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第31話「個人授業」

 あれから、三、四分くらいして眠気がやってきた。暇だとすぐに眠気がやってくるんだな、とか最後に思っていたのをおぼろげながらも覚えてる。

 そんなことを覚えていてどうなるのか、っていうことだけど。

 その後は、どれくらい眠れたのかはわからないけど、三柴先生が起きた時にこちらまで起こされた。一真君もそうだった。

 三柴先生はそのことを謝ってきたけど眠くはなかったのでそれほど気にしてなかった。たぶん、彼も同じだったと思う。だから、謝らなくてもいいですよ、と私は言った。彼も私と同じようなことを言った。それから私は、朝食を作るの手伝います、と言った。

 そのとき、彼はなにも言わなかったけど、いざ作る時になると彼も手伝ってくれた。

 作ったのはサンドイッチで、タマゴサンド、ハムサンド、野菜サンドの三種類だ。どれもそれなりの出来だった。そして、彼は相変わらず料理の腕がよかった。

 朝食を食べ終えると、行く気はしなかったけど学校へ行く準備をした。三柴先生に無理やり着替えさせられるのが嫌だった、というのもあるし、彼にあまり負担をかけたくない、という思いもあった。

 それから、今日は洋介さんに送ってもらうことはなく自分たちの足で歩いて学校まで行った。

 私が歩いて学校に行くのは二週間ぶりのことだった。かといって、懐かしさとかを感じることはなかった。

 そして、三柴先生に第二生徒指導室へと連れてこられ今に至る。

 今は普通の生徒は授業を受けている時間だからこの部屋には私と三柴先生の二人だけだ。

 そこで今、何をしているか、というと、

「金崎さん、その問題はこうやって解くと簡単になるのよー」

 三柴先生から勉強を教えてもらっている。三柴先生は担当教科としては英語を受け持っているらしいけど今は数学を教えてもらっている。

「そうなんですか?……あ、本当ですね」

 机の上に教科書とノートを広げていて手には水色のシャーペンを握っている。反対側に三柴先生が座っていて私のノートを覗き込んでいる。

 勉強をしよう、と言いだしたのは三柴先生の方だった。私は全然授業に出てないからそれを心配してのことだったんだと思う。

 あまり乗り気ではなかったんだけど、どうせすることなんてなかったからやってもいいかな、と思った。

 そうして三柴先生に勉強を教えてもらうことになったんだけど、かなり教えるのが上手だった。

 だからか、最初は乗り気ではなかったはずなのに、気がつくと少しだけだけどやる気が出てきていた。

 先ほど三柴先生に教えてもらったやり方を使って問題を解いていく。

「金崎さんは理解力が高いのかしらー?私が教えたことをどんどん吸収していくから教えがいがあるわー」

 反対側に座っている先生が楽しそうな笑顔を浮かべながらそう言う。

「そうですか?三柴先生が教えるのが上手なだけじゃないですか?私が今まで会ってきた先生の中で一番わかりやすいですよ」

「それは、嬉しいわねー」

 今度は言葉通り嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 そういえば、考えてみればこんなふうに感情を素直に表に出すような教師は今まで見たことがない。まあ、今までは表面上の関わりしかなかったんだから当たり前のことなんだろうけど。

「でも、やっぱり、金崎さん自身にも力があると思うわよー。教えてもわからない子はいくら教えても理解してくれないものー」

 実際にそう言う人がいたのか、三柴先生の口調には実感がこもっている。

 まあ、そう言うものなんだろうな、と納得しておく。あんまり本気になって話をすることではないと私は思ってるから。

「でも、そういう子が教えたことを理解してくれる、というのも嬉しいものよー」

 三柴先生は少し違うみたいだ。三柴先生の瞳がかなり輝いている。

 人に何かを教えることがかなり好きな人だったんだ。三柴先生は誰かに何かを教えることで生きている、意味を感じているんだろうか。

 そういえば、三柴先生はずっとこの部屋にいて授業に行くような様子がない。一昨日も三柴先生は一度もこの部屋から出ていない。

 授業を受け持っている、って言っていたはずだし、担当教科が英語ならその出番は多いはずだ。

「……あの、三柴先生は授業に出なくてもいいんですか?」

 私は瞳を輝かせている三柴先生へと聞いた。

「今は、別にいいのよー」

「今は、ですか?」

 三柴先生が何を言いたいのかわからない。

「そう、今は、いいのよー。私はもともとあまり授業を受け持ってないし、別の先生に任せてしまっているのよー」

 何でもないことのようにそう言う。だけど、何でもない、ということはあり得ないはずだ。そう簡単に別の教師に自分の仕事を任せるなんていうのはとても難しいはずだ。

 でも、三柴先生はそれを現にやってみせている。そして、それは、

「それは、私の、ためですか……?」

「そうねー。あなたのことを見ておくためねー」

「そう、ですか……」

 私はこんなところでも他人に迷惑をかけてしまっていた。三柴先生や誰とも知れない人にまで。

「別に、あなたが気にする必要はないわよー。もともと、こういう事ができるように時間の調整はしてあるのよー?」

「……三柴先生に仕事を任された人たちは、どんな顔をしてましたか?」

「またか、っていう顔をされただけよー。これでもあなたみたいに授業に出ようとしない人の相手はたくさんしてきたのよー」

 そう言った口調はとても気軽なもので何も気にしていない、といった感じだ。でも、私が迷惑をかけていることに変わりはない。

「そんなに迷惑をかけている、って思うのなら授業に出ればいいのよー。たぶん、何かあったとしても上原君が何とかしてくれるんじゃないかしらー?」

「え?どういうことですか?」

「あなたには言っていなかったけど、上原君はあなたと同じクラスよー。どういう運命かは知らないけど机まで隣り合ってるわよー」

 何故だか三柴先生の口調は楽しそうだ。

「……それって、三柴先生が仕組んだんじゃないですよね?」

「私があなたと彼に関わりがあるのを知ったのは彼が転校してきた後よー。そんな時に私が何かを仕組もうと思ったりすると思うかしらー?」

「そう言われれば、そうですね」

 じゃあ、本当にただの偶然なんだ。

 でも、三柴先生は仕組もうと思わなかった、と言った。それは、席の位置は変えようと思えば変えることができる、と言うことなんだろうか。だから、もし、私と彼とに関わりがあることを知っていたら仕組んでいたんだろうか。三柴先生のために、ひとつの部屋が用意されるくらいだからそれくらいありえそうだ。

 まあ、あんまり気にしなくてもいいか。何か害があるってわけでもないし。

「これから教室に行ってみるかしらー?私もついていってあげるわよー」

「いいです。行きません」

「そう、わかったわー」

 三柴先生が言ったのはそれだけだった。明日はどうするのか、とか、このまま行くつもりはないのか、とかいうことは聞いてこなかった。

 聞く必要がないと思ったんだろう。私はそう思って勉強を再開した。

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