだろ?それなら、何があるかわからないだろ?」

「調子は悪くありません」

「何言ってるんだよ。お前、さっきまで机に突っ伏してだろ。それに、俺が調子が悪いなら休んでろ、って言ったら素直に従っただろ」

 毎回、言い返しにくいことを言ってくる。それでも、私は言い返す。そういう性分なのだ。

「それは、今までの経験からしてあそこで無理に手伝おうとしてもあなたに邪魔されると思ったからです」

「俺も経験から言わせてもらっていいか?お前は、今までいくら止めても素直に従わなかった」

「確かにそうですけど、私はあなたに言われたことにいちいち反発しても無駄な労力を使うってことを学んだんです」

「そうかよ。……でも、だったら、今は何で俺の言葉に逆らおうとするんだ?学んだんじゃなかったのか?俺の言葉に逆らっても意味がないってことを」

 嫌味っぽい言い方をしてくる。しかも、かなり的確な部分を言ってるから言い返すことができない。

 だけど、このまま認めたくはない。だから、代わりに私は彼を睨みつける。彼もまた睨み返してくる。

「……」

「……」

 無言のまま時間が流れる。

 相変わらず彼の青色の眼は鋭い。だけど、今まで何度か睨まれたことがあるから怖いとは思わない。

 ここで睨むのを止めてしまうのは私が彼の言ったことを素直に認めるときだけだ。今はそんなつもり一片もない。

 そう思ってると、

「はあ、馬鹿馬鹿しい。……まあ、それだけ減らず口が叩けるなら大丈夫だな」

 盛大な溜息とともに私から視線をそらした。

「減らず口って、どういうことですか」

 彼の言ったことが気に入らなくてそう言う。

「本当は調子が悪かったのにそれをなかったことにしようといろいろ反発してることだよ。……つか、お前は一応風邪が治ったばっかりなんだから無理すんなよ」

「そんな気遣いは無用です」

「お前は自分の体を全く大切にしようとしないから誰かが気を遣わないといけないだろ。気を遣われたくないなら、自分の身を大切にすることを考えろ」

 そう言いながら彼は私のことを軽く、睨んできた。

「私自身のことはどうでもいいんです」

 私が言い終えると同時に彼は立ちあがった。何をしようとしてるのか悟った私はすぐさま立ち上がって部屋の隅に逃げた。

「何で逃げるんだよ」

「一真君こそ、何で立ち上がって私のほうに来るんですか」

「……まだまだ俺の言ったことを理解してなかったみたいだから理解させようと思った。でも、その様子だと一応俺が何を言ったかはわかってるみたいだな」

「何回も言われましたから。嫌でも覚えますよ」

「だったら、お前のその考え方も改めろ」

「嫌です。あなたの言うことなんて聞く気はありません」

 私は彼を睨みつける。彼もまた睨み返してくる。

「お前のその睨み癖、どうにかならないのか?」

「それは一真君もそうです。すぐに睨むのはやめてくれませんか?」

「……ああ、わかった。やめてやるよ」

 今にも溜息をつきそうな声音で彼は私を睨むのをやめて私のほうを真っ直ぐと見た。そのことが意外で私は一瞬私は呆けてしまう。

 その一瞬の間に彼は私との距離を詰めて私の頭を強めに叩いた。結構、痛かった。

「……なに、するんですか」

 頭を抑えながら上目遣いで彼を見て聞く。

「とりあえず、お前の聞き分けが悪い時は叩くことにしてるんだ。……わかったか?」

「そんなの横暴です」

「お前はこれくらいしないと聞かないだろ。叩かれたくなかったら自分自身の扱い方をもう一度しっかり考えて直せ。じゃないと、いくらでも叩いてやる。……まあ、そうされるのがいいって言うならいくらでも叩いてやるけどな」

「そんなの、嫌に決まってるじゃないですか。というか、一真君は暴力に頼りすぎです。もうちょっと言葉で言うとかできないんですか」

「できないな。ほとんど俺の言ったことを聞かないやつに今更わざわざ言葉で言ったところで聞くとは思わないな」

「やってみないとわからないじゃないですか」

 本当はそういうことは全然関係ないんだけど。

「じゃあ、俺が言葉で言ったらお前は聞くのか?」

「聞かないと思います」

「はあ……。お前って、変な所では素直だよな」

 彼は呆れたような表情を浮かべるとともにそう言った。

「そうですか?」

「ああ、そうだよ。おまえの相手をしてると、こっちの調子が狂う」

「それは、私の台詞ですよ。あなたといると、時々、私らしくないことをしてしまいます」

 こういうことを話すこと自体、私らしくない。いつもどおりの何の変わりもない私ならこういうことは誰にも話さないはずだ。

「……」

「……」

 お互いが黙ってしまう。

 私はどうしてこういうことになるんだろうか、と考えているから話そうと思っていないだけだ。

 私が私らしくないことをするのは彼の前でだけだ。でも、考えてみれば彼は私にとって特別な存在ではある。

 何度か彼には死のうとしていた所を止められた。そういうことをする人を特別といわないで何と言うんだろうか。まあ、それがいいか、悪いかは置いておいてだ。

 彼は、私をどういう風に思ってるんだろうか。ただ助ければいい、とだけ思っているのか、それとも私のように特別な存在だと思ってるんだろうか。

 どっちでもいい、と私は思っている。そのはずだ。だけど、それはどちらの答えでもいい、ということであってどう思っているのか、というのは気になる。

「……あの、ちょっと、聞いてもいいですか?」

 だから、私は聞いてみることにした。どうせ、どちらの答えでも私には損も得もない。

「ん?なんだ?」

「一真君は、私のこと、どう思ってるんですか?」

「どう思ってる、ってどういうことだよ」

 彼はそう聞き返してきた。まあ、そう聞き返してくるのもわからないでもない。たぶん、私も突然、そんなことを聞かれたらそう聞き返してただろうから。

「私のことを特別だと思っているか、どうか、ということです」

「……」

 彼は考え込むような仕草をする。私は、じっ、と彼の顔を見て答えを待つ。

 答えは気にしない、そう思っていたはずなのに何故だか緊張してきた。彼が悪いのだ。そうやって考え込んでしまう彼が。

 ちっとも悪くないはずの一真君を心の中で責めてどうにか緊張を和らげようとする。

「……まあ、特別、といえば特別だな」

 青色の瞳で私を真っ直ぐに見ながら答える。その瞬間、何故か心臓の鼓動が早まったような気がした。

 彼の答えを聞けば、緊張がなくなるんじゃないだろうか、と漠然と思っていたんだけど、逆にひどくなってしまったような気がする。

「そう、なんですか」

「ああ。というか、どうしたんだ?突然、そんなこと聞いて」

「べ、別にちょっと聞いてみたいから聞いてみただけです」

 なんだか彼と顔を合わせられなくて彼から顔をそらす。

「そうか?」

 少し不思議そうな顔をしている彼が視界に端に映っていた。

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