第29話「少しおかしな私」
「あら、金崎さん起きていたのねー。調子はどうかしらー?」
三柴先生が私の部屋の中へと入ってくる。ちょうど先ほどの瞬間まで一真君に持ってきてもらった水を飲んでいた。
そのコップを彼に渡しながら答える。
「朝よりは元気になったと思います」
そう言った私の口調は彼の作ったお粥を食べる前よりもしっかりとしている。快復していっている証拠だ。
「上原君がしっかり金崎さんの看病をしてあげてた、ということねー。何か問題はあったりしなかったかしらー?」
私のベッドの隣の椅子に座っている彼に向けてそう言う。
「いや、特になかったな。今日は大人しかったから手もかからなかったな」
「人を子供みたいに言わないでください」
「いっつも手間を取らせやがる分際で何を言ってんだ」
「それが嫌なら、私に関わらなければいいんですよ」
「誰が嫌だ、って言った?俺は俺の意志でお前に関わってんだよ」
「それなら、手間がかかるとか―――」
「ほらほら、金崎さんはまだ調子がよくなったわけじゃないんだから大人しくするのよー。あと、上原君は金崎さんを挑発するようなことを言ったら駄目よー」
三柴先生が私と彼の間に割って入って私の言葉を途中で止めた。
「まあ、でもこれだけ元気なら明日には治ってるでしょうねー。明日は授業を受けてみるつもりはあるかしらー?」
「そういうつもりはないです」
「なら、明日もあの部屋にいるのねー。そういえば、川里さんがあなたのことを心配してたわよー」
「……やっぱり、明日は休ませてもらいます」
三柴先生の言葉で麻莉さんのことを思い出した。あの人には会いたくない。
「……まあ、あの子に会いたくない気持ちはわかるけれど、休んだら上原君に迷惑をかけることになるわよー」
そう言われれば、そうだ。彼は私のために学校を休んだんだ。彼が当たり前に近くにいたから気がつかなかった。
私が学校に行かなければ必ず誰かに迷惑をかけてしまうことになる。それなら、
「…………それなら、明日は学校に行きます」
少し、いや、だいぶ悩んでからそう答えた。
「私もできるだけ川里さんを止めるように頑張ってはみるわー」
ちょっと頼りない言葉だった。まあ、なんとかするしかないんだと思う。
それよりも、
「あの、一真君」
私は彼の名前を呼ぶ。彼は何かを言うことなく私の方を見る。
「……あの、迷惑をかけてしまって、すいません。私のせいで学校を休ませてしまったみたいになってしまって」
少しだけ頭を下げる。
「別に、気にすんな。俺は自分の意志でお前に関わってるんだ」
本当になんとも思っていない、というふうに彼は言う。
今まではそんな彼を見たところで何かを思うことなんかなかったけど、今は不思議と罪悪感が募ってくる。
「でも―――」
「そんな風に思うんなら俺に心配をかけさせないような行動をするようにすればいいだろ。違うか?」
子供に言い聞かせるような口調。そんなふうに思っても私は何故だか反発する気が起こらなくて、
「…………」
彼の青色の瞳を前にしてなんと答えればいいのかわからなくなる。
今までの私ならここで、あなたにそんなことを言われる理由はありません、とでも言っていただろう。いや、それ以前に謝ることさえもしなかったはずだ。
本当にどうしたんだろうか。今日の私はなんだかおかしい。
「……あの、今日はもう、寝かしてもらってもいいですか?」
「夕食はどうするんだ?」
「その時間に起きれたらでいいです。だから、わざわざ起こしてくれなくてもいいですよ」
彼にそう言いながら私は体を横にする。
「わかった、お休み」
「はい、お休みなさい」
私は逃げるように目を閉じた。彼から、少しおかしな私から。