表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/43

第2話「彼がかかわるのは?」

 崖の端っこに座って足をぶらぶらとさせる。

 ざぱぁん、ざぱぁん、と波が崖にぶつかる音が何度も聞こえる。それに混じって海がざわめく音も聞こえる。そこに何かの音が混じっているような気がするけど、何なんだろうか……。

 海が私を呼んでいるみたいだった。早くそこから飛び降りておいで、君のことを待っているから、って言うように。

 だけど、今は飛び降りるわけにはいかない。飲み物を買いに行った彼に無意味な事をさせてしまうことになるから。

 私は別にいいですよ、って断ったんだけど彼は強引に私に飲みたいものを決めさせてしまった。どうしてあんなに強引だったんだろうか、と思ったけどどうせ考えたってわからないんだからやめた。今まで他人のことを深く考えたことも一度もないし。

 私はもう一度海の方に意識を向ける。

 海はやっぱり太陽の光を受けて光り輝いている。視界の端では風にあおられて私の背中まで伸びた黒髪が暴れている。

 手で押さえても抑え切れるような動きではないので風の動きに任せ切ってしまっている。

 ばさばさ、と髪が暴れてそんな音が聞こえてくる。少しだけそれは翼のように見える。だけど、もし、それが翼だとしても私は飛ぶことはできないと思う。

 あんなに隙間だらけで力強さのない翼では。

 なんとなく上体を地面の上に倒して空を見上げてみる。今は昼で太陽が真上にあるから眩しかった。反射的に目を閉じてしまう。

 そうしたら、眠気が襲ってきた。

 風が、太陽の光が、波が崖にぶつかる音が、潮騒が、全てが私を眠りへと誘っていく。

 草の上で寝るのも気持ちがいいかもしれないなあ、なんて呑気なことを考えながら私は眠りに落ちてしまった。



「おい、起きろ」

 頭上でそんな声が聞こえてきた。私はゆっくりと目を開いて少しぼやけた視界の中に彼の姿を見つけた。

「おはよう、ございます」

 それから私は何度か目を瞬かせてぼやけた視界をはっきりしたものにしようとする。だけど、なかなか視界がはっきりせず、少し涙が滲んできた。私はごしごし、と目のあたりを拭う。

「お前、変な奴だよな」

 彼が呆れたような声で言ってきた。ため息も混じっていたような気がした。

「つか、そんなところで寝てたら起き上がるときに落ちるんじゃないのか?」

 彼にそう言われて確かにそうかもしれないな、と思った。けど、それと同時にそうやって不注意で落ちて死ぬのも悪くないかな、なんて思ってた。

 だから、そういうことも含めて、

「大丈夫ですよ」

 と、うっすらと微笑みを浮かべながら答えた。当然、落ちることはないから、大丈夫、っていう意味じゃなくて、このまま落ちてもそれは私が望むことだから大丈夫だ、っていう意味だ。

 彼はそういうニュアンスを感じ取ったのか私のことを見下ろして怒ったように睨んでくる。

 少し、怖かった。だけど、彼の綺麗な青色の瞳が私からそんな感覚を消してしまった。私は彼の瞳に見惚れていた。彼の海のように深い青色の瞳に。

 そして、だから、私は彼にされたことに反応を返すのに数秒遅れてしまった。

 彼は私の両手を掴んで、崖とは逆の方向に引っ張る。宙でぶらぶらと揺れていた私の足は踵の部分が地面についたので揺れることはなくなる。

「……あの?」

 彼に手を放されてからやっと私は口を開くことが出きた。本当はどうして崖から離したんですか?、と言いたかったんだけど彼の瞳がそれを言うことを躊躇わせた。

「……ほら、お前に買ってきてやった飲み物だ」

 私の疑問の声は無視してお茶の入っているペットボトルを私の額の上に置いて手を放す。

「ひゃっ……」

 突然、感じた冷たさに驚いてそんな声を漏らしてしまう。だけど、このまま硬直していたらペットボトルが倒れてくるので慌てて手を伸ばしてペットボトルを支える。

 ほっ、と安堵のため息を漏らす。それから、ペットボトルを持ったまま上体を起こして彼の方を見る。

「いきなり、何するんですか?」

「別に。ただ、俺が置こうとしてたところにお前の額があった、っていうだけだ」

 素っ気なくそう答えた。たぶん、彼の言ったことは嘘だと思う。なんとなくだけどわざと私の額に置いたんだと思う。

 むぅ、と子供っぽくむくれてみるけど彼は私の方を見ておらず、缶コーヒーを飲んでいた。

 少しの時間、彼の横顔を眺めてみる。

 彼の顔立ちは瞳を除いてすべて日本人のものだ。でも、じっくり見てみると少しだけ違うような気もする。

 と、そんなふうにしていたら彼がこっちを見てきた。彼は無言で「何か言いたいことあるのか?」と聞いてきていた。

「……あの、あなたはなんで私にここまでしてくれるんですか?」

 ここで無言でいても彼に悪いだろうから適当にそんなことを聞いた。適当に聞いたことだから答えてくれなくても構わなかった。少し気になるけど、彼が私のことをどう思っていようと関係のないことだ。

「お前には、関係のないことだろ」

 そう言って、私の予想通り答えてはくれなかった。だから、私は更に問いを重ねるようなことはせず、「そうですか」、とだけ返しておく。

 向こうもこちらもこれ以上会話を続ける気はないようでそのまま二人で沈黙してしまう。

 聞こえてくるのは波が崖にぶつかる音、潮騒、そして、それに混じる何かの音。色々な音が聞こえてくる。だから、沈黙していても、つまらない、とは思わなかったし、気まずいとも思わなかった。

 ざわざわざわ、と潮騒と潮騒に似た音が聞こえてくる。視界の端には風に揺らされる木々の姿が見える。

 それを見て私は気がついた。潮騒に似た音はこの気の揺れる音だったんだ、と。今日、初めて潮騒と木の揺れる音が似ているということを知った。死のうと思っているのにそんなことを知る必要はあるのかと思ったけどもう知ってしまったものは仕方がないと思うしかない。

 それから、私は手元のペットボトルを見る。最初に見た時と変わらず中身はお茶のままだ。まあ、変わるわけなんかないだろうけど。

 彼が何を思ってこれを持ってきてくれたのかはわからない。だからと言って、このまま返すのも飲まないのも悪い気がする。

 仕方なく私はペットボトルのキャップを回して、キャップを取る。それから、ペットボトルの口をくわえてゆっくりとお茶を口の中に含んだ。

 お茶は少しぬるくなってしまっていた。それでも、私は少しずつそれを飲んでいく。

 気がつくとペットボトルの半分くらいを飲んでいた。自分で思っていた以上にのどが渇いてたみたいだ。

 最後にもう少しお茶を口に含んでからキャップを閉める。それから、私は海の方へと視線を向けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ