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「……千智、なんか終わりそうにないから、俺たちだけで先に食べとくか?」

 二人の会話を聞いているのに飽きたのか隣に座っている一真君が私に話しかけてきた。私たちは蚊帳の外に出され二人の会話には入ることができない。

 それに、なんだか二人の会話を止めるのは悪いような気がする。

「そうですね。先に食べてましょうか」

 だから、彼の言葉に私はそう答えていた。

「よし、じゃあ、食べるか。……箸が用意されてないな」

「あ、私、取ってきますよ」

「いや、いい。俺が取ってくる」

 立ち上がろうとした私を制止して彼は立ち上がる。

 私は食器棚の方へと向かっていく彼の背中を眺める。昨日、彼が私にお粥を作ってくれていた時の姿がそこに重なる。

 お粥以外の彼が作った料理を食べてみたいな、と今は関係のないことを考えてしまう。

「どうしたんだ?俺の方をじっと見て」

 お箸を持って振り返った彼が私の視線に気がつく。

「……一真君が作った料理をまた、食べてみたいな、と思っただけです」

「そうか。……だったら、今日の晩御飯は俺が作ってやろうか?」

「え?いいんですか?」

 私はなんとなく思っていただけのことを言っただけのことなのに彼が簡単に了承してくれて驚いた。

「なんでそんなに意外そうな声なんだよ。どうせ簡単な物しか作ろうと思わないからそんなに、苦労しない。……ほら、箸」

「あ。ありがとうございます」

 彼が差し出した箸を受け取る。

「それで?今日は俺が作ってもいいのか?」

「じゃあ、お願いします」

 ぺこり、と頭を下げながら言った。

「わかった。なんか、作ってほしいものとかあるか?」

「別にないです。一真君が作りたいものを作ってください」

 一真君の作ったものを食べられるなら何でもよかった。

「じゃあ……スパゲティでいいか?」

「はいっ」

 彼の言葉に答えた私の口調は自分でも意外に思うくらい弾んでいた。

「……」

 と、誰かの視線を感じてそちらを見てみた。そうすると、胡乱な表情でこちらを見ている麻莉さんと目が合った。

「あの……なんですか?」

 今まで見たことのない雰囲気だからなんだか気持ちが少し怖気ついてしまっている。



「……なんで、千智ちゃんと一真君はそんなに仲が良さそうなのっ?」

 突然、麻莉さんが机をばんっ、と叩いて詰め寄ってきた。机の上に置かれていた料理は運よくこぼれたりはしていなかった。

「えーと……」

 何かを答えようとしたけど麻莉さんがどんな答えを望んでいるのかがわからなくて言葉に詰まってしまう。具体的に聞こえて、抽象的な質問だった。

「それに、一真君に料理を作ってもらうってどういうことっ?あと、また、とか言ってたけど!」

「また、っていうのは―――」

「もしかして、一緒に住んじゃったりしてるのっ?それなら、あたしも一緒に住んじゃうよ!」

 私が答えようとする前に、麻莉さんが早とちりをすると同時に暴走を始めた。いや、最初っから暴走してたと思う。

 この人、どうしようか、と半ば止めるのを諦めている頭で考える。隣の一真君は既に諦めていて、ため息をついている。

「川里さん、そんなにまくし立てるように言ってると金崎さんも答えることができないわよー」

 横から三柴先生の声が割り込んできた。

「汐織先生、止めないでよ!」

 第三者の声だったからか、麻莉さんはその声には反応した。

「そういうわけにはいかないわよー。あなた、金崎さんに質問をするだけして、結局答えてもらってないわよー」

 麻莉さんとは対照的な冷静で落ち着いた声。まあ、ここで三柴先生まで冷静じゃなかったかなり困るんだけど。

「あ……。ごめん、千智ちゃん」

 三柴先生の言葉でやっと麻莉さんは自分が暴走していたことに気がついたようだ。

 私に謝りながらソファに座り直す。あたしはとりあえず落ち着いてくれた麻莉さんにほっとする。あのまま暴走してたら、昼休みが終わるまで一人で喋り続けていそうな勢いだった。

「……それで、一真君に料理を作ってもらうってどういうこと?」

 反対側に座っている麻莉さんが私の顔をじっ、と見ながら聞いてくる。これはこれで答えにくい。でも、黙ってるとまた暴走してしまいそうなので答える。適当に。

「言葉のままの意味です。一真君に料理を作ってもらうんです」

 絶対に麻莉さんが望んでる答えじゃないだろうな、と思いながらもそう答えた。他にどう言えばいいのかわからないし。

「そういうことじゃなくて!どこで作ってもらうのか、とか、どうして千智ちゃんがそんなことを頼んでるのか、ってことだよ!」

 今にもまた立ち上がって暴走を始めてしまいそうな勢いだった。けど、数秒待ってみても勝手に想像をして暴走する、と言うことはなかった。

 どうやら、さっきとは違って話を聞く気はあるようだ。

「……どこでか、っていうのは私の家、……ですよね?」

 彼がどうするつもりなのかわからなかったから彼に話を振る。

「俺はそのつもりだけど、俺の家がいいならそれでもいいし、それ以外の場所でも調理用具さえそろってればどこでもいいぞ」

「じゃあ、私の―――」

「じゃあ、一真君は今日はもう千智ちゃんに会わないで!千智ちゃんにはあたしの家で料理を作ってもらってその後、泊まってもらうから」

 麻莉さんに私の言葉は遮られてしまった。というか、麻莉さんの家に行くなんて恐ろしすぎる。麻莉さんと愛理さんが一緒になるとどうなるんだろうか。

「……俺は千智に聞いたんだ。お前には聞いてない」

「あたしが、千智ちゃんの気持ちを代弁したんだよ」

「私は、そんなこと思ってません。というか、私は自分で作りたいんじゃなくて、一真君に、作ってほしいんです」

「なんで、そんなに一真君の料理に拘るのっ?なんならあたしが作ってあげるよ?」

 いつもお昼ご飯を三柴先生に作ってもらっているような人が料理を作れるとは思えない、とか失礼なことを思った。わざわざ口に出して言おうとは思わないけど。そのかわり、

「前、一真君が作ってくれた料理が美味しかったからです」

「前?やっぱり、前にも一真君に料理を作ってもらったことがあるんだ。それはいつっ?どこでっ?」

 麻莉さんがまた立ち上がって問い詰めてくる。

「昨日のお昼、私の家でですけど」

「お昼っ?しかも、千智ちゃんの家っ?一真君、なんでそんな時間にそんな所にいるのっ?」

 今度は問い詰める対象が私から一真君へと移った。

「それは、千智の看病兼監視をするためだ」

「そのために昨日はわざわざ学校を休んだのっ?」

「まあ、そういうことになるな」

 感情的に問いかける麻莉さんとどんな状況でも冷静な一真君。かなり温度差が激しい。

「なんでっ?ていうか、監視、ってどういうことっ?」

「監視してた理由は千智に聞いてくれ。俺から言えることじゃない」

「どうして千智ちゃんは監視されたのっ?」

 また、こちらに戻ってきた。

「……それは、教えられません」

 その理由は、出来るだけ他人には教えたくない。

「なんでっ?」

「言いたく、ないからです」

「何で言いたくないのっ?」

 聞くのを諦めるつもりはないようだ。でも、私だって頑固だから絶対に答えようとは思わない。

「教えて!」

「嫌です」

 そんな感じのやり取りを何回か繰り返していると、

「川里さん、それくらいにしておいてあげたらどうかしらー?人の言いたくないことを無理やりに聞き出そうとするのはあまり関心しないわねー」

 麻莉さんが暴走したのを一度止めてからずっと無言だった三柴先生が割って入ってきた。

「あ……、もしかして、汐織先生の仕事に関係すること?」

 突然、麻莉さんが大人しくなった。

「そうよー。だから、あまり聞いてあげないでくれるかしらー」

 三柴先生は麻莉さんに諭すように言う。

「うん、わかった……」

 麻莉さんは静かにソファに座り直す。心なしか、少しだけ元気がなくなっているような気がする。

「あの、千智ちゃん、ごめんね。言いたくないことを無理に聞き出そうとしたりしちゃってさ」

「そんなに気にしなくてもいいですよ」

「……千智ちゃん、って優しいんだね」

 麻莉さんが笑顔でそんなことを言ってきた。今までそういうことを言われたことがなかったから、少し、恥ずかしい。

「別に、そんなことないです。……私なんかのために気に病んでほしく―――いたっ」

 言葉の途中でまた、彼に頭を叩かれてしまう。

「一真君!叩いたらダメだって言ったでしょ!」

 彼が私に対して何かを言うよりも、私が彼に対して文句を言うよりも早く麻莉さんが一真君に噛みついていた。

「こいつは、口で言っても聞かない」

「まだそんなこと言ってる!あたしが注意してから一回も口で言ってないよね!そんなんじゃ伝わることも伝わらないよ!千智ちゃんだってそう思うよね!」

「私は聞いてもいいと思うことは聞きますし、聞きたくないことは聞きません」

 一真君に話しかけたり私に話しかけたりと忙しい人だなあ、と思いながら答えた。

 でも、本当はそうじゃないかもしれない。私自身が思っているよりは彼の言葉を意識しているようだから。

「だ、そうだ。こんなやつが口で言ったことを聞くと思うか?」

「む、真心をこめて根気強くやれば絶対に聞いてくれるよ!」

 また、一真君と麻莉さんが言い合いを始めてしまう。二人とも私の話をしているはずなのに、私が入る余地はなかった。

「二人とも、金崎さんのことが好きみたいねー」

 三柴先生が楽しそうな微笑みを浮かべながらそう言う。一真君と麻莉さんの二人には聞こえていないみたいだ。

「好き、ですか?……とても、そうは見えませんけど」

 とてもそう見えない、っていうのは一真君のことだ。麻莉さんは私の前で公言してたし、行動にも表してた。それを受け入れるつもりは毛頭ないけれど。

 でも、一真君はとてもそうは見えない。私のことを気にしてくれてはいるみたいだけど、そう言う感情からではないと思う。

「そう見えない、っていうのは上原君のことかしらー?」

 その言葉に私は頷く。

「まあ、確かにそうかもしれないわねー。でも、好きでもないのにあそこまで関わろうとするかしらー?」

「すると、思います。だって……」

 彼は前に死にたい、と思っていたことがあったと言っていたから。ただ、私と同じようなことを思ったことがあるから私と関わろうとしたんだと思うから。

 けど、それを口にすることは出来なかった。私なんかがそんなことを勝手に言っていいんだろうか、と思ったから。

「だって、何かしらー?」

 私の言葉が途中で切れたのを不審に思ったのか、それとも続きが気になっただけなのか私が意図的に途切れさせてしまった言葉の続きを聞いてくる。

「……その続きは、言えません」

「そうー。金崎さんが言おうとしてるのが何かはわからないけれど、あなたがわざわざ言おうとしないのはそれだけ大切なことだということかしらー?」

 束の間、逡巡し私はゆっくりと頷いた。本当に彼にとってこのことが大切なことなのかはわからない。だけど、少なくとも私は大切だと、そう思っている。

「そう、なら、上原君はやっぱり金崎さんに気があるんじゃないかしらー?……まあ、私の単なる憶測でしかないのだけれどねー。上原君は今まで私が見てきた生徒とは違う行動をするから読み間違えてる、ということもあるかもしれないものー」

 そう言って、三柴先生は一真君と麻莉さんを交互に見る。私は隣の彼の顔を見る。

 彼はまだ麻莉さんと言い合いをしていた。どうやったら私に伝えたいことを伝えるのか、という話題で。

 なんで、そんな話題で何分も言い合いが出来るんだろうか、と思う。と言っても、私が三柴先生と話を始める前から言っていることが変わっているようには思わなかった。

 口で言っただけだと伝わらない、と彼。優しく言えば絶対に伝わる、と麻莉さん。

 二人とも頑固なんだな、と話題の中心人物であるはずの私はそう思う。

「……上原君がどうか、というのははっきりとはわからないけれど、金崎さんは上原君に気があるみたいねー」

「え?」

 予想外の言葉に驚いた私は三柴先生の顔を見る。三柴先生は楽しそうな、にこにことした笑顔を浮かべていた。

「金崎さん、上原君の方だけを見てたわよねー?」

「そうですけど、それが?」

 確かに、私は彼の方だけを見ていた。その理由は私自身よくわからない。

「普通の人は大方、気になる人のことを見るのよー」

「麻莉さんと顔を合わせたくなかっただけです。目を合わせたら何をされるか、わかりませんから」

 三柴先生の言葉に何か思い当たりがあるわけでもないのに素直にそれを聞き入れたくなくて嘘をつく。本当は麻莉さんと目を合わせたときのことなんて一片も考えてなかった。

「まあ、そうかもしれないわねー。……でも、一つだけ言わせてもらってもいいかしらー?」

「?確認を取られても、何を言うのかわからないですから許可のしようもないですよ」

「それもそうねー。なら、言わせてもらうわー」

 私は何を言うんだろうか、と三柴先生の顔をじっ、と見る。

「金崎さん、あんまり意固地になりすぎない方がいいわよー。意思が強いのはいいことだけれど、一つの考えに捕らわれ過ぎていると損をすることがあるわー」

「あの、どういう考えがあってそんなことを言ってるのかわからないんですけど」

「簡単なことよー。今の金崎さんは頑固で、もしかしたらいつか損をするかもしれない、そう思ったから言ってあげたのよー」

「損、ですか?」

 私自身、自分が頑固だということは自覚している。私が頑固じゃなかったら、既に麻莉さんに私がここにいる理由を教えてただろうし。

 だから、三柴先生に頑固だと言われたことに対しては何も思わなかった。けど、それで損をする、というのがよくわからなかった。

「私の考えが合っていれば、ということになるけれどねー。そうでなければ、そんなに大きな損をすることはないと思うわー」

「……三柴先生の考え、って何ですか?」

「とても難しくて、煩わしくて、だけど、簡単で、楽しくて仕方がないことよー」

 私は三柴先生の矛盾した物言いに首を傾げる。

「さあ、早く食べ始めないと昼休憩が終わるわねー。川里さんも、上原君も金崎さんに関する討論は後にした方がいいんじゃないかしらー?」

 私が問いかける暇もなく、三柴先生は二人に声をかけてしまう。

「え?」

 麻莉さんが素っ頓狂な声を上げ時計を見る。

「わ!本当だ。早く食べないと、昼休憩終わっちゃう!……これも、一真君が千智ちゃんのことを大切に扱わないせいだからね!」

「……そんなことを言ってる暇が早く食べた方がいいんじゃないか?」

 そう言った一真君はすでに食べ始めている。

「む、それもそうか……。あれ、お箸がない。なんで、一真君だけ!って、千智ちゃんもっ!」

 二度目の素っ頓狂な声。私はそれを気にすることなく食べ始める。

「そういえば、お箸の準備を忘れてたわねー。……金崎さんと、上原君は二人の分だけ、ちゃんと用意していたみたいだけれどー」

 三柴先生が二人の分、というところを強調して言っているように聞こえたけど、その意味はわからなかった。隣の彼はそれさえも気が付いてないみたいだったけど。

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